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BEのぶ

  • Author:BEのぶ
  • 自称「ブログエッセイスト」ことBEのぶです。
    昭和史をライフワークにしていますが、平成ももうすぐ30年経ち、昭和が遠い過去になりつつあります。
    昭和も遺産・遺物を探れば立派な「考古学」となります。題して「昭和考古学」。ジャンルは遊郭・赤線跡から鉄道、そしてすっかり忘れ去られた歴史を掘る「昭和の考古学者」として、昭和の名残りを通して考察する旅を続けています。

    基本は標準語で書きますが、エッセイは大阪弁で書いていきます。

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■■■CGで描く過去の世界

まずは、この動画をどーぞ。



(iPhoneとかではこちらをどーぞ)

「廃墟の都市」っちゅー名前がついたこの動画、
これはあるコンピュータグラフィックス(CG)なんやけど、プレステ3のゲームの場面やありまへんで(笑

これは第二次世界大戦で激戦地になった、ポーランドの首都ワルシャワの廃墟ぶりを当時の写真を参考に忠実にCGにして再現したもんで、
第二次世界大戦は日本も「当事者」やさかい自分の国の被害ばっかし目が行くけど、
ヨーロッパもこのよーに見事なくらいの廃墟になっとったんですわ。
特に、ポーランドは第二次世界大戦の発端になったとこでもあり、当時ナチスやったドイツが1939年9月にポーランドに侵攻することによってポーランドと同盟を結んどったイギリスやフランスがドイツに参戦、第二次世界大戦の火ぶたが切って落とされた、というわけです。
このヨーロッパのこたごたに対して日本はすぐに中立を宣言、ご存じ1941(昭和16)年の真珠湾攻撃までそれを守ります。その前の年に締結された「日独伊三国同盟」で参戦するのが義務やったんやけど、
そこは同盟反対派が命を賭けてまで反対した、同盟の中にある「日本・ドイツ・イタリアのどれかが戦争した場合、同盟国は自動的に参戦する」っちゅー条項を削除して締結したさかい、
この「第二次世界大戦」は中立を守れたっちゅーわけです。
もし「自動的に参戦する」っちゅー条項込みで締結された場合、

ドイツの侵攻→英仏が参戦→(自動参戦条項により)日本も参戦→太平洋戦争が2年早くなった

というわけで、歴史がかなり変わっとったかもしれませんな。

ポーランドは半月くらいで全土を占領されて、自分らの預かり知らんところで領土をドイツとソ連に山分けされるんやけど、
ポーランド人は民族意識が非常に高く、地理的条件からこういう侵攻を歴史上何度も食らって慣れとるさかい、すぐに地下レジスタンス活動を開始します。
そして1944年、ドイツがソ連侵攻に失敗してドイツの敗走が始まった際、ソ連軍が裏で手を引いてポーランドのレジスタンスと国内に残っとった軍人が蜂起、一般国民もみんな銃を取ってワルシャワでドイツ軍と戦うことになりました。
それを「ワルシャワ蜂起」と言うんやけど、
ポーランドとドイツ軍でものすごい市街戦が行われました。
ワルシャワ蜂起じゃポーランド側がかなり奮闘したんやけど、弱ってたはずのドイツ軍が意外に強かったんと、頼みの綱のソ連が突然「や~めた」と裏切ったために、ポーランド側は20万人以上の死者が出たと言われとります。
この死者の正確な数は今でも不明やったりします。
こん時に、中世ヨーロッパの都市の風景を色濃く残しとったワルシャワは、蜂起が失敗に終わって落ち着いた後も、無法者と化したドイツ軍によって85%の建物が破壊されたと言われとります。
その「廃墟ぶり」をCGにしたんが、上の動画ってわけであります。
動画だけ見たら、85%どころかほぼ100%破壊し尽くされとりますな・・・。

