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海軍提督の語学勉強法 前編

このブログは2008年5月に書いたもんやけど、文章を大幅に編集、加筆し、更に「前編」「後編」に分けて「再age」したものです。



その昔の日本海軍の提督に、井上成美という人がおりました。
井上成美って聞いても、軍艦や海戦しか興味ない人は「誰その人?」って聞く人がほとんどやと思います。
「ああ、あの人ね」ときたらかなりの通、褒めてあげましょう(笑
「ああ、最後の海軍大将でしょ?」
って思った方は俺と話が合います。って合いたくない?(笑

井上成美ちゅー人物は剛直にして自分が正しいと思ったことは、誰が何と言おうと筋を通す、反対する者はコテンパンに論破してぐうの音も言わせず、「カミソリ井上」と言われて意見を反する人からは畏怖されとった人物です。

井上成美
これが当人の写真やけど、顔見ただけでもかなり頭が切れそうやなーって感じがします。
井上成美の伝記を書き実際に会ったことがある作家の阿川弘之さんは、井上の経歴はちゃんと評価しつつも、
「井上さんとは一緒に酒を飲みたくない」
という迷言(?)を残しとります。
まあ確かに雰囲気的にゃ、
「ちょっと一緒に飲みまへんか?」
って気軽には言えそうにないわ(笑

で、当時の海軍では「リベラル」な立場やったけど、
「リベラルはリベラルでも、前に『ラジカル』(過激派)がつきますけどね」
と自分で言うとるくらい、言うことやること当時としてはかなり「過激」でした。過激というより、他の人よりかなり先が読めた人、と言うた方がええかもしれません。
どれくらい「過激」かというと。
昭和初期の頃、まだまだ戦艦同士の殴り合い、つまり大艦巨砲主義が世界中で主流やった頃、航空機という新しい兵器に注目した一人やったりします。
そんなん同じ考えやったら、かの説明不要な山本五十六、今はアメリカの専売特許になっとる空母機動艦隊という独創的な思想を、世界で初めて編み出した小澤治三郎、そして最近出てきた資料により、彼ら二人より航空機の将来性を見越し、連合艦隊に単身殴りこんで参謀を捕まえて航空機の優位性を説いた大西瀧治郎の方が有名ですわな。
まあ、井上はここまでは彼らと同じなんやけど、そこは「カミソリ井上」、主張はより過激かつ斜め上。彼の思想は平たく言うと、
「海軍自体をなくしてしまえ」
ってことでした(笑 
昭和15年10月、真珠湾攻撃の約1年前に井上は航空本部長に就任します。航空本部とは海軍の航空の総元締めで、井上はそこのトップやったちゅーことです。山本五十六も部長の経験があって、そこで兵器としての航空機のレベルアップに努めました。
せやけど、井上の先を進めすぎた考えに部下が全くついていかれへんかって、
「いったい、あなたは海軍をどうしたいんですか!?」
と喰い付きました。
わからんか?じゃあ答えてやろう、と前置きして井上が答えたのは一言。
「海軍の空軍化だよ」

他に、
「将来の連合艦隊は雲の上」
「『軍艦マーチ』なんかもう古い。今のうちに『航空マーチ』を作っておけ」
という発言もあるさかい、本気で「海軍の空軍化」を考えとったんでしょう。さすがにここまで組織をぶっ壊すくらいスケールが大きいと、理解できる人はほとんどおらんかったでしょう。
そして、空母機動艦隊を編み出した小澤治三郎とは海軍兵学校の同期(卒業時成績は井上2番、小澤が45番)やったりするさかい、小澤とは航空機という面では思想が一致しとりました。
せやけど、井上と小澤が直に話し合ったちゅー確定な記録は、昭和20年の戦艦『大和』の沖縄特攻の時、軍令部ナンバー2の次長として命令を出した小澤に対して、海軍省ナンバー2の次官やった井上が激怒、
「特攻で死んでいく『大和』の若い者たちが可哀想だとは思わんのか!」
と詰め寄ったということだけです。目撃者によると井上が小澤の胸ぐらをつかんだとも言われとるけど、両人ともこれに関しては一切ノーコメントのまま墓場まで持って行ってしもたさかい、実際はわかりません。
井上と小澤の仲はどうやったんやろ?と個人的には気になります。せやけど、数ある二人の伝記の中のどこにも二人が絡むシーンがないさかい、たぶん仲が良かったってことはなかったんかもしれません。
また、小澤の前の軍令部次長は伊藤整一という、戦艦『大和』特攻のトップの司令長官やった人でした。彼は残念ながら航空機の時代になってもいわゆる「大艦巨砲主義」に囚われた一人で、終戦前になっても艦隊決戦を目指して戦艦を中心
に修理しようとしました。
しかし、それで井上は軍令部に殴りこみ、
「戦艦の時代は終わったことは、あんたら(軍令部)の作戦であんたら自身が証明したではないか。航空機によって戦艦や巡洋艦がどんどん沈んでいってるじゃないか。あんたらはそれでもまだ目が覚めないか!」
と伊藤に詰め寄ります。伊藤はほとんど言い返せなかったそうです。ちなみに、伊藤は井上よりはるかに先輩なのですが、先輩だろうがなんだろうが、間違ってることは間違ってるとはっきり言う。これが井上の真骨頂でした。
それでも、呉鎮守府司令長官の某提督は戦艦『大和』を優先的に入渠させようとします。あのー、うちの長官頭が古臭いんですけどどうにかなりませんか?と元部下からの報告を聞いた井上次官、
「戦艦なんて後回し。それより対空装備が充実した駆逐艦を優先的に修理せよ。それより長官の頭の古さを修理せよ」
と長官に対して「警告」を出します。これは越権行為に見えるけど、鎮守府は海軍省の管理なので鎮守府長官といえども次官の指示に従わないといけません、たとえ次官が自分より「後輩」であっても。

