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BEのぶ

  • Author:BEのぶ
  • 自称「ブログエッセイスト」ことBEのぶです。
    昭和史をライフワークにしていますが、平成ももうすぐ30年経ち、昭和が遠い過去になりつつあります。
    昭和も遺産・遺物を探れば立派な「考古学」となります。題して「昭和考古学」。ジャンルは遊郭・赤線跡から鉄道、そしてすっかり忘れ去られた歴史を掘る「昭和の考古学者」として、昭和の名残りを通して考察する旅を続けています。

    基本は標準語で書きますが、エッセイは大阪弁で書いていきます。

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■■■吉田茂からのメッセージ

「日本の歴代首相の中で誰がいちばん好きですか?」

と聞かれたら答えに詰まるけど、

「戦後の首相では」

という条件をつけると、俺は真っ先に吉田茂の名前を思い浮かべます。
たぶん、これに同意する人も多いと思います。

吉田茂は有名やさかい特に俺がうだうだ書くことやないけど、敗戦直後の国中が焼け野原になった日本を、それ以上に歴史始まって以来の敗戦ショックで精神的には生きた屍状態になった日本人の復興を目指した首相であります。
終戦後の日本に「神」として君臨したGHQのマッカーサーにも対等に渡り合い、あの時代にこの人がおったことは、ある意味日本の奇跡かもしれません。
せやけど、その姿態度は傲慢不遜、口は辛口毒舌、気性が激しく頑固一徹。人に頭を下げるのが大嫌い。この頑固さは吉田のふるさとの土佐では「いごっそう」と言うそうやけど、それゆえ「ワンマン宰相」とも言われました。
20代の若い人やったら、自民党の元総理の麻生さんの母方の祖父って言うたほうが早いかもしれません。

ほな、吉田茂のどこが好きなん?
と聞かれたら、かれのユーモアセンスと答えるでしょう。
吉田茂はユーモアセンスがある、日本人には珍しいタイプの政治家であり、イギリス仕込みのブラック込みのジョークで、マッカーサーですら翻弄しとりました。
このユーモア、今の政治家・首相にいちばん欲しいところであり、またいちばん足りへんところでもあると思ったりします。

吉田茂の、マッカーサーを煙に巻いたユーモアエピソードを。

■エピソード1

吉田茂
「GHQって何の略なの?」

マッカーサー
「かしこくもGHQとはGeneral Headquartersの略であってどうだの・・・(と長々と説明)」

吉田
「へー、てっきりGo Home Quickly(さっさと(アメリカへ)帰りやがれ)の略かと思ってたよ」

マッカーサー
「www」


■エピソード2

戦後の食糧難で、日本人が数百万人餓死すると言われました。
そこで吉田はマッカーサーに450万トンの緊急食糧援助をお願いしたのですが、アメリカ政府や議会は「自業自得じゃ」と拒否しました。
さらに、日本国内では「米よこせ」の数十万人のデモが東京を埋め尽くし内閣は総辞職、次の内閣(第一次吉田内閣)も流産の危機にありました。
そこで、吉田は「餓死者が出てデモが暴動になったら、あんたの統治能力が問われまっせ」とマッカーサーを脅し、食糧援助を引き寄せました。
結局60万トンが緊急輸入されたものの、日本での餓死者はゼロ。マッカーサーは吉田を呼びつけました。

マッカーサー
「こら吉田!輸入量6分の1なのに餓死者ゼロってどういうこっちゃねん!統計おかしいやないかい!(怒」

吉田
「そりゃ当たり前ですがな。日本の統計が正確なら我が国はあんたらと戦争なんかやってませんて。統計が合ってたら日本が圧勝してるはずですしね」


マッカーサー
「wwwwww」



「神」に対してジョークで料理しとります。
せやけど、吉田のジョークをちゃんと理解して爆笑で応えるマッカーサーも、相当の知性があるなと思います。
「ジョークを理解するにも知性が要る」
というのは俺の持論なんやけど、ここで言う知性は頭の回転とかというより、頭の柔軟性、フレキシブルなとこです。ジョークは頭が柔らかくないと理解はできません。もしマッカーサーがコチコチの石部金吉やったりしたら、こんなジョークは全く通用せーへんどころか、「何をこんな時にこんなジョーク言いやがって」と即首が飛んだことですやろな。

