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BEのぶ

  • Author:BEのぶ
  • 自称「ブログエッセイスト」ことBEのぶです。
    昭和史をライフワークにしていますが、平成ももうすぐ30年経ち、昭和が遠い過去になりつつあります。
    昭和も遺産・遺物を探れば立派な「考古学」となります。題して「昭和考古学」。ジャンルは遊郭・赤線跡から鉄道、そしてすっかり忘れ去られた歴史を掘る「昭和の考古学者」として、昭和の名残りを通して考察する旅を続けています。

    基本は標準語で書きますが、エッセイは大阪弁で書いていきます。

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■■■旧川本邸へ潜入! 消えた遊郭・赤線跡をゆく特別編

前回書いた洞泉寺編の続きでございます。
ホンマは洞泉寺編の直後に書きたかったけど、ちょっと別方面に寄り道してまいました(笑


ある日、ふと色々ググっとったら、

「大金魚博覧会」

っちゅーのを見つけました。
普通やったら「ふーん」とスルーしそうなんやけど、それが行われとった場所を見たら!

「おお~~~!」

こ、これは・・・

遊郭跡の建物やないですか~!

それも入場無料、金魚っちゅー大義名分で滅多に見られへん遊郭建築の中を見れるビックチャンスやないかいな。
それもタダで。もうヨダレが(汚
これは行くっきゃない!止めてくれるなおっかさん、雨が降ろうと人工衛星が降ろうと俺は行く(笑

というわけで、休みの日の予定を急ブレーキかけて急激に変更して、「大金魚博覧会」が終わる数日前の8月26日に行って参りました。

* * *
奈良郡山洞泉寺遊廓の旧川本邸地図


ちょっとその前に、軽く洞泉寺遊廓のおさらいを。
洞泉寺遊郭は奈良県は大和郡山市にあった遊郭で、旧(大和)郡山の城下町内ギリギリの位置にありました。
遊郭があった洞泉寺町は、名前の通りの洞泉寺やお稲荷さんの門前町で人の往来も多かったと思われ、
それで「人が集まる→遊郭を形成」か参拝前の禊みたいな流れになったと思われます。
明治初期には存在が確認され、土地の広さのせいか大規模な遊郭ではなかったですが、昭和33年の売防法施行まで残って営業しとりました。
今は、その抜け殻のような古い建物が、一部当時のまま残っとります。
まあ、詳しくはうちのブログの洞泉寺遊郭編を見てね~。

地図で青く塗った所が遊郭のだいたい(というかちょっと大雑把w)のエリアなんやけど、今回訪ねた所は赤で塗った「旧川本邸」ってとこです。


旧川本邸の外観

大和郡山市にある洞泉寺遊廓の旧川本邸の格子


「旧川本邸」の画像です。
木造3階建てのかなりデカい建物で、俺が撮ったアングルが悪いと思うけど写真で見たらあんまし大きく感じへんかもしれません。
せやけど、実際に見たらこれがごっついデカいんですわ!
大和郡山って「金魚」ってイメージしか思い浮かべへんけど、こんな大妓楼を建てれるくらい人が集まったってことなんやろな。
「旧川本邸」は大正13年(1924)に建てられた、昭和33年の売防法施行まで遊郭の建物として実際に使われた妓楼で、
オーナーの川本氏も住まんよーになって手放そうとして解体が確定した約10年前、「文化的に価値あり」と認めた大和郡山市が買い取りを決定、約2億円かけて修繕中なんだそーです。
何で2億円もかかるか言うたら、
1.とりあえずデカいさかい修繕する所が多すぎる
2.中のインテリアがそれだけ凝っている
3.修復できる職人が今じゃ少ないどころかほとんどおらへん

ことやと、今までの俺の経験やと思います。
以前、どっかの遊郭に行った時に妓楼の4代目の人に話しを聞いたことがあるけど、
その人も遊郭や昔の建物の保存に理解があって、是非リフォームして保存・・・と思って見積もりを出したら、3000万円くらいの額が来たそーで、「新しく家建てた方が安いっちゅーねん」と諦めモードだそうです。
また、新聞で見た記事やけど、三重県は鳥羽に残った唯一の戦前からの妓楼が当時のまま復元されたんやけど、
それも修復費が2000万円以上かかったそーで、個人がそんな金出せるわけないさかい行政から援助金をもらってやっとこさ・・・ちゅー状態。
遊郭の妓楼は金かけて当時の贅を尽くしまくっとる建物が多いさかい、リフォームも金かかるってわけですわな。

