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BEのぶ

  • Author:BEのぶ
  • 自称「ブログエッセイスト」ことBEのぶです。
    昭和史をライフワークにしていますが、平成ももうすぐ30年経ち、昭和が遠い過去になりつつあります。
    昭和も遺産・遺物を探れば立派な「考古学」となります。題して「昭和考古学」。ジャンルは遊郭・赤線跡から鉄道、そしてすっかり忘れ去られた歴史を掘る「昭和の考古学者」として、昭和の名残りを通して考察する旅を続けています。

    基本は標準語で書きますが、エッセイは大阪弁で書いていきます。

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■■■日本近代文学館 消えた遊郭・赤線跡を訪ねて特別編③

さて、
「消えた遊郭・赤線跡を訪ねて」
の東京遠征資料収集編(?)の締めくくりでやんす。
日を改めて次の日の朝、俺の東京の定宿の南千住界隈の安宿を出発して向かったのは・・・。
せやけど、その前にちょっと朝の散歩代わりに「あるところ」に行ってきたんやけど、
(ヒント:南千住界隈+俺の東京遠征の目的=???)
それは後のお・た・の・し・み(笑

10052701

まずは、東武鉄道の北千住駅を出発。
何で南千住に泊まった男が北千住って?まあ北千住はちょいと短期間住んだことあるさかい土地勘があるのと、
本件の前にちょいと「ひと仕事」してきたからなんですわ。その内容はまた今度。←意味深
しかし東京に来て毎度思うんは、東京の交通網は大阪じゃ考えられへんくらいややこしい。
とにかく私鉄同士や地下鉄の相互乗り入れがごっつい激しいさかい、
ヘタに電車の中で寝とったらとんでもないとこに行ってまう可能性があること。
大阪の地下鉄を考えたら信じられへんけど、東京のJRや私鉄と地下鉄は相互依存みたいな関係で、
お互いの電車を地下鉄経由で乗り入れさせて交通の利便を図ってるんですわ。
これは人口がハンパやあらへん首都圏の交通事情もあるけど、
大阪市が「大阪市モンロー主義」で勝手に地下鉄作ってしもたのと、関西の場合は共存共栄より競争を選んだのもあって、東京のよーにA鉄道が全然違うB鉄道に乗り入れる・・・なんてことはほとんどありませぬ。
ま、その分関西の鉄道は関東じゃ考えられへんくらいの数々の「伝説」を生んだって副産物もあるのは確かやけどね。
大阪の地下鉄じゃ堺筋線と阪急電鉄が相互乗り入れしとるけど、こんなの東京じゃ当たり前、
例えたら御堂筋線の電車が中百舌鳥で南海高野線に乗り入れて高野山まで走るようなもの。それってなんか考えたらちょっと怖い(笑
まあ、大阪市と私鉄各社は、昭和○○年まで大阪市が私鉄いじめを繰り返しとって仲が相当悪いさかい、
(特に、南海と京阪は梅田進出計画を権力でチャラにされた因縁もあって険悪って言うていいくらいだとか)
この溝はたぶん永遠に埋まることはない・・・ってことはないことを祈る。

っていつものよーに話が外れそうになりました(笑
で、北千住から東武に乗ったら、終点の浅草やったらまだええけど、中央林間って・・・それ横浜やん。
川端康成の『雪国』風に書いたら、
「東京の北で電車に乗ってうたた寝したら、そこは横浜だった。顔の色が青くなった」
・・・なんてことも(笑
せやけど、今回俺が用があるんは、その中央林間行きの電車。
この中央林間行きは浅草まで行かんと途中で地下鉄半蔵門線に入り、渋谷から東急に入ってそのまま神奈川県に突入する、
関西の距離感的に言うたら京都河原町発山陽鉄道姫路行きの電車のよーなもん・・・って言うたら大袈裟かもしれへんけど、
ちょっと時刻表で調べてみたら、12:09分発の中央林間行きは埼玉県北部、もうちょっと北に行ったら栃木県の久喜ってとこ始発で埼玉県→東京都横断→神奈川県のよーなロングランやさかい、
この例え、まんざら大袈裟でもなさそうですな。

