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BEのぶ

  • Author:BEのぶ
  • 自称「ブログエッセイスト」ことBEのぶです。
    昭和史をライフワークにしていますが、平成ももうすぐ30年経ち、昭和が遠い過去になりつつあります。
    昭和も遺産・遺物を探れば立派な「考古学」となります。題して「昭和考古学」。ジャンルは遊郭・赤線跡から鉄道、そしてすっかり忘れ去られた歴史を掘る「昭和の考古学者」として、昭和の名残りを通して考察する旅を続けています。

    基本は標準語で書きますが、エッセイは大阪弁で書いていきます。

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■■■東京-立石 消えた遊郭・赤線の跡をゆく42

順番が実は逆になったんやけど、藤沢の前に実はトキオに行ってたりしてました。

お~し、ちょっとリッチに飛行機でトキオに行ったろやんけ。
と意気込んで、

12090602

眠い目をこすりながら関空発のANAの始発飛行機で羽田空港へ。
そして、成田空港行きの電車に乗り換えて成田空港へ・・・まではさすがに行ってへんのやけど、途中で各駅停車に電車を乗り換えて、

12090601

車窓からオープンしたての新しい東京のシンボル、東京スカイツリーを眺めとりました。
電車の中でカメラを出して写真をパシャパシャ撮る俺は完全におのぼりさん。
すまん東京スカイツリーよ、今回お前に出番はない。
別に途中下車して行ってもよかったんやけど、オープンして間もなかったさかい行ったら人ごみで死にそうになるのは目に見えとるし(笑
ちゅーわけで、今回は車窓から眺めるだけ~。


12090603

京成線立石駅。ここが今回の目的地です。
ここに、かつて赤線があったことは、まあ有名と言えば有名ですね。せやけど、かつてそこにそれがあったとは思われへんくらい、現在はのどかな東京の下町の一部分と化しとります。

* * *
12090604


俺の事前調査と実地調査によると、立石の旧赤線区域はだいたいこの地域です。
立石駅の北口の北部、商店街の道筋にある「立石駅前交番」の裏あたりが赤線区域やったと昔の資料にあるけど、いつもの『全国女性街ガイド』にゃ立石をこない表現しとります。

「あそこは公衆便所だよ」
と痛撃する男がいるかと思えば、
「おれ、意見されたヨ。工場を休んじゃいけないヨ、お弁当ならあたしがお握りつくるからさ。早く支度して出掛けなヨ・・・てんだ。曲がり角でふりかえると、手を振ってやがんだ。けっ、たまらねえや」
という男もいる。早い話が、銀座人種には嫌われ、浅草民族にはぴったりくるのがこのシマの持ち味。
60軒、約300名のこじんまりとしたところ。美人よりサービスを期待して捨て難い味がある。(以下略)

※文の改行や数字のアラビア数字化は、読みやすさ優先で俺独自の判断によります



巧みな表現で立石の魅力を紹介しとります。
ツイッター並みの文字数ながら、書くべきところは捨てずに表現し、時にはユーモアを盛り込んだ文章は、『全国女性街ガイド』の著者ならではの文章力。強いて言うならば渡辺節と言うべきか。この人、かなりの文章力をお持ちのようや。
これは同じ「物書き」としてなかなか簡単そうで難しい。俺の場合はいつもダラダラ長たらしく書いてまうさかい、ちょっとは渡辺寛の爪の垢を煎じて飲まんとあかんかもしれまへん。まあ、こんな文字数で「消えた遊郭・赤線跡をゆく」を書いてみたら、「物足りん!」って苦情がくるかもしれませんな!?でも一回くらいはやってみたい気分(笑

特に、
「おれ、意見されたヨ。工場を休んじゃいけないヨ、お弁当ならあたしがお握りつくるからさ。早く支度して出掛けなヨ・・・てんだ。曲がり角でふりかえると、手を振ってやがんだ。けっ、たまらねえや」
の記述は、渡辺氏の創作か、はたまたホンマにそう言うとった人がおったんかはわからんけど、俺ならそうおねいさんに諭されたら、「おにぎり作って♪」って甘えて、尻尾振りながら工場に向かいそうな、ほのぼのとした光景が浮かびます。思わずこの文章を脳内でアニメに変換してまいましたわ(笑
「性欲解消コンビニ」と化してしもた感がある今の風俗と比べたら、もう数少なくなった赤線経験者の半藤一利さんの言う「赤線は『雅』があった」という言葉が、この記述だけでもわかるような気がします。
ノスタルジックな気分にはなるけど、赤線も男と女の間に血の通った、人間と人間の温かい交流があったんやろな、と。
いや待て、ノスタルジック言うても俺は昭和4X年生まれのはずや(笑