井上の名前が知れ渡るのは、日本が戦争に向かいつつある時期のこと。
陸軍やマスコミに煽られた右翼や国民が戦争まっしぐらに進んで行く中で、海軍省トップ3の軍務局長として、海軍大臣の米内光政、海軍次官の山本五十六と共に日独伊三国同盟に猛反対しました。
米内・山本・そして井上は記者から『海軍三羽烏』と呼ばれ、今でも昭和海軍最強トリオとして語り継がれとります。せやけど、トップで三国同盟を食い止めたんは他にも軍令部次長の古賀峯一もおって『三羽烏』とタッグを組んでたさかい、『四羽烏』って表現した方が実際は正解です。

「日独伊三国同盟締結→アメリカ・イギリスにケンカ売る→戦争」
ちゅーのが主な反対理由わけなんやけど、井上が何で猛反対したんか。
どこをどう考えてもアメリカと戦争しても勝てるわけあらへんやん!
ちゅーのもあるけど、彼はドイツ・イタリア(+スイス、パリ)に駐在経験があって、ドイツとイタリアの国民性っちゅーのを知り尽くして、信用に値しないと結論、
「こんな奴らと手を握っても損なだけやん」
っちゅー観点からも徹底的に反対しとりました。

その例が、ヒトラーが書いた「我が闘争(マイン・ガンプ)」でした。
井上は「我が闘争」を、日本人を差別している表現がある、と読むのを禁止させました。
「そんなもんどこにも書いてないじゃないか」
といぶかしんだ海軍士官に、同僚が
「貴様バカだな。日本語訳には書いてない。井上さんはドイツ語の原書を読んでるんだよ
と返したという話が残っとります。
事実、ドイツ語の原書にゃ、
「日本人は想像力に乏しいバカな奴らだが、手先が器用なのでドイツ人の小間使いにはピッタシだ」
と書かれとるんやけど、当時の日本語訳にゃご丁寧に削除されとりました。
今の『わが闘争』の日本語訳版には、そこはちゃんと訳されて掲載されとるんやろか?

米内・山本・井上のコンビは三国同盟締結阻止ばかりがクローズアップされるけど、別の面でもこのコンビの伝説ぶりが伺えます。

ある課長が自身で説明に行かねばならぬような重要書類を、まず井上局長の部屋に持って行き、説明する。井上局長は納得し、頷き、判を押す。
次に山本次官に持ち上げる。次官は「局長見たか」と聞く。「ハイ」と答えると黙って判を押す。
さらに米内大臣のところに持参する。すると、「山本次官見たか」と聞く。「ハイ」と答えると、すぐに判を押す。五分とかからない。
いやもう、ピッタリ呼吸が合って、寸分の隙もない。こんな鮮やかなチームワークが海軍にあったのかと、みな舌を巻く。手抜きではなく信頼なのだ。そうでなければ、こんなこと、出来るわけがない。

吉田俊雄(元海軍中佐)



これは、ふつうの大臣・次官なら決裁に1日2日、いや1週間かかるようなことを「五分」で済ませてたそうです。そのせいか、それまでの軍務局長なら山積みになってた未決書類の山が、井上軍務局長になると定時にはすべてなくなっていたそうです。おそらく上のエピソードは、米内・山本は性格も考えたら100%めくら判やろうけど、軍務局長の井上がトップ決裁の関門になってOK出せば大丈夫、という信頼関係があったからこそ出来たことやろうと思います。

