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BEのぶ

  • Author:BEのぶ
  • 自称「ブログエッセイスト」ことBEのぶです。
    昭和史をライフワークにしていますが、平成ももうすぐ30年経ち、昭和が遠い過去になりつつあります。
    昭和も遺産・遺物を探れば立派な「考古学」となります。題して「昭和考古学」。ジャンルは遊郭・赤線跡から鉄道、そしてすっかり忘れ去られた歴史を掘る「昭和の考古学者」として、昭和の名残りを通して考察する旅を続けています。

    基本は標準語で書きますが、エッセイは大阪弁で書いていきます。

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■■■Mの不思議

ただいま通勤に南海のなんば駅を使ってるんやけど、
ここ最近どころか、中学校くらい以来ず~っと不思議に思っとることがあります。
なんばは漢字で書いたら「難波」、
難波はそのむかしこない書いて「なにわ」と読み、大昔はここあたりは海岸で、
山からの土砂がここあたりに堆積して数多くの小川を形成し、
社会の授業で習ったよーな気がする扇状地になっとりました。
そこで、
「通るのに難儀する海岸」
と言われたんが起源とも、
「魚が多く捕れて食料品が豊富にある広い場所」
が語源とも言われとります。
普段何気なく使っとるとこの地名も、いざ調べてみたらけっこううんちくがあるもんなんです。

せやけど、今回は漢字などどーでもええのです(笑

「なんば」をアルファベットで書いたら、NANBA・・・・やなくてNAMBAになったりします。
ええ?NANBAちゃうのん?
なんば駅の英語表記を見てもやっぱしNAMBA、NやなくてMなんですよね。

090430 1

ほら、ちゃんとNAMBAになっとるでしょ?

そして更に!
南海高野線には、半分大阪府営の「泉北高速鉄道」って鉄道が相互乗り入れしとってなんば駅まで入ってきます。
泉北高速鉄道の電車は、クリーム色に青筋の入った電車で、なかなかシンプルながら渋い感じがするんやけど、
まあそれはええとして、この「泉北」をアルファベットで書いたら

SENBOKU

やないんです、

SEMBOKU

なんですわ(汗

え?そんなことない、SENBOKUやって?

いやいや、これをご覧あれ~。


090430 2

ほらほら、SEMBOKUになっとるでしょ?

このMの謎、気になっては忘れ、また気になっては忘れを繰り返してはや20年近く。
よーやく20年の重い腰が上がろうとしとります(笑
いつもの下らんことをセコセコと調べる探偵癖で調べてみたら、
確かに、「なんば」「せんぼく」を実際に発音してみたら、「ん」の部分が口を閉じて発音しとるさかい、
言語学の中の発音学みたいな理屈で言うたら「M」です。
そして色々調べてみたら、近鉄の難波駅の隣の「近鉄日本橋駅」、おっと、「にほんばし」って読んだらあかんで~、「にっぽんばし」やで「にっぽんばし」、OK?
そこのローマ字もどうなっとるんやろか?と調べてみたら、

090430 3

NIPPOMBASHIとやっぱMになっとりますな。

そして、同じ「日本橋」でも「にほんばし」と読む東国はトキオの日本橋、これはどない表記しとるんやろか、
とまたセコセコとググってみたら、

090430 4

NIHOMBASHIになっとりました!
正直、トキオの日本橋はNIHONBASHIになっとるやろと思っとった俺が浅はかでした。
「M」は関西独自って結論づけようとしたのに(笑

ここで導き出した結論は、
ひらがなで書いたら「ん」でも、ローマ字で書いたら「N」と「M」の両方あるっちゅーことで、
この「N」と「M」はひらがなカタカナではっきり区分けせんまま現在に至ったんか、
それとも昔は「M」を表す幻のカナなんかがあって、時代と共に「ん」に併合されたんか、
(↑これは80%くらい俺の予想というか妄想です)
真実はわからんちんやけど、我々が学校で勉強せーへん日本語の不思議をちょっと垣間見たよーな気がします。
何気ない疑問でもいろいろ調べてみたら、おもろい事実が見つかるもんですな~。
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テーマ:雑記
ジャンル:ブログ