せやけど、立石の赤線のエリアは、正直なとこかなり狭いです。
ここで少し『全国女性街ガイド』について疑問が。こんな猫の額ほどのエリアに、「60軒」はわかるけど「約300人」はさすがに大げさちゃうのん?ということ。
こんなとこに「300人」もおったら、「人口密度」はものすごいを超えてとんでもないことになって、客より女の方が多いんちゃうの?と(笑
で、いろんな方面の資料をあさってみた立石の女性の数の推移を見てみましょう。
こういう時、東京の赤線は便利です。他の地方と比べて、残ってる資料がかなり多いさかい。


▲昭和21年(1946)10月 75人
※昭和23年(1948)   104人 (業者数41軒)
☆昭和25年(1950)   110人 (業者数49軒)
●昭和26年(1951)5月 130人 (業者数53軒)
▲昭和27年(1952)12月 131人 (業者数51軒)
▲昭和31年(1956)12月 140人 (業者数54軒)
▲昭和32年(1957)12月 121人 (業者数49軒)

昭和30年(1960)約300人 業者数60軒
(『全国女性街ガイド』)


●文化毎日新聞調査の数字
☆『モダン日本 臨時増刊 艶笑版』東都歓楽地一覧早見表から抜粋
▲警視庁調査より
※ソース不明(俺の調査ノートに走り書きしてたんやけど、どっから拾ってきたんか忘れましたw)



立石の赤線区域が変わってへんとしたら、このエリアの女のキャパはせいぜい130人前後やと思われます。
昭和27年や昭和31年のデータを見てみたら、『全国女性街ガイド』の数字はいささかオーバーか、ただの誤植やと思われ。「300人」は「130人」の誤植やと俺は推定しますわ。
あ~、これでスッキリしたわい(笑


立石の赤線は、3月10日の東京大空襲で焼け出された亀戸私娼窟の業者が、新天地を求めて立石に集まり、焼け残った家を改造してそこで商売を始めた。そしてRAAを通して赤線になった。
というのが定説になっとります。
『赤線跡を歩く』にも、この説を支持しとる前提で立石の歴史を記述しとるし、『全国女性街ガイド』の原型とも言える『赤線涼談』という雑誌記事(著者は同じ)の注釈にも、「終戦の年の6月に」という記述があります。
せやさかい、これで昭和20年6月設立は間違いない・・・
と、ちょ~~~っと待った!とばかりに、こんな資料もあったりします。

東京都接待業組合連合会というのは、戦時中新しくできた慰安施設の業者の集まりであった。
東京近郊の軍需工場にかり集められた若い徴用工の性欲のためにと、軍部の命で、警視庁が立川、蒲田、亀有、立石、新小岩の工場地帯に新設させた慰安所である。
当局はこれを産業戦士慰安所と呼んだ。

(『国策慰安婦をめぐる占領下秘史―敗者の贈り物』)



お?いつの時期かは知らんけど、「戦争中」に立石に「慰安所」が出来とったんか?
ということは、定説がまったく覆るんちゃうのん?
更に、立川や新小岩、亀有とかも、戦後にできたというのが定説。これはすごい発見をしてしもたかも!?
とは言うても、戦争中に出来たという「立石慰安所」と、赤線につながるデータは存在しません。よってこれはイコールとは一概に言えないわけで、「慰安所」とやらが立石のどこにあったんか、ということが一番の課題になります。
まあ、「慰安所」が「昭和20年6月に出来て」なら話の辻褄は合います。
せやけど、上述の『赤線涼談』は「軍人のための慰安施設」と書かれとるさかい、「東京近郊の軍需工場にかり集められた若い徴用工」のための「産業戦士慰安所」と矛盾が生まれます。
ちなみに、別のブログに書いてたことやけど、戦前からここに住んどるという古老によると、立石の赤線はやっぱし「終戦直前」にできたらしく、それまでは私娼窟も含めてそんなもんはなかった、ということで、立石の赤線の発祥を謎にしとります。
せやけど、何がどうであれ真実は一つ。もしかすると、歴史の定説が180度ひっくり返る可能性もなきにしもあらずってことですな。

そこは「謎」のままにしといて、戦後すぐに立石に闇市ができたそうで、それにつれて人も立石に集まってきます。
立石の赤線はRAA、つまりアメリカの兵隊用の慰安施設になったんやけど、とは言うても「バラックに毛が生えた程度」やったそうです。
RAAがオフ・リミッツ、つまり「使用禁止」になってそのまま赤線へ・・・って流れは他の赤線も同じやけど、立石は『モダン日本』によると「新興気分溢れる」赤線やったそうで、戦後型の赤線のまだ作られて間もない、出来てすぐの新築マンションのような気分を味わえたみたいですな。
また、「新地の案内灯が立って案内してくれる」ちゅー記述があるさかい、駅前に「赤線はこちら♪」って案内があったんですやろな。果たして案内灯の色は何色やったんでしょうか(笑
そして、『全国女性街ガイド』の記述に符号するように、「サービス自慢」と書かれとります。立石は新興の赤線やし、近くには鳩の街や玉の井など、知名度にかけては東京でもトップクラスの有名どころが君臨しとりました。「赤線経営学」やないけど、新参者は老舗とは違った色、つまり差別化をアピールせんとあきません。古参と同じことしとっても、なんぼ需要があった言うてもお互いの潰し合いのみ。これは経営学として考えたら説明不要ですわな。
そこで、立石は細やかなサービスを持ち味にして、渡辺節でいう「捨て難い味」を武器にしたんかもしれませんな。