日本も空襲で廃墟になったんやけど、その後の展開が日本とポーランドで違ってきます。
日本は、焼け野原になった所を新しく「作り直す」ことで、全く新しい都市を作りなおして空襲前の建物とか都市設計は黙殺して、場所によっちゃ歴史的景観を破壊して今頃後悔しとるよーな所もあるけど、
日本は新しいデータを上書き保存して過去を消すよーに新しい都市を建設した、と言えるでしょう。
せやさかい、東京にしても大阪にしても戦前と戦後じゃ歴史的に分断されとるかもしれません。

対してポーランドは以前あった街を「復活」させます。ほぼ100%木端微塵になった建物や風景を、破壊される前の写真はもちろん市民の記憶まで総動員、国家プロジェクトでワルシャワ旧市街を「完全復元」させました。
その復元の徹底ぶりは、「家の壁ひび割れ一本や汚れまで忠実に復元した」と言われるくらいで、
そして、ポーランド人の執念ぶりが実ったのか、「あんたらは偉い!」ちゅー意味でユネスコの世界遺産に認定されました。
俺も11年前にポーランドとワルシャワに行って旧市街を散策したことがあるけど、
建物自体は50年前くらいに「復元」されたもんやさかい、ハイステンボスみたいな感じのテーマパークっぽいはずなんやけど、
ポーランド人の執念が建物に乗り移ったんか、何か「古さ」まで「復元」されとったのにゃビックリでした。
ポーランドと言うたら、アウシュビッツ(「アウシュビッツ」はドイツ語で、ポーランド語やと「オシフィエンチム」と言います)みたいな強制収容所も戦争の遺物として有名やけど、ワルシャワの旧市街の「復元」ぶりもある意味戦争の遺物ですやろな。
フルハイビジョンで廃墟ぶりをこれまた「復元」させたポーランド人の執念はある意味すさまじい。
日本も、空襲で焼け野原になった都市を、歴史的材料としてこういう風に復活させてみるんも、歴史の勉強になって学校の教材になると思うんやけどな~。
資料を集めて英知を集めたら不可能やないはず、プレステのゲーム作れるくらいやさかいこれくらい朝飯前やろ(笑

せっかくポーランドの話が出たさかい、ポーランドの話をちょっと。
ポーランドは世界有数の「親日国」としても有名で、どっかで見たポーランド人の外国人に対する親近感アンケートやと、1位はイタリア人、2位が日本人でした。
1位がイタリア人なんは、ポーランドってカトリックの国で非常に信仰心が厚く、カトリックの総本山のバチカンに親近感を持つんはある意味当たり前かもしれまへん。
前のローマ教皇のヨハネ=パウロ2世もポーランド人で、ポーランドに行った時はヨハネ=パウロ2世が現役やったさかい、彼らはそれをごっつい誇りにしとりました。
ほな、2位に何で日本人がって?
ポーランドは、第二次世界大戦じゃドイツにコテンパンにされたけど、歴史的にはロシアの方にかなりいじめられとって、どっちか言うたら反ドイツ感情より反ロシア感情の方が伝統的に強いそうです。
ロシア帝国に吸収されて国ごとなくなるどころか、ポーランド語の使用すら禁じられとった時期もあって、
放射能の研究でノーベル賞を取ったキュリー夫人(マリー・キュリー)も、そんな時期のポーランド出身のポーランド人でした。
そんないじめられっ放しのポーランドが「やったぜ!」とスッキリさせたんが、日露戦争での日本の奮闘ぶり。
日露戦争で日本がロシアに勝利(実際は痛み分けやけど)したニュースは、ポーランド人の民族心に火を付けたんは事実、「ロシアざまー見ろ!日本よ、ありがとう!」って感じなんでしょうな~。
それから10年後くらいにポーランドは独立を果たします。
それから、ロシア革命のどさくさに孤児になったポーランド人の子供を日本赤十字が預かり、看護婦さんたちの献身的なお世話や国民からの寄付金で、心の傷を受けた彼らを日本で育てて、国が安定した後国に返したエピソードもあります。
また、日本が保護した彼らは帰国後、第二次世界大戦でレジスタンス運動に関わることになるんやけど、
ドイツ兵が彼らを連行しようとすると日本大使館が彼らの保護を要求、
日本語で話し「君が代」を熱唱するポーランドレジスタンスを、ドイツ軍は同盟国として捕まえることが出来なかったそうな。
これは日本じゃ数年前にドラマでやるまでは関係者以外ほとんど知られてへんかったことなんやけど、
ポーランドじゃ孤児が国に帰って広く伝えたこともあって有名な話で、ポーランドの歴史の教科書にも載ってるとか何とか。