あ、何かこのブログが「鉄分」ブログになりそうやさかい、閑話休題。
とにかくこの電車に乗ってまずは渋谷へ。
そこで下車して渋谷によーおりそうな、テレビによく出てくるミニスカの女子高生を見に・・・あーちゃうちゃう!
それじゃタダのスケベオヤジやん(笑
まあそんなことは置いといて、それに目も向けずに向かったのは、

100527

京王井の頭線の渋谷駅。
ここで、書いとる途中でとっさに思いついた一発ギャグを。

井の頭線に乗っていいのかしら?

・・・失礼いたしました(笑
その井の頭線に乗って数駅、目的地に到着しました。

* * *
1005272

「駒場東大前」
ちゅー駅です。
そして、この駅の前にゃ、

1005273

駅名の通り東大が鎮座しておられます。
また東大かよ!って?まあまあそこは落ち着いて話を聞きなはれ。
せやけど、俺も元(いや、現役?)は「鉄」のはしくれやったさかい、「駒場東大前」駅くらいは知っとったんやけど、
まさか駅前がそのまま東大とは思わんかったですわ。
大阪人やったらすかさず
「そのままやん!(x_x)\(-_-;)」
ってツッコミ入れたいくらい、ホンマそのままです、何のひねりもない(笑

もうここは説明する必要ないと思うんやけど、いちおうここの「東大」の解説を。
東大は入学したら、まず大学1年と2年は全員この「駒場キャンバス」で一般教養を学んで、
3年になってお馴染みの法学部とか文学部とか医学部とかに分かれて「専門課程」に入ります。
その3年からのキャンバスが、前に紹介した本郷キャンバスとかなんやけど、東大にゃ一般世間にゃ知られてへん「教養学部」なるものがあります。
その学生だけは3年になっても引き続き駒場に残ってまいます。
東大のシステムは普通の大学とちょっと変わってるけど、昔は1,2年は教養課程、3、4年は専門課程ってのが普通で、
確か俺が高校生くらいの時に法律が変わったんか、教養学部がどんどん廃止になって京大の教養学部も名前が変わって事実上なくなってしまいました。
せやさかい、東大はほとんどの大学がやめてしもた「教養課程」が残ってる、たぶん日本唯一の大学で、
これは戦前にあった「旧制高校」の名残でもあります。
「旧制高校」って何ぞや?
と言うと、戦前の学制はフランスの学校制度をモデルにしたもんで、今みたいにアメリカ式の一本線やのーて非常にややこしくて説明するんがかなり難しいんやけど、
「旧制高校」は今の「高校」とは全然別物の、大学に入る前の学校って感じと思ってもろていいかな。
戦前の学制を今風に一本線風に説明すると、