■■■丹波篠山をゆく 消えた遊郭・赤線跡を訪ねて6

元遊廓・赤線を訪ねる旅その・・・何番目やったっけ?(笑
今回は、一昨年に行った丹波篠山にあったという遊郭跡を書いてみようと思います。
丹波篠山というたら今の篠山市、江戸時代は譜代の青山氏の城下町として栄えました。
今回の話題とは関係ないけど、東京にある地名の「青山」(←青山学院大学の「青山」ね)は、この青山氏の江戸屋敷があったことから名付けられました。
篠山の青山氏は分家筋やったと思うけど、まあそんなわけなんですわ。←どんなわけや

今の篠山市は、武家屋敷が現在でも残る観光の町で、今は歓楽街とかがあらへんせいか、遊廊とか赤線ってイメージが全く思い浮かばんのやけど、
その昔、確かに遊郭は存在しとりました。
篠山にゃ明治41年に歩兵第七十連隊が置かれたんやけど、歩兵連隊あるとこにゃ遊郭あり、
どっかにあるやろう、と色々調べとったらやっぱ存在しとりました。
篠山遊郭の正式名称は「京口新地」と言います。
遊廓としての歴史は資料があんましないせいかわからんけど、少なくても歩兵第七十連隊が出来た時からあった、もしくは連隊の創設に合わせて作られたと推定できます。


丹波篠山遊廓

これは『篠山案内記』っちゅー、大正2(1913)年に発行された篠山のガイドブックに付録としてついとる、大正時代の篠山の地図なんやけど、
この地図右下の所に「遊廓」って書かれた一画があり、この頃にゃ地図にもはっきり遊廓があったことが伺えます。
せやけど、これじゃわからんさかい、篠山市立中央図書館で俺がコピーしてきたもんを↓

篠山遊郭

赤い○で囲んだとこが、今も昔も篠山市の中心部やけど、ピンクの□で囲んだとこに「遊廓」ってはっきり書かれとるのがわかると思います。
で、その『篠山案内記』にゃ、

「遊廓
河原町京口橋より南一丁にあり、池上町に属し字湊と称す。遊廓新設以来京口新地の名あり
歩兵七十連隊の新設に伴い始めて設置したるものにて明治44年7月より開業す」


(※原文旧仮名遣いを現代に読みやすいように俺が校正)

と簡単ながら遊廓のことも書かれとります。
大正時代からどーやらここは「京口新地」と呼ばれとったという証拠でもあるんやけど、
『全国遊廓案内』にゃ「糸口新地」と書かれとって、「京口」なんか「糸口」なんかどっちやねん!?とややこしいことになっとるけど、後で紹介する『篠山町七十五年史』ちゅー書物にもきっちり「京口新地」って書いとるさかい、こりゃ『全国遊廓案内』の方の誤殖か筆者の聞き違いでしょうな。
また、『篠山案内記』にゃ遊廓の他に中心部にある立町ってとこに花街、つまり芸者がおった所もあったことが記されとります。
これも原文でどーぞ。なに、著作権はとっくに切れとるさかいモウマンタイ(笑

「芸妓検番
立町の角南側にあり明治32年の創立なり。検番設立以前は各料理屋に芸妓を抱えたりしなり」


(※これも原文旧仮名遣いを読みやすいように校正)