修繕は学生のボランティアが行なっとって、今年の5月あたりから本格的にリフォームが始まったようです。
今回行った「大金魚博覧会」もボランティアが「旧川本邸」をどうにか活用しようと思いついたイベントの一つ、
どうも保存してリフォームっても、その後これをどうするんかまでは五里霧中、試行錯誤の状態みたいですな。

最初に洞泉寺遊郭を回った時は固く閉ざされた「旧川本邸」の玄関は、今回はイベント開催中ということで広くオープン状態でした。
玄関はかなり広々とした造りになっとって、まるで料亭並み。さすが大妓楼。

玄関を過ぎると、いちおうは「大金魚博覧会」開催中やさかい、大広間で金魚に関するオブジェや絵などが飾られとって、
そこも畳10畳分×2部屋はあったかと思います。
たぶん、昔はそこが待合室みたいなとこやったんやろなーって感じです。


旧川本邸の坪庭

中にはいきなり、京都の町家で言うたら「坪庭」のよーな中庭が広がります。
ここには井戸があって、実際に使われとったそーです。

旧川本邸の中にある井戸

で、ボランティアのガイドさんの許可をもらって、井戸を覗いてみました(笑

旧川本邸の中にある木製のドア

ここが建てられた大正時代から残ってると思われる木造のドアです。
さりげなく「西洋」のドアと「和」が重なったような感じがするのは俺だけ?


旧川本邸の浴場の跡

ここは1階にある浴場の跡です。
浴槽とかはリフォームされてしもてなくなっとってやけに殺風景やけど、ふと天井を見てみたら・・・


旧川本邸の内部にある家紋

いきなりの紋章が!
これは「旧川本邸」のオーナー、川本氏の家紋だそーで、さりげなく家紋で自己主張して威厳を持たせとります。

旧川本邸大広間にある家紋

1階の大広間にも家紋が残っててさりげなく自己主張しとります。



旧川本邸の二階

ガイドさんの誘導で2階へ向かいます。
2階と3階は実際に「営業」が行われとったとこで、遊郭は大きく分けて遊女が妓楼に住み込んで営業する「居稼ぎ制」と、芸妓や娼妓が所属する基地である置屋から揚屋などに派遣される「送り込み制」があるんやけど、
ここ「旧川本邸」は前者の「居稼ぎ制」で遊女が実際に住み込んどったそうです。
と言うても、遊郭の「送り込み制」は関西独特と『全国遊廓案内』に書かれとって、『全国遊廓案内』を見てみたらほとんどの遊廓は「居稼ぎ制」でした。

旧川本邸の二階の髪結い場

2階の階段を上がったとこにあるんが、通称「髪結い場」と呼ばれる所です。
ここから奥が遊女たちの住まいで、写真の渡り廊下のようなとこを通って「営業」に行ってたことでしょう。
「旧川本邸」は案外奥深い構造になっとることがわかります。

旧川本邸二階の大座敷

2階の中心部にある大座敷です。
洞泉寺遊廓は芸妓もおったさかい、ここで芸者を上げてどんちゃん騒ぎをしとったと思われます。


旧川本邸の二階の小部屋

旧川本邸の遊女の部屋


ここが、娼妓が実際に「営業」しとった小部屋です。
広さはだいたい3~4畳くらいで、「旧川本邸」の商売スペースはほぼ正方形なんやけど、その一辺にこういう部屋が4部屋ほど並んどりました。
「旧川本邸」は売防法施行後は近くの郡山高校の学生向けの下宿に転業したらしゅーて、
そん時に電気メーターを各部屋に設置したりとちょっと改造はされたみたいやけど、原則は当時のままで雰囲気も色濃く残っとります。


前にも書いたけど、「旧川本邸」のシンボルかつ全国の遊郭・赤線に興味がある人にここを有名たらしめとるんが、

旧川本邸のハートの壁

この「ハートマークの壁」です。
ここで突然

「間違い探し」

です(笑
さて下の同じ旧川本邸の「ハート」と何が違うでしょう?