小学校→(旧制)中学校→(旧制)高校→大学

いう感じで、特に東大とか京大、東北大学みたいな「旧帝大」系の大学に入るにゃこのルートでないとダメでした。
今じゃ信じられへんけど、戦前は大学に入るにゃ実は原則無試験で、
「俺はこの大学に入りたい!」
と希望したら、たいていの大学に入学可能でした。
もっと信じられへんかもしれへんけど、東大でも京大でも、医学部とか法学部みたいな人気ある学部以外ならたいがい無試験で、
旧制高校の定員≦大学の定員やったさかい、旧制高校生は「俺は東大医学部しか行きたくない!」って言う頑固者以外はどこの大学でも試験なしで入学出来ました。
「ほな、戦前の大学って今より簡単やったんやん♪」
と思ったら大大大間違い!
大学に入るための窓口になる旧制高校に入るのが、高校自体数が少なかったというのもあって今の大学に入るより数十倍、いやそれ以上も難しくて、
今の東大駒場キャンバスは「旧制第一高等学校」ちゅー、日本トップクラスのレベルやった高校の敷地の跡地なんやけど、
「第一高等学校」が東大教養学部に吸収される形で廃校になるまでの平均競争率は軽く20倍以上、
競争率だけ見たら今の東大よりはるかに難しい始末でした。
かの司馬遼太郎も、日本中の旧制高校を受けて全部落ちて、浪人しても全部落ちてしまい、仕方なく無試験やった大阪外国語学校(今の阪大外国語学部)に入学したのは有名な話やけど、
司馬遼太郎でもかすりさえせーへんかった旧制高校、当時は超ウルトラ狭き門で入るだけでもエリートやったそうですわ。
ちゅーか、戦前はほとんどが「小学校卒」かせいぜい「高等小学校卒」、旧制中学(今の高校)に進学するんは小学校卒の1割、旧制高校に入る、ちゅーか入れる人は中卒でも成績トップレベルの人だけに許された狭き門やし、おまけに経済的な都合で進学したくても出来へんかって涙を呑んだ人もいっぱいおったさかい、昔は「中卒」っても侮れんのです。「中卒」で地元のちょっとしたインテリ、地方都市の市役所の偉いさんくらいにはなれるし。今で言うたら専門学校や短大卒くらいのレベルちゃいますかね!?
そんな超エリートの登竜門の旧制高校は意外にバラエティがあって、「第一高等学校」「第二高等学校」(今の東北大学)、「第三高等学校」(京大)、「第四高等学校」(金沢大学)のように番号がついた「ナンバースクール」と言われた超難関クラスの国立高校や、
「東京高校」(東大。キャンバス跡は今の東大附属高校)「松本高校」(信州大学)、「弘前高校」(弘前大学)、「浦和高校」(埼玉大学)、新潟高校(新潟大学)のよーに地名がついた国立高校、
「府立高校」(首都大学東京。「府」とは「東京府」のことで戦前は東京都やなくて東京府でした)や「浪速高校」(大阪大学豊中キャンバス)のよーな公立かつ今で言うたら「中高一貫教育」のよーな高校や、
「武蔵高校」(武蔵大学)や「甲南高校」(甲南大学)のよーな私立の高校まで色々あったりしました。
旧制高校については、旧制高校物語(文春新庫)が詳しいさかい、興味あるんやったらどーぞー。
と、これ以上書いたら話が脱線しまくるさかい逃げてみる(笑

1005286

これは駒場キャンバスの入口真正面にどんと構える、本郷キャンバスのシンボルが安田講堂なら、こっちは駒場のシンボル的存在の時計台です。
これは昭和8年に建てられたさかい比較的新しいかもしれへんけど、かなりの威厳を醸し出しとる建物でもありますな。
遊廊・赤線を訪ねる旅しとったら、目が肥えたのか、それとも普段使わん感覚がオンになるんか、建物の方からまるで自己主張するかのように「オーラ」が出とったりすることがあって、それで「これは間違いなく旧遊廊の建物やな」と理屈やなくて直感で感じることがあるんやけど、
こういう建物からも、普通の人(?)は感じへんよーな「オーラ」を感じます。
ちなみにこれ、調べてみたら安田講堂と同じ人が設計したそーです。
第一高校が廃校になって60年以上経っても、旧制第一高等学校のHPが実は平成の、21世紀のネット上にあったりするんやけど、
そこの昔の写真を見ても駒場キャンバスの入り口とかは全然変わってへんみたいですな。

で、話を元に戻して、
これだけウダウダ書いといて、実は今回は東大にゃ用なし、つまり素通りなのであります。


1005281

駒場あたりは閑静な高級住宅街(?)になっとるみたいで、
あの東京のビルの森のよーな風景とは一変、なんかのんびりとしたどこにでもある住宅街みたいな感じになっとります。
せやけど家一軒がデカいな~、まるで俺の実家のようや…あ、すみません、嘘つきました(笑
で、そこを抜けて・・・

