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BEのぶ

  • Author:BEのぶ
  • 自称「ブログエッセイスト」ことBEのぶです。
    昭和史をライフワークにしていますが、平成ももうすぐ30年経ち、昭和が遠い過去になりつつあります。
    昭和も遺産・遺物を探れば立派な「考古学」となります。題して「昭和考古学」。ジャンルは遊郭・赤線跡から鉄道、そしてすっかり忘れ去られた歴史を掘る「昭和の考古学者」として、昭和の名残りを通して考察する旅を続けています。

    基本は標準語で書きますが、エッセイは大阪弁で書いていきます。

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■■■天王寺駅の怪 前編

さて、好奇心のアンテナを限度いっぱいに広げとると、身近な場所や物でも、さりげなく「???」と思う謎があったりします。そして、それそれを掘り下げてみると、意外なものが見つかったり、わかったりすることがあります。
個人のことを例に取ったら、毎日通勤でさりげなく使っとるJRの阪和線。
ここにも色々と謎があったりしますんやわ。

以前、砂川奇勝とアレの奇妙な関係ってブログの中でチョロっと書いたんやけど、阪和線は以前は阪和電気鉄道って言う私鉄やったことに触れました。
「阪和電気鉄道」としての歴史は短かったせいか、地元の鉄道やのに意外に知らんかったことが多いんやけど、いつも使っとる駅も落ち着いて観察しとったら、「おや?」と思うことがあります。

例えば、阪和線の天王寺駅。
ここは元々阪和電鉄のターミナル駅として作られたもんで、当時は私鉄やさかい大阪環状線とかとはつながってませんでした。今でも私鉄のターミナル駅のような、終端式のホームが私鉄時代の面影を残しとります。
ここのホームに、ちょっとした謎が隠されとります。

阪和線天王寺駅

これは、7~8番ホーム。


阪和線天王寺駅5,6番線

これは今は降車専用になっとる5~6番ホームです。
ちと撮影角度が悪いせいでわからんかもしれへんけど、この2つのホームを比べてみたら、なんか変なんです。

そう、7~8番ホームと比べて5~6番ホームの幅が異様に広いということ。
これは、毎日この駅を使っとる人でも、意識せん限り疑問にすら思わんことやろーけど、このアンバランスは一体なんやろ?

そしてもう一点。

阪和線天王寺駅7番線

これは7番ホームから和歌山の方向を写したもんやけど、途中でレールがグニャッと不自然に曲がっとります。
まっすぐにした方が効率ええのに、何でわざわざこんな非効率な曲がり方しとるんやろ?
これも、毎日使っとってもなかなか気づかん疑問やと思います。
せやけど、こう書いたらなんか不思議に思いません?
俺はごっつい不思議に思うんですけどね(笑
で、思ったことは、

「こんな非効率な曲がり方には、何らかの理由があるに違いない」

ちゅーことでした。
そこで、名づけて「天王寺駅の怪」を解くべく、ヒマやさかい調べてみることにしました。


■■■山奥に残る遊女の墓 ~消えた遊郭・赤線跡をゆく 特別編~

遊廓・赤線のことを書くのは久しぶりやな~と感じるBJのぶです。
突然やけど、ここ最近運動不足が続いとります。
仕事がえらい忙しくなって、終電に飛び込む・・・もとい駆け込む毎日やさかい、平日はブログとか言うとるヒマもなし、ヒマなんもイヤやけど、忙しすぎるんも精神衛生上良くあらへんのは確か。
ちょっとでもはよ帰れたら、気晴らしにジョギングでも出来たんやけど、平日はそんなヒマがないさかい、運動不足だけやなくてイライラもかなり溜まっとりますわ。

その分、土日はちょっと身体を動かそか~。
とばかりに、以前から気になっとった場所へ、気分転換と運動を兼ねて行ってみようと決意しました。

以前どころか、書いた本人がいつ書いたんか忘れたくらいの以前やけど、
消えた遊郭・赤線跡を訪ねて 大阪府南部編
で、大阪府の南部の貝塚って所にあった遊廓を紹介しました。
書いた日にちをチェックしてみたら、もう8年前の話になるんやなー、こんなこと(?)をもう8年間もやっとるんか、と何だか感慨深げです(笑
その貝塚遊廓で働いてた遊女の墓が、大阪の山奥にあるって話を、どこかで聞いたことがありました。
それを思い出してググってみたら。
あら、自宅とそう遠くないところにあるやないですか!
今まで何でこんなのに気づかんかったんやろか・・・「”自称”遊廓・赤線界のインディー・ジョーンズ」も地に落ちたものよの・・・と嘆きながらもそこはBJのぶ、思い立ったが吉日主義なところは変わってません(笑
思い立ったらすぐ実行!といきたいけれども、さすがに終電で帰ってくる平日の真夜中に行くわけにもいかんさかい、土日の週末に行って参りました。

地図遊女墓

その遊女の墓は、ここにあります。

「一体どこやねんここは??」

と首を傾げたくなるよーな山奥にあります。
正直、大阪府民どころかジモピーな血が半分くらいな俺も、ここがどこなんか説明不能、緯度と経度で説明するしかありまへん。
まあ、どれくらい山奥なんか、写真で見たら一目瞭然!