旧川本邸の内部ハート


ここで正解を。
前のブログ(洞泉寺遊郭編)で載せた下の「ハート」は、上と比べてボロボロやないですか?
実は、下のボロボロが去年(平成22年6月)に撮ったもんで、上の修復済みの方が先月(平成23年8月)に撮った分です。
確かに去年は保存は決定しとったけどメンテされてへんかったせいかボロボロ、
せやけどボランティアの人がちゃんと修復してくれたみたいですわ。
まるで「使用前」「使用後」のように綺麗にかつ忠実に修復されとるのがわかります。
先月行った時に「あれ?『ハート』が新しくなってへんか?」とは思ったものの、気のせいかもしれへんし自信がなかったさかい、とりあえず写真に撮って帰ったら前の写真と比べてみたら、やっぱり!って感じでした。
ちゅーか、去年の時ってこんなボロボロやったんや・・・(汗
で、もう一つ違いがあります。
それは「画像を撮ったデジカメの種類が違う」。
ゑ?そんなもん知るかって?(笑

その「ハートにくり抜かれた壁」を建物の中から見てみたら・・・


旧川本邸の中から見たハート

こないな感じになります。
ちゃんと修復しとる跡も見えたりしますな~。
せやけど、あの「ハート」を中から見たらなんか不思議な気分・・・。

ところで、このハート、ちょっとした「謎」があるそうです。
我々から見たら、これってどっからどー見ても「ハート」なんやけど、ガイドさんいわくこれが造られた大正時代後期にハートマークって日本にあったのか(というか輸入されてた)?という疑問があって、
この「ハート」は女性の桃尻をイラスト化したもんやないか?という見方もあるそうです。
確かに、そない言われたら「尻」にも見えんことないんやけど・・・

せやけど、確か与謝野晶子の「君死にたまふこと勿れ」で有名な「みだれ髪」の表紙ってハートやなかったっけ?
と調べてみたら、

与謝野晶子みだれ髪

やっぱそうやん(笑
ということは、明治時代には「ハートマーク」は日本にあったってことになる。
ガイドさんが言いたいのは、たぶん「ハートマークが全国的に使われとったんか」ということやと思うけど、
俺から見たらどっからどう見ても「ハート」やけどな~。

明治神宮の猪の目形

ちなみに、東京の明治神宮にも「ハート」があるんやけど、これは西洋のハートとは関係のーて、「猪の目形(いのめがた)」言うて装飾によく使われたもので、イノシシの目に似てるからそう言われとるそうです。
イノシシは火除けのシンボルとして、火災から守ってくれるということからだそうです。



2階はボランティアの女性ガイドさんと一緒に回って説明してくれるんやけど、中は公開中でも原則

「撮影禁止」

でやんす。
さてここでクエスチョンです、俺は何で写真撮れたんでしょう??
こんなブログ書いてるからVIP扱いされた?うちはそこまで有名じゃございません。
ボランティアを買収?いやいや、C国やないんやから。
もしかして内緒でコッソリ?俺はそこまで器用やないんやな~。

答えは簡単!





「『写真撮らせて~m(__)m』って拝み倒した」

が正解です(笑
俺が遊郭を研究しとって全国を歩きまわっとるとか何とか説明したら、熱意(?)が通じたんかあっけなくOKをもらってまいました。
もちろん、「博覧会のオブジェなどは著作権の都合で撮らないでね♪」って条件があったけど、
大丈夫大丈夫、金魚には特に興味あらへんさかい(笑
遊郭の建物自体の撮影は完全フリーのお許しをもろたさかい、これは撮るだけ撮るっきゃない!


「大金魚博覧会」自体は1階だけなんやけど、希望があれば2階もガイドさんの案内で見せてくれました。
せやけど、「公開」はあくまで2階までで、3階はまだ修復途中で危ないっちゅー理由で非公開。
せやけど、ここで俺の「熱意」が何も言うてへんのに伝染したんか、

「よかったら3階も見てみます?」

と嬉しい返事。
もちろん、俺が「ノーサンキュー」と言うわけがありません。
わーいと喜んで顔がホクホクになっとる俺に水をかけるかのよーに、おねーさんから一言が。
「危ないので床が抜けたりしてケガしたりしても自己責任でお願いしますね♪」
いきなりデンジャーな言葉が飛び出したけど、もう美味しいエサを前にしてヨダレを垂らしておすわりしてる犬状態。そんな警告は一切聞こえません(コラ
大丈夫です、こんなもん見れたらケガどころか死んでもこれは「名誉の戦死」、安らかに靖国へ向かわせていただきます( ̄ー ̄)>
というわけで諸君、続きは靖国で(違