また、麻生元総理によるとダジャレも好きやったみたいです。

■エピソード3

首相になったら、ご存知日本国憲法により「国会議員でないといけない」のが決まりです。
首相になってしまったので、仕方なしに議席を持つために選挙に打って出ました。
せやけど、「有権者に頭は下げない」「演説はしない」とわがまま放題(笑
ある日、誰かに促されて街頭演説に立ちました。寒かったのかオーバーを着て演説したものの、それが傲慢に見えたのか、

「大事な一票をもらうのに外套を着て挨拶する奴がいるか!」

と野次が飛びました。
そこで吉田はすかさず切り返しました。

「黙って聞きなさい。外套を着てやるから街頭演説です」



まあ、今やったらただのおっさんギャグで片付けられそうやけど、おっさんギャグで何が悪いんだ、ジョークがわからん石頭がいちばんバカヤロウだ。
と毒舌で答えるかもしれませんな。
ちなみに、この「頭を下げない」「演説はしない」とんでも(?)選挙戦の結果は、98000票を獲得してトップ当選したそうです。


個人的に好きな、ザ・ベスト・オブ・吉田ジョークはこれです。

■エピソード4

フィリピンとの外交交渉の場で。

吉田「ご来日を待ちかねておりました。賠償の支払いは、その原因をつくった側にある、とお考えでしょうね」

フィリピン「その通り。話は早いですね。我が国は日本軍により大きな被害を受けましたので、賠償金を請求いたします」

吉田「我が国は、貴国の海域で発生した台風により、太古の昔より多大な被害を被っております。つきましては我が国は貴国に対して台風による賠償を求める所存であります。具体的な金額については大蔵省で計算中ですので、終了次第提出いたします」

フィリピン「www(そう来たか!)」



外交という、食うか食われるかの瀬戸際、それも日本側圧倒的不利な立場でこんなジョークが言えるのは、頭だけやのーて相当な肝っ玉、安岡正篤の言葉を借りれば「胆識」があるということですわな。
このエピソードは日本より海外で有名で、当時のある国のトップが「こんな場面でこんなジョークを言えるとは、日本の首相も大したもんだやわ」と手放しで絶賛したそうですわ。

せやけど、今回のブログのお題はユーモアのことやありません。

* * *
あるテレビ番組で、吉田茂83歳の時の映像が残っとりました。
83歳というたら確か昭和36年、首相はもちろん政界からも完全に引退し、神奈川県の大磯にあった別荘で悠々自適の隠居生活を送っとった時のことですな。
NHKのアナウンサーが聞き手になって、外務大臣、首相時代のエピソードを、葉巻をくわえながら語っとります。83歳いうても、記憶はしっかりしとるし口調もはきはきしとってまことに矍鑠(かくしゃく)としたご隠居、とても83歳には見えん。
服装は、麻生さんが「祖父のトレードマーク」と語ってた和服に白足袋姿で、これは吉田のプライベートでの服装やと言います。
そこにたぶん別荘の庭なんでしょう、緑豊かな庭園みたいな所に置かれた椅子に座って、リラックスした感じでカメラの前で語っています。
日本では、公の場や儀礼での姿を固有日本語で「ハレ」と言い、それは「晴れの舞台」「晴れ姿」という言葉に残っています。対して、日常、普段着の姿、プライベートな状態を「ケ」と言い、漢字で猥褻(わいせつ)の「褻」と書きます。
この映像の吉田茂は、まさに100%「ケ」の姿なんやろな。
せやけど、「ハレ」の吉田のトレードマークの「傲慢不遜」もやっぱりある。そしてそれに釣られたんか、アナウンサーまで椅子にのけぞりながら紅茶をすすって態度がデカい(笑
これが今やったら、視聴者からクレームが殺到、アナウンサーのほうが懲戒処分を受けるとか、笑うに笑われへん事が起こるかも。
とは言うものの、我々凡人から見たら「傲慢不遜」に見えても、それが実は威厳、つまりオーラなことが多々あります。
実際に目の前にして、相手にオーラを感じることはよくあることやけど、テレビやネットというフィルターを通してもオーラを感じたことは、俺は吉田茂で3人目です。
一人は現役の某経営者、二人目は某東京都知事(この人はリアルでも見たことあるけど、そりゃものすごい威厳でした)、そして吉田茂。
特に吉田茂は身長が155cmしかなかったのにこの態度のデカさ・・・もとい威厳。リアルで見たらものすごいオーラやったんやろなと思います。