14041302

こんなとこです。
念の為に言うときますけど、ここも、いや、これでも大阪府内です。大阪府民やなかったら、「大阪にもこんなとこあるんだね〜」と驚くことでしょう。東京に例えたら、奥多摩って感じでしょ。
周りは大いなる自然の宝庫、道幅が意外に広くて舗装道路なんが奇跡なくらい、自然以外に何もありませぬ。
せやけど、周りからは
”ホーホケキョ”
っちゅー鳴き声が聞こえてきました。そう、ウグイスです。
ウグイスは「春告鳥」とも呼ばれとるだけあって、春を告げる使者でもあります。
古今集に、
「鶯の 谷より出ずる 声なくば 春くることを 誰か知るまじ」
ちゅー歌があるくらい、お馴染み”ホーホケキョ”が聞こえたら、
「春やね~」
という合図になっとりました。
この日は、山の中のせいかちょっと肌寒かったけど、ウグイス同士が山を隔てて会話しとるよーな鳴き声を聞きながら、春やね~と俺は山をひたすら上っていきました。
それにしても、野生のウグイスの声を聞いたのって、初めてのような気がする。

ホンマはこんな山奥やと車で行くんがベストなんやけど、今回は運動も兼ねてやさかい、山道をひたすら自転車こいで登りました。それもママチャリで(笑
ここは道の状態もええせいか、絶好のサイクリングコースにもなっとるみたいで、車よりもロードバイクの自転車のライダーさんの方が多かったですわ。歩道をハーハーゼーゼー言いながら必死の形相でこいで行く俺を尻目に、ロードバイクはビュンビュン俺を追い抜いていきます。その姿、まるで特急列車と各駅停車の如く。
「なんでこんなとこをママチャリで走ってんねん!」
という視線をバンバン浴びたけど、彼らから見れば、こんな峠路をママチャリで走る俺は狂気の沙汰としか思えんかったかもしれません(笑

この山道の入り口に、

14041303

こんな看板があります。
目的地の遊女の墓も、地元の貝塚市のHPにも掲載されとるせいか、

14041304

ちゃんと掲載されとりました。
せやけど、この地図が実に曖昧で、実際に行く人を惑わせることになるんです(笑

14041305

どこまでも続く山道と上り坂を、息切れしながら上って行くと、こんな道標がありました。
そう、道沿いにあるんやのーて、道を外れた奥にあったりします。
これは・・・ある意味自転車で行ってよかったと思いますわ。車で行ってたらナビで目的地設定しとっても見逃す率は80%超えそうなくらい、こっそりと表示しとるんです。
更に、車で行こうものなら、駐車場なんて周りにありませぬ。せやさかい、車で行くと路駐確定となります。
もし・・・というか、行くとすれば十中八九車かバイクでってことになると思うけど、目印は

「秬谷(きびたに)トンネルの手前」

と頭に入れておきましょう。
トンネルに入ったら、「あ、行き過ぎた」と引き返すがよろし。引き返すスペースと道幅があるかどうかは別として(笑


さて、自転車を降りて道外れの道をゆくと・・・


14041306

滝っすよ、滝!!

まさか大阪で自然の滝を見るとは思わんかったですわ。
ここまで来ると川の水がめちゃきれいやさかい、ここは夏に、水着と着替え持参で行くんがええんかもしれませんな。どこで着替えるんやって?大丈夫、全く人気がないさかい誰も見てへんわい(笑
夏やと汗だくになってそのまま川へバシャーン!と飛び込んで納涼、人が来なさそうな所やさかい、意外な穴場スポットかもしれません。川辺まで続く道があるかチェックするの忘れてしもたけど、どうもかつては人が住んどった痕跡はあったさかい、川辺へ降りる階段か道くらいはあるかもしれませんな。


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やっとこさ着いた、本命の遊女の墓です。
もう、「やっと」というか「ついに」というか、これは実際に行った人にしか感じられへん感想です(笑
もうしんどくて何度「もう引き返そうや」という声が聞こえて諦めそーになったせいか、「ついに」という言葉の通り、実際に着いてみると達成感でいっぱいですわ。