とまあそんな冗談はさておいて、

旧川本邸二階から三階へと続く階段

これが2階から3階へと続く階段です。
ちょっと暗くて見えにくいんが玉に瑕やけど、ここは他の階段とちょっと違うんです。

旧川本邸の内部にある狭い階段

これも2階から3階へ上がる階段なんやけど、明らかに上の階段と比べて狭く、上の階段の幅が広いことがわかります。

この広い階段は「大階段」言われとったそうやけど、何でここだけ広いんかは諸説あって、
3階は常連や金持ちなどの上客用で、広い階段を登ることによって気持よくさせる「赤じゅうたん」的演出とも、着物を着た遊女が上りにくいさかい、男が横に立ってエスコートしやすいように広くしたなど、はっきりとしたことはわかってへんそうです。

3階も基本的には2階と構造は変わりないんやけど、

旧川本邸の三階未改修

旧川本邸の三階内部

まだリフォーム途中のせいか畳が剥がされて床がむき出しの状態になっとります。
そして、2階と比べて電気がついてへんせいか真昼間やのにやたら暗い・・・何か昼間から幽霊が出てきそうな、背筋に「何か冷たいもの」を感じたような気がしました。
まあ、ただの軽い暗所恐怖症なだけやと思うけど(笑


旧川本邸の三階のくり抜き

ちょっと痛々しいけど、2階にはなかったこういう凝ったくり抜きも3階にはあって、やっぱし「上客用」やったことが伺えます。


そして、暗所恐怖症・・・もといホッと一安心したところで、今まで交感神経ビンビンフル稼働からMISSION COMPLETEになって副交感神経が優位になったんか、急にトイレに行きたくなって1階まで一気に駆け下りました。
そこで俺が見たものは!!!


旧川本邸のトイレ

おお!普通のトイレとは何かが違う!!
ドアのガラスの切り抜きが

「松竹梅」

になっとります。

以前紹介した、

貝塚料亭深川

大阪府は貝塚の遊郭に残る料亭『深川』のトイレ。
(詳しくは 『深川』よ、私は帰ってきた! ~消えた遊郭・赤線跡を訪ねて 大阪南部特別編 第一章~
をどうぞ)


きんせ京都島原

これは京都の旧島原遊郭内にある「泊まれない旅館」こときんせ(旧金清楼)のトイレなんやけど、
(詳しくは泊まれない旅館に突撃! ~消えた遊郭・赤線跡を訪ねて特別編~をどうぞ)

今気づいたらトイレもけっこう趣向を凝らしとるなと。
「今頃気づくな」ってツッコミがどっからか聞こえてきそうやけど、よく考えたらトイレは客が必ず行く所やさかい、そこも凝っておかんとプライドと威厳が保てんのやろな。
「その家の状態を知るにはトイレを見ればいちばんわかる」って言葉もあるらしいし。

ちなみに、「旧川本邸」のトイレの中は下宿になってから水洗に改造されて普通の和風トイレになっとったけど、
ドアは建築当時そのままだそうです。


旧川本邸のタイル張りの洗面所

洗面所も当時のまま。

で、洗面所の隣に「立入禁止」の紙が貼られた板塀があるんやけど、そこにちょっと穴が開いていました。
「奥に何があるんやろ?」って好奇心で小さな穴にカメラのレンズを近づけて見たら、

旧川本邸の炊事場と思われる

何やら古めかしい洗面所というか炊事場のよーな場所が。
これは板塀の先にあるまさに「未知の世界」、一体何やろ?昔から残ってたもんかな?
と疑問が浮かんだんやけど、「それ以外」のものがすごすぎて肝腎なことを聞くのを忘れとりました(笑