そのせいか、ポーランドってヨーロッパじゃ有数の日本研究家が多い所でもあります。
日本じゃ意外に知られてへんけど、ポーランドの東大(?)ワルシャワ大学の東洋学部日本(語)学科はヨーロッパでも3本の指に入るくらい日本研究が盛んな所で、その歴史は100年ほどもあると言います。
(あとは、オランダのライデン大学と、もう一つは知らん)
また、天皇陛下が東欧御訪問の時日本語学科に立ち寄ったそうで、天皇陛下も無視できへんくらいの格式と研究レベルを誇るところなんやって。
俺もワルシャワに行った時にその日本語学科に殴りん込んだことがあるけど、とにかく彼らの勉強ぶりと研究熱心さはハンパやないもんでした。
日本人の、それも旅人が来たら、まるで片思いの恋人と会ったかもよーな興奮ぶりでしたわ(笑
学生の好意に甘えてワルシャワを完全無料で「日本語ガイド」、それも一般家庭で晩御飯付きっちゅーおいしい思いをしたんやけど、
そん時、旧市街の時のガイドにかなり熱が入って、ポーランド人はやっぱ「復元」された旧市街を誇りにしとるんやな~と感じ入りました。
そんな民族としてのプライドがええ意味で高く、めちゃ遠い国の日本にごっつい親近感を持ってくれるポーランドに幸あれ!と思いました。
その「親日」ぶりは、ドラマとかドキュメンタリーの撮影にも現れとって、他国人にゃ絶対に見せへん歴史資料を日本のテレビやったら見せてくれたり、
2003年にやった「白い巨塔」のアウシュビッツ強制収容所ロケもドラマじゃ世界初、他の国やったらアウシュビッツ関連のドラマや映画でも現地ロケはまず許可出ーへんらしいのに、「日本か、それやったらええよ」とあっけなくOKされたそうですわ。
「ご近所さん」と仲良くするんもええけど、こないな国こそ親密に交流せんとあかんのちゃいます?

あ、ちなみにポーランド人が選ぶ「親近感ワースト」の国は・・・ロシア人でもドイツ人でもなく、中国人とベトナム人でした。
ベトナム人は知らんけど中国人は現地の習慣を無視して「郷に入らば郷に入らず」でやりたい放題、
最近、北アフリカのアルジェリアでも「郷に入らば郷に入らない」中国人の排斥運動が死者まで出た暴動にまでなったけど、
(日本じゃ全く報道されてへんけどね。アメリカCNNと新華社通信が報道しとりました)
現地の習慣や文化を尊重せーへんと嫌われるのは当然ですわな。
このランキングでへぇ~と興味深かったんは、ドイツ人に対する感情が言うほど悪くないこと。
ロシア人は確か中国・ベトナム人の次くらいにランクインされとったけど、
(ポーランドは社会主義やったけど、他の国と違って反社会主義レジスタンスが地下に潜ってずっと活動しとったそうです。ちなみに社会主義崩壊後の最初のポーランド大統領は、第二次大戦の時のレジスタンス出身)
ドイツ人は「親近感を持つ」にも入らんかったけど「嫌われる」方にも入ってへんかったんは意外や意外!?