■■■我が愛すべき(?)Rollbahn

4月になっても部屋の中はファンヒーター全開、灯油代がバカになっとらんBJのぶです(笑
自分が寒がりってのもあるかもしれへんけど、今年は4月になってもやけに寒いよーな気がします。
そこで頭にふとよぎったんが、

地球は温暖化どころか、寒冷化に向かってる

ということ。
そのキーワードは、ここ数年太陽の黒点の数が減っとるという観測結果。減っとるどころか、黒点ゼロのこともあるらしい。
太陽は、11年周期で活動が活発になったり落ち着いたりすることが、長年の観測から明らかになっとります。
太陽の観測の歴史は400年以上もあって、望遠鏡を発明したガリレオ・ガリレイは木星や土星を望遠鏡で観測したんは有名やけど、実は太陽の観測もやっとって、黒点の数やスケッチの膨大なデータを残しとります。
簡単に言うたら、黒点の数が太陽活動のバロメーターになっとって、黒点の数が多かったら太陽の活動が活発で、少ないと沈静化しとると考えてええということで。
で、17世紀後半あたりに、11年周期という活動周期が狂って、黒点の数が数十年間ゼロやった時期があります。
それを、観測した学者の名前にちなんで、

マウンダー極小期

と言います。
ただ黒点の数が減っただけやん?と思ったら大間違い!
上に書いたよーに、「黒点の数が減る=太陽の活動が衰える」ってことで、黒点の数が異常なくらいに減ってたマウンダー極小期には、世界中で「プチ氷河期」というくらいの寒冷化が起こってました。
この時期、今は絶対に凍ることがない、ロンドンのテムズ川が凍ってスケートが出来たほど、というのは有名なんやけど、当時江戸時代が始まったばっかしの日本でも異常気象が起こってたみたいです。
マウンダー極小期と日本史をリンクさせて研究しとる人によると、京都はえらい寒くて牛が凍死しまくったとか、平均40日の梅雨が25日程度とえらい短かったとかいうことやったそーです。
そして、江戸時代の平均気温は今より2~3度低かったことは、天文気象学って分野では常識になっとるみたいやけど、江戸時代には、学校の日本史でも勉強するよーに、何回か飢饉が起こってます。
その中でも、初期~中期の飢饉のほとんどがマウンダー極小期の最中に起こってたりします。
そして、ここ数年の太陽活動の周期を見てみると、400年前のマウンダー極小期のパターンとそっくりみたいで、半分トンデモ説扱いされとるけど、
「地球温暖化?CO2削減?いや、(マウンダー極小期のような地球寒冷化に向けて)CO2をもっと出せ!」
というとる学者もおるくらいです。俺もこれを聞いた時は半分笑ってしもたけど、ここ数日の4月らしからぬ寒さを感じると、まんざらでもないなと思ったりします。

天文学と歴史学、一見何の因果関係もなさそうやけど、その何の関係もなさそーなことをリンクさせたら、意外な発見があったりする、せやからこういう勉強というか研究はやめられへんのですわ(笑


で、突然話題は変わるけど、皆さんはノートやメモをとってますか?
パッと何か思いついた時、
「なんてええこと思いついたんやろ!あたし天才かも♪」
なんてそん時は思っとっても、数分経ったら
「あれ?何やったっけ?」
と忘れてまうことは、誰でもあることでしょう。
でも大丈夫、これは生理現象やさかい、しゃーないんですわ。頭悪くなったとか、年とったとか、そんな余計なことは考えんでも大丈夫です、人間そんなもんと諦めましょう(笑

せやけど、さっと思いついたことをノートに書いてみると、それが溜まっていってその蓄積が新しいアイデアに結びつくこともよくあります。
最近はiPadをはじめとするタブレットとか、スマホにメモするデジタルメモっちゅー文明の利器もあるけど、その広まりが逆に、振り子が元に戻るように「手書き」の原点回帰しとるきっかけともなっとります。
俺も実はiPhoneやiPadを駆使してせっせとデジタルメモしとった口なんやけど、なんかどうも、書いたことが頭と心に入ってこえへん気がします。そして端末で入力しとると指先が痛い(笑
本のながーーーい引用はキーボードで打った方が速いこともあるさかい今でもEvernoteに保存したりするけど、自分で考えて思ったことはやっぱ手書きの方が印象に残るんは確かやと思いますわ。


で、デジタルからアナログに戻してからというものの、自分探しならぬ自分のノート探しに色んな種類のノートを使い始めました。正直、東急ハンズやLOFTで売ってるノートは、ほとんど買って使ってみたと思います。ノート代だけでもバカにならん。
金とノートの無駄遣いを繰り返しつつ、今は