12090605

今の立石駅北口の商店街です。
今はモダンな商店街になっとるけど、この裏にかつて赤線がありました。
住民の方にゃ失礼やけど、各駅停車しか止まらんような所に、ドトールとサンマルクが真ん前どうしにらめっこするように建てられとるとは。お互いケンカせーへんのかいな?と思うんは、何事も競争な大阪人ならではか!?
交番の裏にある道を進んでみると、


12090606

さっそく第一村人・・・やなくて第一建物発見!
場所が場所なだけに、これは間違いないでしょう。それも『赤線跡を歩く』とかには載ってへん物件です。
交番裏の道を歩いて5mも歩いてへんのにすぐに一軒、こりゃ幸先がかなり良さそうです。
この建物の前の道を、とりあえずまっすぐそのまま、別の道に当たるまで歩いてみると。

12090607

別の道に歩く前に、こんな建物を見つけました。
リフォームはされとるけど、「元の形」を留めながら改築しとるよーな感じです。


12090608

交差点にこんな建物も残っとりました。これは『赤線跡を歩く』にも掲載されとる建物です。
せやさかい、余計な説明は省略します。


12090609

『赤線跡を歩く』には載ってへん角度で、上の建物の全景を撮ってみました。
こない見たら、「いかにも」って感じですわな。


で、道を引き返して、途中のT字路には、赤線時代の宝物庫のように当時の建物が転がっとりました。


12090610

玄関横の小窓が、アルミサッシに変わってちょっと味気ないものの、この建物の奇妙さを増幅させとります。
ここの窓のとこは一段低くなっとって、この小窓から「ちょいとお兄さん♪」と女が声を掛けとったんやろか。


12090611

この建物は注目すべき点があります。
自動販売機のジュースの値段が100円ってことって?
ちゃう!そんなん珍しくも何ともない(笑
このデフレ時代、大阪にゃ

12090612

50円自動販売機もある時代です。これ、あいりん地区にホンマにある自動販売機です。フォトショで加工はしとりません(笑
まあ、ここは自動販売機のジュースの値段の安さを語るブログじゃございません。

この既に閉店して久しいと思われる二軒のスナックは、写真を見たらわかるように元は「一軒」やったことがわかります。そして・・・


12090613

12090615


建物の隅の、アールデコ調の曲線美が素晴らしいハーモニーを醸し出しとります。
赤線カフェー建築の典型とも言えるこの曲線やけど、これで驚いたらあきません。


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建物を飾る円柱です。これもカフェー建築を象徴する装飾の一つやけど、まだ驚くのは早い。


12090616

そう、この円柱、タイル貼りやったんです。
上塗りされて隠れとった当時のタイルが一部剥き出しになっとって、これだけ見ても店全体が様々な色のタイルが貼られた、かなり派手な建物やったことがわかります。
もしかして、上塗りを全部剥がしたら、見る者(というか一部の変わり者?w)を驚かせ、同時に感動を呼ぶようなきれいなタイルが姿を現すかもしれません。
今すぐでも上塗りの部分を削ってみたい衝動にかられました。ってそんなんやったら器物破損罪で捕まるがな~。いや、捕まっても初犯やさかい執行猶予はつくやろーけど・・・ってそんな問題やない(笑


この建物の横の、ほとんど家の裏側のような細い道を通って、いや潜り抜けてと表現した方が妥当な道を抜けると、


12090617

ここが現在の立石の飲み屋街になっとるみたいでんな。
なんというか、この狭い通りに並んだ店のゴチャゴチャ感がまた赤線跡らしいと言えばらしい。
もちろん、赤線時代にはこの通りには店がたくさん軒を並べとったことでしょう。

一見すると、もう赤線時代の建物は・・・と思うところに、ひっそりと当時の建物が残ってたりしてました。


12090618

例えばこれ。
気を抜いたら華麗にスルーしそうな建物なんやけど、ここは「”自称”遊廓・赤線界のインディー・ジョーンズ」の数々の建物を見てきたカンで、何かがピンときました。

12090619

奥を覗いてみると、建物がやけに奥まっとることがわかります。
これもある意味赤線建築の真髄(?)、正面は小さいけど実は・・・的な特徴を持ってるのも典型的な赤線カフェー建築でもあります。