で、話を元に戻して、と。
よくNHKスペシャルとかで、過去に埋もれた都市とかをCGで復元したシーンが出てくるけど、
もう戻られへん過去をCGの世界で復元するんもええんちゃうかな、と思いますわ。
学校のええ教材になるはずやし、こーゆーのを専門に作る会社とかもあってええんちゃうかな?
過去に蓋をして「忘れる」んやのーて、現代科学の技術を使ってこういう形で未来に向けて残しておくんも我々の役目なんかもしれません。
ゲームっちゅー遊びに技術使うんもええけど、その技術を別の場面で使ったら歴史的価値が生まれてくると思うけどな~。
もし俺にこういう技術があったら、昔の遊郭とかをせめてCGで再現してみたいもんやけど、
嗚呼、残念ながらそんなノウハウはございませぬ_| ̄|○
今から専門学校に行ってCGの勉強してみるか!?
嗚呼、金もあらへんわ(笑
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■■■「自炊」始めました さて本番編

前のブログで「自炊セット」を大金はたいて購入、まずは手元の資料をPDF化して予行演習してみたんやけど、
幸先は好調どころか絶好調!
次のステップとばかりに「本格自炊」とあいなりました。


せやけど、「自炊3点セット」の裁断機持ってへん俺はどないすんねん?
というたら・・・
最近、「自炊」が密かなブームなんか、ネット上じゃ「本裁断します!」っちゅー業者が雨後のタケノコのよーに生え・・・やなくて増えとります。
ネット上の業者で頼むと日にちかかるんは当たり前やけど、
今後のためにまずはどんなんがあるんかな~?と調べてみる。
たいてい裁断一冊105円也のとこが多いけど、中でも「業界最安値です!!」と銘打っとる、やけに自信たっぷりの業者発見!
ほうほう・・・40冊で2500円って安くない?
で、どこやろと住所調べてみたら・・・何と!岸和田ってうちの地元中の地元やん♪
本の裁断は、もちろん業者に郵送で本を送らんとあかんのやけど、ここやったら郵送するより自分で直接持って行った方がはるかに早い。
いちおう、「直接持ち込んでいいですか?」
ってメールは送ってみたものの、回答はやっぱしダメ。
うーん、郵送代浮かそうと思ったんやけど、世の中そんなに甘くなかったな(笑

せやけど、回答待っとるヒマもなく、とりあえずは窓口で裁断サービスやっとるKinko'sにお願いしてみる。
kinko'sはビジネス向けのコピーとかのサービスやっとる外資系の会社、おまけに店によっちゃ24時間営業の言わば「ビジネスのコンビニ」なんやけど、
普通のコンビニみたいにそこらへんにどこでもあるわけやないんが玉に瑕。
大阪でも市内中心部の、それも本町とか天満橋とかの、会社が集中するビジネス街にしかあらへんさかい、
梅田にあっても心斎橋と難波にゃないのは確かに理がある。
でも、難波やったら仕事帰りにも行けるさかい、作って欲しいな~Kinko'sさんよ(流し目
せやけどないもんはないさかい、仕方なしに本町まで行って裁断してもらうことにしました。

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■■■「自炊」始めました まずは予行演習編

世間じゃバレンタインデー一色やけど、そんなもんとはしばらく縁があらへんBJのぶです(笑
チョコは好きやさかい、チョコレートやったらなんぼでももらうで~♪
と言うても誰もくれへん悲しい現実・・・_| ̄|○
そんな現実はさておいて、かっ飛ばしていきましょう~。

このBJのぶ、ついに「自炊」を開始しました。
え?一人暮らししてもう2年以上やのにまだ自炊してへんかったんかって?
いやいや、その自炊やないんですわ。その自炊はもうとっくにやっとるっちゅーねん。
ほな、何の自炊やねんって?