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Rollbahn(ロルバーン)に落ち着いて・・・落ち着きつつあります。
なんかビミョーな言い回しやけど、とにかく飽き性という厄介な持病持ちやさかい、すぐ他のノートに目移りしてしまう可能性は捨てきれん。この飽き性癖、どないかならんもんか・・・と自分でも頭を抱えとります(笑
せやけど、日本で売られとる有名ブランドのノートはほとんど使ってみた中でも、ロルバーンは完成度が高いんです。

「ノートなんか書けたらなんでもええやん!」
まあ、確かにその通りなんやけど、ノートも実は同じように見えて紙質がちゃうと書き心地も全然ちゃうんです。
なんかこう、スラスラ感というかホイホイ感というか、ご飯が美味いと食事がすすむよーに、ノートも紙質がええとどんどん書きたくなるもんなんです。そうなの?そんなもんなんです(笑
俺もいろんなメーカーのノートを使ってみたけど、紙質なら美篶(みすず)堂とライフのNOBLE NOTEが世界最強クラス、特に美篶堂は品質が良すぎて書く気がしないくらい(笑
次点でおフランスが誇る高級ノートRhodia、デザインならモレスキンやけど、モレスキンは高い割には品質がバラバラすぎて2冊目をLOFTで買ったらとんだ失敗品。ハイリスクな割にはリターンが・・・とやめました。
そして、コスパ(紙質の割には安い、ページ数も多い)なら日本の老舗ツバメノートあたりかなーと思うんやけど、ノートなんかどれも同じやん!と思う方、一度俺に騙されたと思って、1冊数百円~1000円くらいするノートを使ってみてくんなはれ。書き心地が全然ちゃうはずやさかい。
自称メモ魔・・・が化けてノート魔にバージョンアップしたBJのぶからの提言でした(笑


で、ロルバーンの話に戻ります。
このノート、表面にドイツ語が書かれとるし、ルフトハンザ(ドイツの航空会社)みたいなマークもついとるし、そもそも名前がRollbahn、ドイツ語で「滑走路」って意味やし。
デザイン的に外国の、というかドイツのメーカーっぽいですやろ?なんか匂い的に日本人が作ったっぽくない。
せやけどこれ、れっきとした

Made in Japan

やったりします。
Made in Japanはもはや「高品質」の代名詞となっとります。これは海外に住んでたらよくわかります。
もっとも、外国人、特に発展途上国の人にとっちゃ、高品質で長持ちするんやろーけど高すぎて貧乏人にゃ日本製なんてめっそうもございません、おととい来ます、って欠点もあるんやけど、それはノートの世界でも同じ。日本のノートの品質に対抗できる舶来もんは、Rhodiaくらいちゃうかなと思います。

ロルバーンのノートは、「デフォルニックス」という日本の会社が作っとる製品です。てっきりドイツのノートかと思ってた、いやデザインからして思い込んでましたわ。だってドイツ語しか書いてへんもん(笑
そして、HPを覗いてみたらどーやら直営店もあるみたいで、それも大阪にもある。
もしかして、直営店にしかないよーな、限定ロルバーンノートもあるかもしれへんな~と思って、ちょっくら散歩代わりに行って参りました。

■■■砂川奇勝とアレの奇妙な関係

毎年冬に寒いのは当たり前やけど、今年は特に寒く感じるような気がするBJのぶです。

冬に気をつけないとあかんのは、風邪。
「なんとかは風邪ひかん」って言葉があるけど、その例に漏れずわたくし、風邪をひくなんてあんましないんやけど、今年は数年ぶりに風邪で寝込んでしまいました。
それも、治った!と思ったらまたぶり返すという有様で、年に2回も風邪をひいたのも人生で初めてかも・・・少なくても記憶にはありませぬ。
それだけ今年の風邪はキツいのか、それとも単に俺が年を取って抵抗力がなくなってきとるんか、後者やったら加齢が嘆かわしい今日このごろ(笑

せやけど、風邪やインフルもそーやけど、もっと気をつけんとあかんのが、血圧。
実は、厄介なことに母親の家系が高血圧持ちで、母親の兄弟はおろか実際に母親も高血圧で倒れとるさかい、兄弟の中でも特に母方の血の方が濃いっぽい俺は、気をつけろと日頃から言われとりました。
特に冬場は、

寒い→血管が収縮する→血圧↑↑

ということから血圧が上がりやすく、冬に脳卒中が多いのもこのせいと言われとります。
そして今日、久しぶりに実家に帰った時のこと。
実家には血圧計が置いてあって、一度高血圧でイタい目に遭った母親はもちろん、もう年齢が年齢のオヤジも毎日血圧を図っとるみたいです。
まあ俺も血圧を計ってきたところ・・・。

あり得へん!