これでわかることは、

1.芸妓がいる花街の方が遊廓より歴史が古い

2.場所によっては遊廓に芸妓がいたりと花街との区別がつきにくい所もあるが、
篠山は花街と遊廓の区別がはっきりついていた

ことやと思います。
で、京口新地を語るもう一つの貴重な資料が『篠山町七十五年史』と呼ばれるもの。
昭和30年に発行された、個人が編集したものの当時の篠山町が出版しとるさかい、準公式の町史みたいなもんなんやけど、
ここに京口新地のことがそこそこ詳しく書かれとります。
それによると、陸軍歩兵第七十連隊の設置により遊廓設置の動きが出たものの、候補地がいくつも上がった上に周りの村からの熱心な立候補もあったり、
(※何で「風俗街」である遊廓を熱心に誘致するか言うたら、遊廓は遊興税を払っとったさかい、誘致したら地域財政が潤う+地元に金を落としてくれて経済的にウハウハって事情があります)
陸軍の「遊廓は兵営(駐屯地)から1里以上隔離すること」ちゅー条件もあって、結局は八上村糯ヶ坪地区に決定。
明治41年の開設当初は「篠山楼」の一軒のみ、娼妓数7名というこじんまりとしたスタートだったものの、
半年後には、
・吉野楼 娼妓数14名
・小川楼 娼妓数6名
・彦根楼 娼妓数12名
・田中楼 娼妓数8名
・一力楼 娼妓数8名
・常盤楼 娼妓数5名
・金松楼 娼妓数2名
・高森楼 娼妓数2名
・鬼楽楼 娼妓数4名
・都 楼 娼妓数7名
・藤田楼 娼妓数5名
・戎 楼 娼妓数6名  計:79名


と、雨後のタケノコのように大増殖しとります。
(篠山楼は閉店したんか改名したんか、消えとります)

娼妓の外出は監視付きで、一人じゃ京口橋を渡ることは出来へんかったらしく、つまり篠山の中心部に行くには付添(監視)が必要やったってことで、これは逃亡防止のため。
また、稼ぎ100円につき20円を前借金返済のため積み立てることを警察署長から言い渡されとって、
衣裳や部屋代、食費はこれまた警察の指導か全部楼主持ちと決まっとったとか。
こう見たら、人身売買自体は人権上の問題で論外やけど、待遇は日本の遊廓の中でも悪くなかった方やったんかもしれません!?

また、これにゃおもろいことが書かれとりました。
昭和の初めに日本を襲った大恐慌にプラス、大阪の道頓堀が発祥のカフェー、今のキャバクラのご先祖様みたいなもん、が篠山にも進出、新しい娯楽として一世を風靡したため遊廓が大打撃を受け、
「篠山じゃ営業にならん」と遊廓を宝塚に移す計画が持ち上がったそーやけど、許可されへんままに終わったそうですわ。
宝塚は今じゃ少女歌劇団(タカラヅカ)で知名度は全国区やけど、元々は温泉地で芸妓も確かおったはず。
そこに仮に遊廓が移っとったら・・・当時の娯楽が揃いに揃うさかい街ごとディズニーランド状態やったかも!?

で、この『篠山町七十五年史』は昭和30年発行。
つまり、赤線が現役やった頃に書かれたもんやさかい赤線時代の京口新地が現役やった頃でもあります。
そのこともちょっとだけ書いてあって、遊廓時代は衣食住は楼主持ちやったのが赤線時代は全部女性持ち、
でも分け前は女性:業者=6:4やったそうです。
つまり、

京口新地は戦後も赤線として存続しとった

ちゅーことがこれでわかります。

そして、ついでに書いておくと、『篠山案内記』にも書いてあった篠山の芸妓は『篠山町七十五年史』にも記されとって、
連隊が篠山に設置された明治41年くらいに80名の芸妓がおった時がピークやったそうで、
大正7(1918)年頃にゃ35名、大正13(1924)年にゃ25名、昭和3(1928)年にゃ18名とどんどん減っていきました。
更に昭和2年にあったという「某重大事件」により検番の幹部全員が逮捕され、カフェーの進出や花街にも遊興税が導入されたのが追い打ちになり、
戦争の色が濃くなったことがとどめになって、太平洋戦争寸前の昭和16(1941)年10月に解散。
以後篠山に花街復活はおろか、芸者がいることはなかったそうです。
それに比べたら、遊廓はしたたかっちゅーかしぶといっちゅーか、戦後も残ったさかい生命力の強さを物語っとります。

なお、この本は何せ昭和30年やさかい、3年後の売防法施行による赤線の消滅の顛末までは書かれとりません。
そりゃ、書かれとったら編集者は予言者になるやん(笑
別の資料によると、売防法施行寸前の昭和33年1月現在、業者数10軒、女性の数14名、引き手数13人っちゅー状態で、そのまま3月30日に解散したそうな。

そして、編者がこの本を編集する時にかき集めた昔の写真が篠山市立中央図書館のHPで公開されとるんやけど、その中に貴重な京口新地の当時の写真があったりします。
そんな写真はここからどーぞー。