最近、日本にも電子ブックなるものが上陸して、iPhoneとかiPod touch、iPadやスマートフォンなんかで見る人がじわりじわりと増えつつあります。
アメリカじゃ電子ブックリーダーの3割のシェアを占めとるSONYのREADERや、SHARPのガラパゴスなんかも出てきて日本にもよーやく電子ブック元年がやってきたようやけど、
まだまだ電子ブックの数が少ないのが実情です。
そんな中、

「なかったら自分で作ってしまえ」

という連中・・・やなくて人たちが登場、特にiPadの出現でにわかに注目されとります。
そんなパソコンやiPodのよーな端末、スマートフォンなどで電子書籍を見るために、自分で本を裁断してスキャンしてデジタルデータ化、パソコンや携帯端末に取り込むことを

「自炊」

と言い、Wikipediaにも載っとるちゃんとした(?)言葉なんであります。
そんな言葉聞いたことないって?
そらしゃーない、この「自炊」は去年の夏あたりから広まり始めた新語らしく、
「(データを)自分で吸い込む」→「自吸い」→「自炊」になったそーな。
最近は「自炊」用の雑誌や本まで売ってあって、俺もたまたまネタ収集に本屋でiPadの「自炊本」を立ち読みしとったら、この言葉と出会ったわけなんですわ。
「へぇ~」と思いながら読んでたんやけど、そこで「そや!」と思いついたんが、

俺が持ってる遊廓や赤線の資料をデジタルデータ化

全部iPadに取り込む

それを持ち歩けるようにする


こと。
iPadにしたらデジタルデータ化だけやのーて、目的別に分かれとる手書きノートも一つに統一できるやん。
と思いついたんやけど、問題は先立つもの。
「自炊」に必要なもんは、

1.iPadなどの電子ブックリーダー

2.ドキュメントスキャナー

3.本をバラバラにする裁断機


の3点セットが必需品みたいで、この3つを安く買ってもどう計算しても10万円くらいする始末。
うーん、この自己投資はちょっと高くつくな・・・。
と考えに考えに考えて数日、清水の舞台どころか東京スカイツリーのてっぺんから飛び降りてみることにしました(笑

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■■■【後編】松島新地をゆく 消えた遊郭・赤線跡をゆく18

戦前の松島遊郭編の続き、太平洋戦争の空襲で焼けてしもた松島は戦後どないして「復活」を遂げたんか、
今回はそこらへんを書いていきたいと思います。
今回も、三国志ならぬ「松島新地志」と言える『松島新地誌』がベースになっとります。

さて、昭和20年3月14日の大阪大空襲できれいさっぱり・・・って言うたら失礼やけど、
それしか表現が思いつかんくらいに完全に焼けてしまった松島遊郭、
焼け出された松島の業者たちは、他の場所を頼って大阪中に散っていきました。
ある者は近くの港新地、ある者は今里新地、またある者は枚方や貝塚遊廓へ。
そして港新地や今里新地へ移った業者は、不幸にも6月の空襲でまた焼け出される始末。
「泣きっ面に蜂」とはまさにこのことですな(汗

その中でも、住吉大社の近くにあった住吉新地に移った一派がいました。
新地や地元警察の好意もあって昭和20年7月、終戦の1か月前に住吉新地内に間借りするよーな形で再スタート、店は3軒、焼け出された後も一緒についてきた女性50人でのスタートでした。
同時に『三十四会(みとしかい)』ちゅー組織を設立しました。
これは大空襲で全滅した松島遊廓の「命日」にちなんだ、三月十四日にちなんだ名前で、
「『命日』を忘れない」っちゅー意味と、間借り状態の住吉新地に「松島遊廓組合」を作るわけにもいかんさかい、「仮松島新地組合」のよーな意味合いを持ったそうです。
業者はいつか元の松島に帰る、マッカーサーの言葉を借りたら"I shall return"ってのを胸に仕舞いつつ、そのまま終戦を迎えました。
そして、この『三十四会』が戦後の赤線、いや今でも続く「松島」の母体となります。
ちなみに、住吉区、それも住吉大社のすぐ近くに「そんなとこ」があったなんて知らん人は知らんけど、この住吉新地はもちろん元々は芸妓だけの純粋な花街でした。
その後は・・・まあまた調査するさかいそれまでヒ・ミ・ツ(笑