ってな血圧が測定されました(汗)
正直、赤信号に近い黄色って感じな数値でした。いやー、さすがに間違いちゃうのん?と往生際が悪い俺はもう一回計ってみたんやけど、それでもそんなに変わらず・・・orz
で、具体的な数値はなんぼって?
それは・・・恥ずかしくて、情けなくて言えません(笑
せやけど、実は自覚症状みたいなのはあって、右側の眼の奥に痛みを感じておりました。
チクチクとかそういう痛みやなくて、外から目をものすごい圧力で押されたよーな感覚で、
「これはもしかして・・・」
と薄々は感じておりました。
さすがに親もビビったらしく、
「病院行って薬もらえ!」
と言われたものの、それは断じて断る!
なぜならば、降圧剤は一回飲み始めたら一生飲み続けんとあかんらしく、それは今の時点じゃ御免こうむる。それに高血圧の原因が遺伝以外に心当たりあるさかい、まずは原因と思われる運動不足と不摂生な食生活を改めてみよう、薬はそれからや!
と心に誓った今日この頃です。
まあ、他に喫煙も原因やと思うんやけど、これはなかなか(笑

高血圧にハゲの遺伝子って・・・もっとマシな遺伝をしてくれへんかな~と思ったりするんやけど、これは遺伝やさかい宿命と思って粛々と受け入れるしかありません(-人-)

さて、食事改善と運動で果たして血圧は下がるのか!?結果はまたブログで書いてみましょうか。
それにしても、今回のお題は血圧の話やないんやけど、なんかこの話だけでブログが一つ書けそうですわ。
え?この小話でお腹いっぱいって?まあそんなこと言わんと続きでもどうぞ(笑


テーマ:雑記
ジャンル:ブログ

■■■BEのぶの大阪レトロ建物散歩 -大江ビルヂング-

2014年、あけましておめでとうございます!

・・・というても、もう明けて1ヶ月近くも経ってまいました(笑

しばらくブログ更新せーへんかったさかい、「こいつ死んだんちゃうか?」と思っとった人もおるやろうけど、どっこい俺は生きてます(笑
ちょっと近況報告させてもらうと、2014年が明けて職場が変わり、環境も心境も180度変わった生活になりました。
また土日祝きっちり休み生活に戻ったのもあるし、ストレスも完全リセット。
仕事の都合とストレスでしばらく休止しとった遊郭・赤線研究も、何の憂いもなく復活できます。
これで今年は特に憂いもなくブログが更新できるっちゅーわけですわ♪

というわけで、しばらく更新せーへんかったせいで妙な広告までつくようになったさかい、そのアカ落としといってみますか!

そして、今回のブログの題名からして、

また変なウォッチングに手を出しよったか?

とお思いかと思います(笑
いやいや、今や「遊廓・赤線のBJのぶ」やけど、元々興味があったのはこういう建物なんですわ~。
むしろ、こっちの方が「原点」なわけです。
俺は絶対、前世は明治・大正時代の人間やわ!というくらい、レトロな建物が好きな俺、それも何故か明治時代以降限定やったりして。
残念ではありますが、江戸時代以前の建物には全く興味ございません(笑

というわけで、リハビリ代わりの今回のレトロ建物散歩、ちょっとご覧下さい♪


■■■神社にある遊廓の面影

またしばらく更新が滞ってしもたBJのぶです。
ちとしばらく書いてへんうちに、筆・・・ならぬキーボードさばきがどうもしっくりいかんさかい、まずは「要リハビリ」とばかりに久しぶりに書いてみます。
俺も一介の小市民、まあ許してくんなはれm(_ _)m

で、先日散歩とばかりにあるところへ向かいました。

その散歩場所は。

13102701

奈良県香芝市にある

志都美神社

です。
平凡に読んだら「しとみ」なんやけど、実はこれ「しづみ」と読みます。
「しとみ」って読んだら、別に「志等美神社」がある、またややこしい名前やな(笑

この神社は武烈天皇陵の裏手にあって、それと何らかの関係があると思われる神社なんやけど、詳しいことはよくわかっとりません。


13102705

この神社の本殿は江戸時代中期の建立と伝えられとって、神社内にある奉燈には「宝暦六年」の文字があったさかい、1756年にはこの神社があったってことやと考えられます。
宝暦年間は、ちょうど「暴れん坊将軍」こと8代将軍徳川吉宗が亡くなった時期(宝暦元年)であり、伊能忠敬や「鬼平」こと火付盗賊改方長官の長谷川平蔵がまだ11歳の頃です。というか、この二人って同い年やったのねん。

また、本殿の裏には、

「明治十二年八月虎列拉病流行氏子祈願無一人患者無人歓呼奉納」

という記念碑があります。

「虎列拉病」ってコレラのことで、江戸時代の文政五年(1822)に日本で最初の流行がありました。
有名なところじゃ安政五年(1858)の大流行で、治療法が全然わからんかったのと、ちょうど欧米列強の黒船が相次いで日本にやってきた時期も重なって、大パニックになったそうです。
で、こん時にコレラの治療法を書いた『虎狼痢治準』という本を配布した人物が、適塾の緒方洪庵であります。