彼らは結果的には三国同盟を流産させることに成功したものの、一枚岩の団結を誇っとった海軍はこれ以前にあったロンドン軍縮条約調印の「統帥権干犯問題」、そして軍令部による「内部クーデター」によって、先が読める良識的提督はほとんど海軍を追放され、中は空中分解状態でした。
その良識派の中に堀悌吉という、山本五十六と同期の人がおったんやけど、「堀の頭脳は神様が創りたもうた」と言われたくらい優秀で、将来の海軍を背負う人材として将来が保証されとりました。そして、山本五十六も堀の頭脳には敬服して親友の間柄でした。
せやけど、その優秀さと良識的な戦略思想が逆に仇となり、「米英強硬派」に睨まれてクビになってしまいます。
その知らせを軍縮会議の予備交渉でロンドンに出張中やった山本五十六は、
「巡洋艦と堀の頭脳、どっちが海軍にとって大切なのかわかってるのか!」
と机を叩いて激怒したと言われています。
そして、こんなバカバカしい海軍なんて辞めてやる!と自分も辞めて博打打ちになろうとしたのですが、
「貴様までいなくなったらどうなるんだ。貴様は残って海軍を立て直せ」
と堀がたしなめて山本は海軍に残ることとなります。
その中でも、米内・山本・井上ライン+古賀は良識派の最後の生き残りでした。
せやけど、米英と戦争じゃ!という勢力が既に海軍省・軍令部の主流を占めとって、「海軍三羽烏」みたいな戦争回避派の方が少数派でした。
そして、このラインの3人が全員海軍省からおらんよーになってから、結局海軍も「陸軍化」してしもて結果は学校で習った歴史のとーりです。
井上も、のちに、

「海軍が陸軍と手を組んで良くなった例はない。海軍は海軍の主張を貫くべきだ。
二・二六事件を起こした陸軍なんかと手を組むのは、強盗と手を組むようなものだ。
陸軍を止めるものは海軍しかない。その海軍が陸軍と歩調を合わせたら、止めるものがない。
国を救うなら、内閣なんて何回でも倒れたらいいじゃないか」



と、かなり過激な発言を戦争前に言っとります。
実際、「海軍三羽烏」があまりに頑固に反対するさかい、陸軍がしびれを切らして
「海軍なんてクーデターでやっちまえ!」
って計画が実際にあったそーです。
これは当時の平沼騏一郎内閣が独ソ不可侵条約で崩壊、三国同盟の話も一旦おじゃんになったさかい計画倒れにはなりました。せやけど、それを独自の情報網で探知した井上は、
「おう、陸軍と戦争や!米英と戦争して国を滅ぼすよりは全然マシ」
と、大臣と次官の許可をもらって海軍内に緊急非常事態宣言を出し海軍省+軍令部を一時要塞化したくらい、陸海軍は一線触発でした。
これは数年前に公開された映画の『山本五十六』のオープニングに出てくるシーンでもあります。ちなみに井上は柳葉敏郎が演じてましたね。

こないな風に、考えに考えた結果の自分の意見は絶対に曲げへん性格のせいか敵も多く、頑固に対米戦争に反対しとった井上は、真珠湾攻撃の前に南方の第四艦隊司令長官に就任します。
海軍軍人はやった海に出てなんぼやさかい、「艦隊の司令長官」ったら聞こえはいいものの、事実上の東京(海軍省)からの追放、つまり栄転って名前の左遷を意味しとって、井上に理解がある人は、
「井上さん、(中央から)追い出されましたね」
と同情する人もおりました。
そして第四艦隊司令長官として真珠湾攻撃の報告を聞くことになります。
その時、攻撃成功の第一報を報告に来た参謀が最後に、
「おめでとうございます!」
と付け加えたら井上は激おこ、
「何がおめでたいんだバカヤロー!」
参謀はこの怒りが意味不明やったそうですが、焼け野原になった東京を見てやっと井上が発した「バカヤロー!」の意味を悟ったそうです。
それから数年後、井上が「伝説」として海軍史はもちろん、今の自衛隊の教育にもその名を残す「その時」がやってきます。

・・・というわけで、前編はここで終わり。
「『海軍提督の語学勉強法』なんてどこにも書いてへんやん」
とせっかく読んでくれた読者を裏切ることになるけど、ちゃんと後編で書くさかいちょっと待ってね。
そして、これくらいの分量やと読む量としたらちょうどええくらいやと思うさかい、読むにも疲れへんと思います(笑

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