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こういう建物も、道の端っこでひっそりと残ってます。


そして、ある意味立石赤線跡最大の見ものがあります。


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これ。
実はこの建物、一つの建物に3つドアがあったりする、赤線独特のつくりであります。
なんで一つの家にドアが3つもあるか、そして3つも必要やったかというと、客同士が玄関でばったり鉢合わせることがないように配慮しとったってことで、おそらく入口専用、出口専用と片道のドアやったと思われます。
とにかく道が狭すぎて、角度的にどない写しても「2つ」しか写されへんかったんやけど、確かにこの建物、ドアが3つ、均等な間隔で設置されとります。すんません、俺も精一杯の努力はしたんですけど(笑
数々の遊廓・赤線跡を巡り歩いとっても、こんないかにも赤線臭い建物に出くわしたんは久しぶりで、昔はところどころにいっぱいあったんやろうけど、赤線が消えてもう60年も経ってしもた21世紀の現在、現存する建物は非常に少なくなっとります。都会化が現在進行形で進むメガロポリス東京の片隅で生き残る、最後とも言える個性的な生き証人です。


12090624


ベランダの形も、自己主張は控えつつもやっぱし自己主張したい、というような、ツンデレの女の子のような洋式です。


立石の赤線跡、東京の下町に残る男と女の交渉の跡。今でもその面影は、ほとんど忘れ去られつつあるものの、確実に点々と残っていました。そして、正直ここにもあんまし期待してへんかった分、意外に建物が残っとってまだまだここは「健在」ということがわかりました。
せやけど、立石にはまだもう一つ、ミステリアスな場所が残っとります。


12090625

「呑んべ横丁」

ある意味ここの方が有名かもしれへんけど、これ以上はまた次の機会に。
これ以上長くなったら、逆に「駄作」に終わるかもしれへん、そんな感覚が俺の頭によぎったさかい。
ここについては、次回のお楽しみに~。いちおう、「呑んべ横丁」の写真をアップして「予告編」としときます(笑



~おまけ~


12090626

立石駅前に、イトーヨーカドーがありました。
大阪人にとっちゃ、イトーヨーカドー、イコールデカい郊外型ショッピングモールやさかい、こんなこじんまとした「かわいい」イトーヨーカドーもあるのかと、思わず写真に撮っちゃいました(笑
イトーヨーカドーは関東発祥なものの、今は全国に展開しとる、誰でも知っとるようなスーパーやけど、元はこんなかわいい・・・もとい小さなスーパーから始まったんは、何か意外な感じさえします。
この立石店は昭和38年開業の、立石の赤線が売防法でなくなってあまり時が経ってへん時に出来たもんで、現存する店じゃ全国でも2番目に古いんやって。ちなみにいちばん古いんは、イトーヨーカドー一号店の千住店(昭和33年)だそうですわ。

せやけど、どうしてもダ○エーを応援してまうんが大阪人の偽らざる心情なんよな~、関東人の皆さんすんません(笑


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テーマ:消えた遊廓・赤線の跡を訪ねて
ジャンル:ブログ

コメント

■ わからんなぁ

ドンナトコです?
あんまり馴染みが無いもんで
今里 ?
千林?
2012/10/05 URL たかし #- 

■ 

のぶさん初めまして。
赤線という言葉を検索していてこのブログをとても興味深く拝見しました。
先日まで宮城県の仙台市に住んでおり、子供の頃から酔った親戚のおじさんに「このあたりには戦後赤線があって、
進駐軍相手のパンパンがいてな、目の青い子供がたくさんいたもんだ」
などと聞かされました。
だけども近所に住む人には青い目の人はおらず、
「その子供たちは今はどこにいるんだろう」と思っていました。
「赤線」という言葉を言ってはいけない気がしていたので誰にも聞けませんでしたが、
赤線の事が書いてあるブログに出会えて嬉しかったです。
2012/09/18 URL たのこ #/3WEEAIQ [編集] 

■ Re: タイトルなし

>いちごさん

いつも褒めてもらっておおきにです♪
せやけど、ここまで来たら、昔流行った(?)褒め殺しみたいですね~(笑

赤線の雰囲気、これで少しはわかったかもしれんですね。
タイムスリップするなら、この時代に行ってみたいですわ。
2012/09/12 URL BJのぶ #- 

■ 

やっぱりのぶ先生の作品は素晴らしいです!
この調べる力、文章力、パンチのきいたジョーク、ブログだけでは勿体無い是非書籍化してほしいです!!!

タイルを塗り潰してしまうなんて勿体無い……
血や、男女の想いが通う場所だったから~の下り、私も同感します。
50円自販機ビックリしました(笑)

読ませて頂き有り難うございます。
2012/09/07 URL ☆いちご☆ #- 

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