幕末のコレラ大流行はいったん収まったんやけど、それでも地震の余震のように明治時代にもコレラは全国で猛威をふるい、多数の死者を発生させました。
どうやら明治12年にも全国で10万人の死者が出た大流行があったようで、この奈良県でも流行したらしいんやけど、この地域では一人も患者が一人も出えへんかったようです。
それを「御祭神のご利益や」と記念碑を建てたというわけですな。
ちなみに、日本のコレラの猛威は明治期にはずっと続き、検疫や予防法、治療法が確立された大正末期になってやっと沈静化しとります。


で、この、どこにでもある神社のどこに、遊廓の面影があるというのでしょうか?
もしかして、ここあたりに隠れた遊廓でもあったのか?

テーマ:消えた遊廓・赤線の跡を訪ねて
ジャンル:ブログ

■■■想像力の重要さ

最近、ツイッターでアホみたいなのが「流行ってる」みたいですな。


客がアイスケースに寝そべって撮影→炎上 スーパー「カスミ」が商品撤去&返金対応

「コンビニのアイスケースに入ってみた」写真炎上でローソンが謝罪 問題の男性は解雇、当該店もFC契約解約へ

「コンビニのアイスケース入ってみた」画像炎上で今度はミニストップが謝罪

バイトが冷蔵庫入って写真撮影→炎上 ステーキのブロンコビリーが謝罪

従業員がピザ生地を顔に貼り付けた写真を投稿し炎上


今度はバーガーキングで…… 炎上中の「バンズの上に寝そべってみた」写真についてバーガーキングが謝罪

また炎上……今度は丸源ラーメンが謝罪 調理前のソーセージをくわえてTwitter投稿



まあ、挙げていったらキリあらへん。この騒ぎ、もはや

「ネット伝染病」

と呼んでええんちゃうか、とさえ思ったりします。
もうアホすぎていちいち写真晒す気もなくなります。ブログ写真アップロード容量の無駄遣いやっちゅーねん(笑

原因はゆとり教育とか親の教育とか、まあ色々いわれはあるでしょうが、その本質、つまり根っこを見てみると、一つの原因にたどりつきます。

それは・・・

テーマ:雑記
ジャンル:ブログ

■■■たかがトーチカ、されどトーチカ

以前、

「ロシア語勉強します!」

と高々に宣言したBJのぶです。
しばらく何の音沙汰もないさかい、もう飽きたんやろ?と思われるかもしれへんけど、確かに飽き症ではあります(笑
せやけど、12年もの「準備期間」を経て始めたもの、一度動き出したら、いやー止まりません。
ロシア語なんか日本の一般人(?)はなかなかやる気がせーへんと思うし、何より日露戦争から、いや終戦間際のソ連の騙し討ちで日本人の奥底には根深いロシア不信が残っとることは確か。
みんな、「日本の隣国」と言うたら、韓国とか中国、あるいは台湾とかを思い浮かべる人が多いけど、あのー、ロシアも立派な「お隣さん」なんですけどね~。
大阪から、「お隣」のはずの中国の上海との距離より、ロシアのウラジオストクの方が距離が近いんですけどね。
せやけど、「近いけどはるかなるロシア」なのが日本人の一般的な感覚のはずです。

おまけに、言語的に見ても「ロシア語は難しい」という先入観も根深い。
まあ実際にやってみたら、確かに骨が折れる言語でもあります。言語学じゃ「親戚」な英語とはある意味全く違います。
俺はロシア語を勉強する前に色んな言語をつまみ食いして、10年以上をかけて「ロシア語を勉強する体力」をつけたから、いざ勉強してみたらけっこうスイスイきたものの、外国語を英語しか知らんかったら、こりゃ言語の迷宮に迷い込んだ感じやと思います。少なくても「英語の親戚」とナメてかかるととんだカウンターパンチを食らうと思います。