「旧川本邸」をたっぷり堪能して最後に帰ろうとしたところ、
出口のとこに入った時にゃ気付かんかった「募金箱」が。
そう、ここはボランティアが運営しとるさかい、ボランティアってもお金が必要。
せっかく滅多に見れないような個人的な世界遺産を堪能させてもろたさかい、「入場料」と「ええもん見させてもろてありがとう」の気持ちも込めて寄付金はたっぷりはずませていただきました。
ホンマ、宝くじ3億円当たったら全国の遊郭建築の保存活動してみたいなーと思う今日この頃・・・あ、三億円じゃ足りへんか。

「旧川本邸」は時々イベントが開催されて公開されとるさかい、
イベント開催中に是非訪ねてみてはいかがでしょうか?
「これが妓楼か!」という世界があなたを待っています。目からウロコが何枚も落ちるのは必至でっせ~。
せやけど、無断でカメラで撮影したりと自分勝手かつ傍若無人な行動は「大人」である以上控えていただけたら幸いです。
これから訪ねる「同志」のことも考えて、人として、大人としてのマナーを守りながら、今の日本人が失くしてしもた「粋」と「贅」が残っている建物を満喫しましょう~。


せやけど、「旧川本邸」の真の凄さはこれからかもしれません。
まずは、この地図をどうぞ。

大和郡山にある旧川本邸の地図

赤く塗った部分+緑が実際の敷地なんやけど、赤い部分が実際に見た場所で緑がまだ未公開の部分・・・。
こないして見ると今回実際に見て写真に収めた部分って・・・

「旧川本邸」の半分にも満たない

ってこと。
まだまだ内部の修復・整理が終わってへんさかい、まだまだ「何か」が出てくる可能性があるこの建物、
ここの全貌が明らかになるのはいつか?非常に楽しみであります。


で、写真と同時に内部の動画も撮らせてもろたんやけど、
それをようつべで公開しました。
何せ動画も素人やさかい見てみたらあんましイケてへん動画になっとるけど、そこは勘弁してくんなはれ。
雰囲気だけは伝わるかと思います。
よろしければ↓をどーぞー。



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テーマ:消えた遊廓・赤線の跡を訪ねて
ジャンル:ブログ

コメント

■ 

突然のコメント失礼します
私も今年こちらでひな祭りがあるということで行きましたよ(*^^*)

当時中学生で母親から簡単にここのお家が過去にどのように使われていたかを知り 怖かったんですよ。
しかし今となってはこのような遊郭や花魁さんのことに興味を持ち始めて ひな祭りでここのお家に入れてよかったなあて思ってます。

レアですよねo(・ω・。)o

私が見れなかったお部屋も載せていらっしゃるのでとてもワクワク(ちょっとゾクゾク)しながら思い出を振り返ることができました!

来年もひな祭りここでされるらしいのでまた修理された建物みにきはったらどうですか?(笑)

突然失礼しました!!(汗)
2013/12/12 URL aika. #- 

■ いいな×3

いいもの見させていただきました。じかに見てこられて羨ましい!阿部定が在籍していた妓楼の内部はどうなっているのか知りたいけど、無理!これを参考に想像力を膨らませたいと思います。しかし、見れば見るほど五社英雄の世界ですなあ。
2013/11/11 URL 定マニア #- 

■ Re: 大変興味深かったです。

>たらいうどんさん追記

貴ブログ拝見しました。
俺の興味をそそることを書いてはるさかい、近いうちにじっくり見させていただいてコメントさせていただきます~。
2011/11/08 URL BJのぶ #- 

■ Re: 大変興味深かったです。

>たらいうどんさん

コメントおおきにですm(__)m
ガイドさんも言ってたのですが、「歴史的建造物」ながら「遊廓」というマイナスの歴史を背負ってるので、保存は複雑だそうです。場所によっては遊廓だった歴史を消し去りたい所もありますし。
そういう意味では、大和郡山市はという意味ですごい決断をしたと思います。
「川本邸」に限らず、元遊廓の建物は外から見たら小さくても、内装はかなり凝っている所が多いので、写真に収めるなら今のうちやと思います。老朽化で住んでる人もたまったもんやないと思うさかい。
2011/11/08 URL BJのぶ #- 

■ 大変興味深かったです。

 こちらのブログも楽しみに拝見させていただいてます。
豪奢な内装で、映画を見ているようでした。時代の価値観や当時の人の美意識を知る上で、こういう建物は残り続けて欲しいですね。
2011/11/05 URL たらいうどん #zEjWBxeU [編集] 

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