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■Doblogアーカイブ■ 上海租界散歩 日本人の足跡を訪ねて 第四章

~注意~
この日記は2004年11月17日にDoblogで公開した日記です。
紹介されている建物が現時点で存在しているかは定かではないので、
各自でご確認をお願いします。



第三章はこちら

呉淞路から武進路に入り、「海軍陸戦隊租界部隊本部」の裏を潜り抜けるように海南路へ入ると、
突き当たりに古びた、しかし少し和風っぽい様相の洋館が見える。

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ここはかつて「大和ホテル」と呼ばれた和風旅館であったという。
建物の大きさからして、かつて満州で名を馳せた「大和ホテル」とは別物だとは思うが、
今は託児所になっているここには、たくさんの日本人が宿泊していたに違いない。
武進路、海南路、乍浦路あたりの地域は、戦前に多くの日本旅館が立ち並んでいた場所で、
建物が現存しているものだけでも、上述の大和ホテルの他に、

0905222 2

八千代旅館

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新田旅館
(上海市重要建築指定)

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かつて上海三大日本旅館の一つと言われた常盤館

山崎ホテル、豊陽ホテル、井上旅館、などがあり、一大宿屋街を構成していた。
現在はほとんどが一般市民の住む民家になっているが、宿屋がここに集まっていることから見ると、
「虹口」の日本人がここあたりに集まっていたことが容易に伺える。
気のせいと言われるかもしれないが、ここあたりを歩いていると、どこか日本を感じてしまう。
裏道にはかつて多くの婦人が井戸端会議に花を咲かせ、道には子供たちが走り回っていたのだろう。
タイムカプセルのように、かつての先人たちの名残を留めるこの道も、
すぐ横まで再開発の波が押し寄せており、
次に来る時には残っているのか、それはわからない。
残念なことではあるが、建物の老朽化もあり、仕方のないことであろう。

0905222 5

日本の面影は、元ホテルだった建物だけではない。
乍浦路には、インド風の築地本願寺を模したという西本願寺別院が残っている。
道の向かい側に行かないと気づきにくいが、周りの建物と比較しても一目でわかるほど明らかに浮いているこの建物は、1931年に建てられたインド風建築のもので、1944年にはストゥーパ(仏塔)まであったというが、現存はしていない。
戦後は、最近までディスコとして使われていたのだが、今はそのディスコも閉店し、
時代の流れの中、静かに余生を過ごすかのように新しい住人を待っている。
その隣には、日蓮宗の寺院であった「本圀寺」の跡がある。
1899年に妙覚寺として乍浦路に建てられ、1904年に移転するも、
1922年に再び乍浦路に戻り、現在地に立て直された。
本堂の入口が現存し、現在は民家として使われているそうだが、
入口を見ると、素人でも人目でわかる日本式の寺院のたたずまいである。
11年前にもここを通り、かつては信徒がここに集まった寺の面影を伺ったのだが、
嬉しいことにまだそのままの姿で残っていてくれていた。

0905222 6

虹口の盛り場のシンボルでもあった「ウヰルス劇場」(現勝利大劇院)を横目に、
海寧路を再び越えて南下していく。
乍浦路は、海寧路を越えると現在は「美食街(レストラン街)」として、
レストラン、特に海鮮料理店が立ち並んでいる。
戦前は一大娯楽地帯で、劇場・映画館等が所狭しと並んでいたという。
その建物が、改修ののちに現在のレストランの建物となっているが、
ネオンの華やかさは今も昔も変わらないとは思う。
その乍浦路と塘沽路の交差点、南下すれば右手に、レンガ建築の高層マンションを見ることができる。
戦前は「ピアス・アパート」と呼ばれた高級マンションで、この建物の説明は別項で説明しようと思う。

塘沽路を左に曲がると、左右には租界時代の建物がずらりと、きれいな形で並んでいる。
ここあたりは、1920年代まではロシア娼婦が並ぶ娼館街であったが、上海事変後は日本人にとって変わっていった。
当時、中国・上海に新天地を求めてやってきた日本人は、繁華街で一杯やり、
その後に娼館に駆け込み、日本人娼婦と夜を楽しんだに違いない。

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当時の「トルコ風呂」の建物が現在も残り、かつての男と女の駆け引きの場の名残をとどめている。
その中に、和風の屋根を頂いた建物を見ることができる。

0905222 8

上海でも老舗であった、料亭「六三亭」である。
香港~上海航路で皿洗いをしていた、長崎生まれの白石六三郎が1898年に「六三庵」を開業し、1900年に現在地に「六三亭」を開業した。
その名は日本人社会で知らぬ者はいないというくらい広まり、1912年には虹口郊外に純日本式庭園、「六三花園」を開園。
六千坪の敷地を日本人には無料で開放し、ここで様々なイベントが行われていたという。
残念ながら、「六三花園」は跡形もなく整理されてしまったが、本家の「六三亭」はかつての日本人居留区の繁栄の証人として、21世紀になってもそこに残っている。

そして、そこから一気に北上し魯迅公園へ向かう。
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