良くも悪くも地味~な篠山の、ふとしたら忘れられそーな遊廊跡がクローズアップされたのは、
「阿部定事件」で有名になった阿部定が昔ここで働いていたことからやと思います。
阿部定事件については話しだしたらキリがないさかい、興味ある方はここを見てくれたらええんやけど、
その阿部定が、半年だけやったらしいけど、この篠山に在籍しとったことが明らかになっとります。
俺も阿部定事件は中学生の時からボンヤリとは知ってたけど、
20年後くらいたってまたそのことを、篠山で思いだすとは。
なお、阿部定のことは『篠山町七十五年史』にもチラリと、
「一世を鳴り響かせた『お定事件』の主、阿部定も、ここ大正楼の娼妓であったのである」
と書いとります。

さて、写真は思ったほど残ってへんのやけど、
篠山遊郭、つまり「京口新地」を訪ねる旅に行ってみましょう。

テーマ:雑記
ジャンル:ブログ

■■■自動改札の怪

日本の駅じゃ、田舎を除いたらない駅を探すのが難しい自動改札。
ちゃんとプログラミングされとる(?)機械やさかい、まず間違いは起こさんやろう、
と思っとったのが・・・。

今日仕事で通勤した時のこと。
いつもJRと私鉄を使って通勤しとるさかい、いつものICOCAは使わんと、
都市部じゃIC定期券全盛の時代に逆行して(?)古典的な普通の定期券を使っとります。
そして、JRと私鉄の連絡駅でいつものように改札に定期券を入れると・・・。
いつもやったら、当り前の話ながら、定期券がそのまんま出てくるんやけど、
いつものよーに定期券を取ってみたら、何か触り心地というか、手の感覚がおかしい。
はて?と思って「定期券」を見てみたら!

「新横浜―大阪市内」

お、俺の定期券が使用済みの乗車券に変化しとりました(笑
もちろん、俺は横浜なんかに行ってはおりませぬ。
その後で駅員に「おーい、どないなっとんねん~!」って駆け込んだけど、
自動改札の中身を開けて見てみたら、哀れ俺の定期券様が使用済み切符の回収ボックスに。
というわけで、定期券をボックスから出して事なきを得たけど、
まさか定期券が遠距離の乗車券に化けるとは、お天と様でも想うまい。
自動改札やから間違いはない、と思ったら、とんでもないボケをしでかしてくれるもんで、
さすが大阪、自動改札もボケをかますのか(違

うーん、やっぱ来月からICOCAにするか(笑

テーマ:雑記
ジャンル:ブログ

■■■iPodとAirport

今日、散歩代わりに某家電量販店に行った時のこと。
何やら店員と欧米系の外国人が会話をしているのだが、
近くで聞いてみると、どうもコミュニケーションが取れていないらしい。
そこで、どうせヒマやしちょっと人助けするか、とばかりに
「よろしければ通訳しますよ」
とロクに英語もしゃべれない御身分で通訳を買って出てみた。

■■■ユーモア

日本人はユーモアセンスに欠ける

っていきなり赤字でデカデカと書いてみたけど、
日本人にユーモアがない、ってのは昔からよく言われてること。
せやけど、果たしてそれはどうなんかな?と思ったりもします。
最近、ようつべでよく「笑点」を見たりするけど、あれこそ日本流のユーモア、
こんな年齢になって「笑点」の面白さがわかってきたような気がします。
毎日「笑点」を見ては爆笑させてもらってるけど、
落語なんかは日本が数百年間育んだユーモアの結晶みたいなもんやと思うし、
なかなかウンチクがあって面白い。

で、日本の歴史上、「ユーモアのセンスを持て」と「社訓」に入れた唯一の組織があります。
それが昔の日本海軍やったりします。
軍隊にユーモア?って不思議に思うこともあると思うけど、
旧日本海軍はイギリスを模範として作られたもん、そしてイギリスときたらユーモア。
ほとんどブラックジョークなもんも多いけど、イギリスのユーモアもなかなか味があって面白い。
日本海軍は、そんなエゲレス風のユーモアまで導入してしまった、ってことですわ。
一般企業で言えば新入社員に向けた社長訓示のような「初級士官心得」には、
「つねに修養に努めよ」
「一日に30分でよいから読書する習性をつけ、判断力の涵養に努めよ」
「報告はマメに行なえ」
「小言をいわれるうちが花である」