1005282

着きましたはここ。

「せやからここってどこやねん!」

ってまたツッコミ食らう前に言っておくと、ここは

日本近代文学館

ちゅーとこです。
ここは目黒区にある駒場公園っちゅー、区立公園の中で2番目の面積がある公園の中にある資料館で、
「1962年5月、散逸のはなはだしい近代文学関係の資料を収集・保存するため、文壇・学界・マスコミ関係の有志113名によって発起され、各界に文学ミュージアム設立の欠くべからざることを訴え、発起者たちの献身と各界からの絶大な援助によって、1967年4月竣工・開館したものです」
と、説明が邪魔臭いさかいそのまま日本近代文学館のHPからコピペしてきたけど、
まあそういうとこなんですわ。←超手抜き
この駒場公園は、昔はかの100万石の前田の殿様の明治以降の邸宅がそのまま公園になったもんで、
当時の屋敷なんかがそのまま残されとるんやけど、けっこうデカい公園がそのまま御屋敷やったとは・・・。
これについては、またゆっくりブログで書いてみます。

で、そんな敷居が高そうな所と遊廊・赤線って何の関係があんねん?
それ以前に文学なんてお前に似合えへんって?それはほっといてくれ(笑
まあ疑問に思うやろーけど、実は大いに関係があったりするんですわ。
ここは古今東西の貴重な週刊誌とかの雑誌も保存しとるとこでもあるんやけど、その中にゃリアルタイムで赤線のことが書かれた記事とかもあって、その記事が今となってはごっつい貴重な史料になっとったりします。
雑誌類は本と違ってすぐ捨てられるよーな存在やさかい、赤線が「現役」やった昭和20年代~30年前半の雑誌なんか残ってる自体けっこう貴重やと思うんやけど、
ここはそういうのも保存しとったりする所、ちゅーわけなんですわ。
俺も最近の最近までこんなとこ(←失礼)あるって知らんかったんやけど、
ある史料を求めて懲りずにせっせとPCの前で日本中の図書館を検索しとったら、ここがたまたまヒットしたってわけなんですわ。
更にここの蔵書を検索してみたら、芋づる式に赤線レポートが書かれとる雑誌を「発掘」出来ました。
「全国女性街ガイド」が今回の遠征の第一の目的なら、日本近代文学館訪問+史料コピーは第二の目的ってわけですな。

で、入ってみるとそこは受付。
実はここに入るんは有料で、入館料300円頂戴致しますって感じやったりします。
え~!ただ俺はコピーしに来ただけやのに~。せっかく大阪から来たさかい入館料まけて~な~♪
って言うても大阪人の品格を問われるさかい言えへんかったけど、
ここはボランティアでやっとるわけちゃうし、貴重な資料を見るためにゃ300円なんか安い安い!
と心の中で涙を流しながら300円を受付に渡しました(笑

中は図書館と違ってどうやら閉架式みたいで、中におる館員のおねーさまに欲しい資料を言わないとあきません。
ちなみに、一般図書館みたいに本棚がズラリと並んどって誰でも本が手に取れるのを逆に「開架式」と言います。
日本の図書館は特殊な図書館を除いて開架式が当たり前やけど、中国なんかは「閉架式」が普通で最近までは一般の本屋まで閉架式のとこが多くて、店員の後ろに本が並んでる状態。
店員に「その本見せて」って言わんと本が読まれへんさかい、留学しとった俺はそれにカルチャーショックを受けたもんでした。
それだけやったらええんやけど、店員の機嫌が悪かったりしたらさあ大変。
「見せて」と言って「邪魔くせ~」と舌打ちされるくらいならまだマシ、声かけても無視されたり、無視されて「おい!見せろ!」と怒ったら「うるさい!」と逆ギレされたりするんは15年前くらいの中国じゃごく一般の日常風景、
まあ今となっては「古き良き(?)中国の思い出」やけど、当時はホンマに中国に原爆2~3発落としたろかと思ったくらい腹が立ったもんですわ(笑
俺は海外旅行に行ったら必ずその国のデカい本屋に立ち寄るんやけど、
その本屋が「開架式」か「閉架式」かで文明の成熟度がわかったりする・・・かどーかはわからんけど、俺の個人的なその国の一般ピーポーのレベルを図る物差しになったりします。