せやけど、それだけに面白いことも確かです。
ロシア語って、一言で言うたら
「昔のヨーロッパの言語の『灰汁(あく)』が残ってる」
という感じです。
その『灰汁』とやらが何かは今回は書くのを控えるけど、『灰汁』をヒーハー言いながら我慢して呑み込んでいると、英語って実にシンプルにできてるよな、と感じたりもします。
厳密に言うと、英語も1000年前は、我々日本人から見ると文法は今のロシア語よりはるかに複雑怪奇、日本語の古文もそうやけど、
「これって同じ英語なのか?」
というくらい違います。
ヨーロッパのはるか北側、というか欧州というより北極に片足以上突っ込んだアイスランドという国があります。そこで話されとる言語はそのままアイスランド語なんやけど、その言語、1000年前のゲルマン系の言語、つまり英語や北欧の言葉がタイムカプセルのように残ってると言われとります。
つまり、今のアイスランド語を見たら「英語の古文」がどんなもんかわかるということらしい。
ホンマかどうかはさておき、仮に1000年前のイギリス人が現代にタイムスリップしてきたら、今のイギリス人とは全く会話が出来へんけど、アイスランド人やったら日常会話くらいならコミュニケーション取れるやろう、というくらい近いといいます。
まあ逆に言うと、文法がとんでもなく複雑怪奇、言語界の伏魔殿・・・とは言い過ぎやけど、少なくても現代英語の文法が昔と同じなら、英語嫌いが今の数千倍に増えて・・・いや、英語を苦に自殺者まで出てたかも!?
その複雑怪奇な文法が、時代という荒波に揉まれて、殻がツルツルになった貝の如く「シンプル」になっちゃったのです。英語が今の英語にかなり近くなったんは、だいたいシェイクスピアが活躍しとった時代(日本じゃ秀吉~関が原~江戸幕府成立の頃)です。シェイクスピアの有名な『ロミオとジュリエット』の台本を当時の英語で見ても、「ちょっと綴りがおかしいよな?(例えば、「眠る」の"sleep"が"sleepe"になっとるとか)」くらいで、現代英語の知識だけで見てもちょっと違和感があるくらいやさかい。
そして、リアルタイムに生きてる我々にはわずかしかわからへんけど、英語は今でも文法や発音など、徐々に変化をさせながら生きています。まるで生き物のように。
というわけで、英語じゃとっくの昔に抜けてしもた『灰汁』が、ロシア語にゃまだ残っとるということなんですわ。そこがロシア語を複雑にしとる所と言うてもええと思います。
まあ、お隣のポーランド語やチェコ語はもっとややこしい、ということを小耳にはしとるんですけどね・・・。ロシア語でもヒーハーものやのに、もうこれ以上文法ノイローゼにさせんといてくれ(笑


■■■大阪弁コラム 2013/6/26 『てんや』に行こう

関西は大雨で、せっかく干した洗濯物が台無しになってしもたBJのぶです。

うちのブログ見に来てくれとる人のほとんどは、想像するに遊廓・赤線関連目当てな人やろうけど、これって長文やさかい書くのがしんどいんですわ(笑
文章を書くって意外にエネルギーを使うもんで、特に長文を書くとなると「充電」が必要になったりもします。
その「充電期間」は、気合が入るほど、文が長くなるほどに比例する。
おまけに、炊事洗濯家事親父・・・やなかった、生活の現実もあるさかい、余計に遠ざかってしまう始末。
しばらくブログから遠ざかっとった原因を考えてみたところ、そこに原因があるんやなと感じた次第です。
そこで、30分から1時間くらいの時間で書けるような、ちょっと短いコラムみたいなもんでも書くことによって、気楽にブログを更新できるようにしようかなと思い、出来るだけいろいろ書いてみようと思います。
そして、読む方もお気軽に読めるようなもんにしていきます。

『消えた遊廓・赤線跡をゆく』目当てな人も、そうやない方も、俺の拙い雑感みたいなもんにお付き合いできれば幸いです。
お題は自由、気の向くまま時が過ぎるがまま、「継続は力なり」っちゅー言葉を胸に書いていこうと思います。
・・・って、そないして気合を入れるからあかんねんて、と自分にツッコミを入れときましょう(笑

あ、『消えた遊廓・赤線跡をゆく』もちゃんと書くさかい、よろしくお願い致しますm(_ _)m


■■■もの言はぬ娼妓たち 消えた遊郭・赤線跡を歩く特別編

また久しぶりの更新になってしもたBJのぶです。
・・・って言葉を何度聞いたころやら、とそろそろ呆れられそうやけど、数々のコメントをいただいてこんなちっぽけなブログでもファンというか、楽しんでくれとる人がおるんやな・・・と強く反省し、書くエネルギーが湧いてきた次第です。
今回は心から反省しとるさかい、気を取り直して書いていこうと思いますm(_ _)m


以前のブログで敦賀の遊廓についてちょいと調べてみる、と書いて終わったんやけど、その調査にとある所に行ってきました。
全国の図書館の蔵書を調べて、何か琴線というか、インスピレーションに触れるもんをピックアップしていく、ということもある意味研究の一つやと思っとります。
これもけっこう宝探しみたいで面白いんですわ。お前暇人やなーと思わんといて下さい。暇人なんは認めるけど(笑