映像は10分間くらい。たぶんもっと長い時間をかけてじっくりとインタビューしたとは思うけど、アナウンサーの質問はマッカーサーとの思い出に触れます。
吉田は

「占領なんて長くするもんじゃない。長く続くと占領する方もされる方も、自然に摩擦が生じて不幸になる。
占領という不規則な状態は早くやめるのが良い。
これがマッカーサーの理論であり、彼のえらいところだった」

「マッカーサーは一軍人というより立派な政治家だった。日本にとってマッカーサーがGHQのトップだったのは幸運だった」

とマッカーサーを評しています。
せやけど、進駐軍の政策に関しては、

Good intention, but poor policy.

だと、英語で答えています。
どういうことかというと、進駐軍の「敗戦してボロボロの日本をどうにか建てなおして、盛り上げてやろう」という意図、目的はよろしい。せやけど、政策自体はちょっとよろしくなかった。
ということで、
「日本の国情や積み上げてきた歴史を一切無視して、アメリカの考えを一方的に押し付けた」
という一言に凝縮されています。

吉田茂は、これを

「善意の悪政」

という表現をしとります。
善意の悪政・・・これはなかなか薀蓄のある言葉ですな。
特に、地方行政は「進駐軍が根底から変えた」として、まるで「これが『善意の悪政』の典型的な例だ」といわんばかりの口調で述べています。
ここがいちばん重要なんやけど、それを、

「これは日本が自ら改正すべきことであり、手直しすべきことである」

と語っています。
地方行政の何が「善意の悪政」なのかは、この映像じゃ何も語ってへんのやけど、地方行政というか、システムが形骸化かつ金属疲労を起こして日本中で故障を起こしてる今の日本を見たら、吉田が「そろそろ改正すべき時じゃねーの?」と我々にメッセージ、宿題を送ってくれとるような気がします。

アメリカのせいやとか誰かのせいやとか、日本人の悪いところはやたらと人のせいにして、裏を返せば「自分は悪くない」と主張するところやけど、戦後の憲法や数々の制度は、確かにアメリカの押し付けもあったと思います。
とは言うても、おかしいと思うところは手を加えて改善していったらええわけで、日本は独立国やさかいそれはなんぼでもできるはず。
それを「人のせい」にするということは、結局は自分らが変化を望まないのと同じこと。それでは何も変わらへんし進みません。
これは確かに昭和36年の映像なんやけど、まるで今の日本を語っているような感じさえして、ちょっと変な気分に襲われました。
まあ、最後には
「進駐軍のおかげさまで、(日本は)弱ってんだからww」
ときっちり皮肉で締めくくっとるところが、さすがブラックユーモアの名手(笑
ただ、その皮肉は、あの世の吉田茂が今の我々に向けて発しているような気がしてならへんのですけどね~。


吉田はずっと外交官一筋やったさかい、政治家としての能力は未知数、というかゼロやったでしょうね。
何せ政治家に必須な「人に頭を下げる」のが「大嫌い」やったさかい(笑
せやけど、外交官人生で培った、「弾が飛ばない戦争」と言われる外交の修羅場をくぐり抜けてきた経験だけを武器にGHQとやり合い、戦後日本の数々の試練を乗り越えてきました。
その姿は、あのふてぶてしい態度(笑)と共に「The King of 戦後の総理」として今でも伝説になっとります。
最後に、吉田茂の外交官としての言葉を書いてみます。

外交は、小手先の芸でもなければ、権謀術数でもない。

大局に着眼して、人類の平和・自由・繁栄に貢献するとの覚悟を持って、

主張すべきは主張し、妥協すべきは妥協する。

これが真の外交の姿である。



太字にしたところが、今の日本の外交、果ては日本人全体に足りんところなんやろな、と思ったりします。
主張するところは主張せず、妥協しまくってバカにされ、逆に主張しまくって妥協を知らない。
吉田茂が言いたいことは、要はバランス感覚やで~ということですやろな。
そんな吉田茂に敬意を払って、最後はジョークで締めくくりたかったんやけど、どうもジョークどころかおっさんギャグ一つも出てこえへんのが、俺の頭のプアーなところであります(笑


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