テーマ:消えた遊廓・赤線の跡を訪ねて
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■■■【前編】 松島遊廓をゆく 消えた遊郭・赤線跡をゆく17

もうすぐバレンタインデーやけど、ここ最近バレンタインデーとは全く縁があらへんBJのぶです(笑
バレンタインデー?俺の前でいちゃつくんじゃねー(怒
バレンタインデー?俺は仏教徒だ(違

まあそれはさておいて、
大阪の遊廓ときたらまず思いつくんが、

飛田



松島

でしょう。
この二つは今でも「現役」やさかい、今でも知名度的にゃダントツのツートップみたいなもんやけど、
戦前は大阪市内だけでも、その他に江戸時代から続いとった新町や堀江なんかもありました。
新町は、歴史と格式は吉原や島原並み、江戸時代にゃプラス長崎の丸山遊廓も含めて「日本の遊廓トップ4」のよーな地位にありました。
そんな老舗に比べたら、明治に出来た松島や大正に出来た飛田なんか「青二才」か「若造」のよーなもんやろな~。
今回は、その「若造」の一つ、松島遊廓の話です。

松島を書いた本の一つに、

「松島新地誌」

というものがあります。
松島の、遊郭+赤線としての歴史を淡々と書いた「歴史書」のよーな本なんやけど、
この本のおもろいところは、

1.「新地組合」という当事者が書いた

2.赤線が現役の頃に書かれた

3.部数限定の非売品

ということ。

1.に関しては、俺みたいな第三者がある遊廓や赤線のことをあれこれ書いたり、そこで働く女性サイドから見た本はある意味山ほどあるけど、
組合が「業者サイド」で書いた本は非常に珍しいと思います。
まあ、業者個人が書いた本もあるにゃあるけど、この本は「新地組合」が組織として発行した貴重な本であります。

2.に関しては、「松島新地誌」の発行が昭和33年2月、つまり売防法が施行される寸前で自分たちの前途も右へ転ぶのか左へ転ぶのか全くわからん状態、
もしかして、松島新地自体がなくなる可能性すら十分にあった時のこと。
「せめて歴史として文章に残しておきたい」という意気込みが感じられます。

3.に関しては、2.でも関連するよーに商売として売るんやのーて、「歴史に残しておきたい」ちゅー信念からか、部数もかなり限定されとって、新地組合の発行とは言うても事実上の自費出版です。
これは推定やけど、発行部数は恐らく100部かそこらやったんちゃうかな?と。
その割にゃ冊子とかもハードカバーでけっこう凝ってるとこがあって、本の最後の「非売品・限定版」の文字があらへんかったら、そこらへんの本屋に売ってても何の違和感もない出来栄え。
この本にかける誇りと気合いが感じられます。
非売品やさかい値段も書いてへんのやけど、古本屋サイトで調べてみたら何と¥48000也!!!
どーもプレミアがついてしもたよーです。さすがに5万円出すんやったらiPad買うわ(笑
せやさかい、今手元にあるんは図書館から借りてきたもんなんやけど、そこにも「一団体寄贈」「大阪府警察史編集室」のハンコが。
たぶん、新地組合が警察の資料室(?)に寄贈して、それが図書館に流れ着いたもんやと思います。

内容は、松島新地の歴史を明治から発行された昭和33年まで淡々と語った、いわゆる「松島新地史」で、
面白おかしく書いたエピソードなどもほとんどなし、ただ事実や回想を書いた「歴史書」であります。
せやけど、どっちかと言うと「薄い」に入る本も、内容は非常に濃いもんになっとります。
遊廓からの流れを持つ業者が編集・出版した意味でも、「松島新地の公式歴史書」と言えますな。
今回のブログは、この「松島新地誌」をベースに書いていきたいと思います。

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