で、向かった所がここ。


奈良県立図書館

奈良県立図書館でやす。

「敦賀は福井県やのになんで奈良県やねん!?」

ってツッコミを食らいそうやけど、まあまあ、話はちゃんと最後まで聞きましょう。
理由は単に敦賀まで行くんが面倒くさい・・・やなくて、ここにちょいと参考になりそうな資料が、俺の図書館蔵書検索で引っかかったってことなんですわ。
現地という本丸にいきなり突入するのもありやけど、「宝」っちゅーのは本件と関係なさそうな、人の意表を突くようなところに潜んでたりするもんなんですわ。
そして、本丸に突入する前に、外堀からじっくりと埋めていく。焦らず急がず、じっくり弱火でコトコトと煮詰めていきましょう。研究は強火で焦がしてはいけません。


せんとくん

そして、図書館に入ると悪夢・・・もとい夢に出てきそうなマスコットキャラ、せんとくんがお出迎え。
これでも私、ゆるキャラなんです(笑

図書館内はどうも撮影禁止みたいやさかい、写真には撮らんかったんやけど、予想をええ意味で裏切るホテルのような現代的な内観と、広々としてゆったりと余裕のある館内。金かけてますなー感がびっしり詰まった図書館って感じでした。まあこういうのに税金を使うのは全然OK牧場。
まあ、唯一の不満を言わせてもらったら、駐車場が有料なこと。「公営」なんやから3時間くらいは無料にしてくれ~(笑
昔の建物をリフォームしたような感じをイメージしとった俺は、これまたええ意味で拍子抜け。
なんか「県立図書館」とくれば、どうも我らが大阪府の中之島図書館のイメージがこびりついてしもとるみたいで。
(※マニアックな資料てんこ盛り(?)の大阪府立図書館中之島分館は、明治時代の建物やさかい)

そして、さすが県立図書館、蔵書もなかなかのもの。
特に奈良県立図書館の目玉は、太平洋戦争関連の資料・蔵書が集中的に揃っとることです。それも全国的な戦争資料が揃ってるみたいで、陸軍の歩兵操典や、「生きて虜囚の辱めを受けず」で有名な『戦陣訓』の原本までありました。
いちおう「昭和史」もライフワークの一つのせいもあるさかい存在自体はもちろん知ってたけど、「現物」を目の前にして実際に触ったんは初めてのことですわ。
敦賀の遊廓のことも、実はこの戦争資料のどこかに書かれとったことを知って、はるばるここまで来て閲覧となったんやけど、その内容はいつか書くやろう『消えた遊郭・赤線跡をゆく』の敦賀編までお預け(笑


せやけど、わざわざ奈良県立図書館まで来た理由は、実は他にもありました。
県立図書館の蔵書検索をしとった時に、

「おや?」

と興味深いもんを見つけました。
せやけど、インターネットの文字列だけじゃ、その「おや?」がどんなもんかわからん。なかなかレアなもんっぽいことは確かやけど、これはもののついでに現物を拝んでみたい気分になりました。

そして、図書館のおねーさまに「見せて~♪」とお願いして数分。
おねーさまが持ってきたものは、何やら木箱に入った紙。そして大きな油紙。
木箱の中に入っとったもんは、ちょっと息を吹きかけたら破れて穴が開きそうな手紙のようなものでした。言い方変えたら「ボロボロ」ということです。
おねーさまにも「取り扱い要注意につき、くれぐれも乱雑に触らないように」と注意を受け、同じく持ってきた油紙をテーブルの上に敷いて、その上でのみ閲覧可という代物でした。

中身を見てみると、確かにけっこう貴重というかレアもんの資料っぽい。
とりあえずコピー取って、家でじっくり見てみるか・・・と思ってお願いしてみたら、

「取り扱い要注意資料につきコピー不可」

と冷たい返事。つまり、コピーにも耐えられへんくらいボロボロということですわな。
それなら、以前大阪市立図書館でやったことがある、コピー不可もんのボロボロ資料を「デジカメコピー」するという手はどないでしょ?と聞いてみたら、
「ちょっと聞いてみます」
とおねーさまは館内の奥へ。
待つこと数分、

撮影OK

の許可が出て館内の奥へ。
やっぱし公共の閲覧する場所であからさまに「デジカメコピー」はちょっと・・・ということで(そりゃそうやわな)、別室でどうぞというわけで、図書館の大奥・・・もとい奥の作業室らしき所までご案内~。
そこでなら時間制限なしで、あなたの気が済むまで、著作権フリーやさかい何枚でも撮影どうぞ~♪
というお墨付きをもらって写真を撮らせてもらいました。ほな、気が済むまで籠城させていただきます(笑

テーマ:消えた遊廓・赤線の跡を訪ねて
ジャンル:ブログ