まあそんなことはさておき、
館員のおねーさまにお目当ての雑誌を出してもらい、まずは御対面~。

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1005283
1005285


これがお目当ての雑誌の「一部」です。
内容を見たらちょっとエロっぽい雑誌やけど、発行が昭和25年に29年やさかい思いっきり赤線世代の雑誌。
内容がちょっとエロが入ってよーが何だろーが、当時の文化を知るにゃもってこいの史料、
エロ雑誌(?)も時代が経てばものすごい価値を持つ「歴史的史料」になったりするんですわ、興味ない人にゃただのエロ雑誌もどきやろーけど(笑
そして、欲しい記事をピックアップして館員の若いおねーたまにコピーをお願いしたんやけど、
ちょっと待った!コピー代1枚100円って!!!
ゼロ一個多くない?10円の間違いちゃうのん?
せやけど案内を何回見ても、やっぱ100円なことは間違いない・・・。
更に、幸か不幸かこんな時に限ってコピーしたい枚数が多かったりする(笑
しかし!
「東京まで来てコピー代ケチってどないする俺」
「せやけど100円は高いんちゃうのん?」
と俺の頭の中で太っ腹の天使とケチ臭い悪魔がひたすら格闘し続けました。
せやけど、どーやら今回は天使が勝ったみたいで、欲しい記事すべてコピーとあいなりました。

待つこと10分くらい、おねーさまがきれいかつ丁寧にコピーしてくれて持ってきてくれたんやけど、俺に渡すと同時にヒマなんかおねーさまが声かけてきました。
コピーする時は「複写申請書」みたいなのに住所も書くんやけど、正直に大阪って書いたらやっぱ大阪から来た言うのにピンと来たみたいで、
更にここに来る人は年寄りばかりで俺みたいな「若い方」が来るんは珍しいみたいですわ。
ま、「若い」言うても・・・僕ちん今年から30代後半に入った、アラフォー言われても文句言われへん「おっさん」なんですけど・・・精一杯若作りしてるけど(笑
正直に
「今は忘れ去られた歴史になった遊郭とかを研究して発掘しとるもんなんですわ。それで全国を旅行しとります。自称『遊郭のインディー・ジョーンズ』です(笑」
と言うたら、「へぇ~~~」とわかっとるんかわかっとらんのか知らんけど、なかなか魅力的な笑顔。
そして、何がウケたかウフフと笑い始めました。
おお、仕草がかわいいやん、と思わず勢いでケータイ番号とメルアドを聞きそうになりました(笑

まあそんなことはさておき、
とりあえず今後の参考になりそうな史料をたくさんGETだぜ♪
笑顔がかわいいおねーさんにさようならをして日本近代文学館を離れ、

1005287

行きは遠回りしたけど帰りは東大駒場キャンバスの中をショートカットしてまた「駒場東大前」駅まで戻り、
次の「仕事」に向かって東京をバガボンドする渡り鳥と化しました。
せやけど、欲しかった史料とは言え、コピー代¥4800也はちょっとイタい出費やった。
普通やったら¥480やのに・・・コピー代に¥5000出す俺ってめちゃ格好ええかドアホかどっちかやな~。
ってあれこれ今頃考えてもしゃーない、男は黙ってキリンビール(違

そして、東京遠征での残りの「仕事」とは・・・。
もちろん「あれ」です。
やっとこさお待たせしました!?次は本格的に「遊郭・赤線跡を訪ねる」の番、あくまで自称「遊郭・赤線のインディー・ジョーンズ」の本領発揮です(笑
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テーマ:雑記
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