などなど、まだ20代前半の鼻たれ小僧士官のために色々な訓示が書かれとるんやけど、
そんな中に標語のような言葉も並んでて、その中に
「ユーモアは一服の清涼剤」
って書かれたりします。
「士官たるもの、ユーモアを愛して常に心に余裕を持たないといけない」
ってことらしいけど、確かにジョークが好きな人はどっか心に余裕があるというか、
ちょっと一歩離れた大人って感じがします。
まあ、日本人は概してカチカチの真面目人間が多くて、それが「美」と周囲も認める社会やさかい、
ヘタにジョークなんか言ったら怒られることもあるし、
「おっさんギャグばっかし言いやがって」
とバカにされることもあります。
個人的にゃ、おっさんギャグ大歓迎、全然ええやんか、って思ったりもするんやけど、
そういう意味では、日本人は「ユーモアはある」けど「ユーモアを解する心の余裕がない」って言えるんかもしれませんな。

で、ちょっと話は変わるけど、
昔の海軍は通訳・国際法顧問などの肩書で一般人も雇ってたのは案外知られてません。
軍服を来たお役所の中で商人服(←海軍隠語で「スーツ」のこと)来た、いかにも軍人らしくない人がチラホラおったんやけど、
これは将来的にイギリス海軍みたいにシビリアンコントロール、つまり大臣は文官にしようとする候補生やったとも言われとります。
そして、彼らにゃ「通訳」とか「国際法顧問」の他に彼らは重要な任務があったりしました。
それは、
「第三者としての目で自分の組織、つまり海軍を見てアドバイスして欲しい」
ということ。
つまり、あんたらは海軍職員やけど視点は海軍であってくれるな、ってことなんです。
その理由は、書きだしたらまた長くなるさかい省略するけど、
そんな彼らにある日、連合艦隊の演習を見学せよという「命令」が届きました。
一回はこういう弾が飛び交う状態を見せないといけないな、というはからいやけど、
その演習が終わって、九州の別府で停泊した時のこと。
連合艦隊の参謀長からその文官に、旗艦から発光信号が届きました。
その内容は、

発連合艦隊参謀長
宛○○書記官
貴官ハ明日一〇〇〇兵器ヲ持参ノ上三号埠頭ニテ集合サレタシ

軍服着てへん文官の書記官が「兵器」を持ってるのもおかしいけど、
確かにその書記官は軍艦に「兵器」を持ち込んでたのです。
この信号を取り継いだ水兵は「兵器って何じゃ???」って不思議そうな顔をしてその書記官に連絡したんやけど、
彼は「わかりました」と一言言って「兵器」を取り出して準備に取り掛かりました。
そして次の日、ゴルフバッグを担いだ書記官は埠頭に向けて軍艦からボートに乗って行きましたとさ。
これでおわかりでしょう。
「兵器」とは実はゴルフ道具一式のことで、上の信号を噛み砕いてみると、

「お疲れさん、明日別府のホールでゴルフやるから10時に集合ね」

ということ。
めちゃ堅そうな文章、それも公文書扱いの発光信号でお知らせしとるけど、
結局はゴルフのお誘いやったのです(笑
ここでカチカチ頭の真面目人間は、
「ゴルフなんて私用だぞ。私用に発光信号を使った上に『兵器』だと!ふざけてるにも程がある」
って怒りだすと思うけど、
ゴルフセットを「兵器」と見なした発光信号、それも連合艦隊の参謀長が送ったなんておもろいことするな、と思うのは俺だけでしょうか?(笑
これも海軍のユーモアの一つ、今の会社じゃ私用メールしたらあかんとか、仕事中はネット見るなとか、
かくもやかましいこと言うとるけど、
それもこれも「心の余裕」がないことが土台になって、何もかもカチコチになっとる証拠やと思います。
昔の海軍は、こんな信号がしょっちゅう交わされとったらしく、この日記じゃ割愛するけどもっとおもろい発光信号の会話も残されとります。
もう当時泣く子も黙る(?)連合艦隊が公私混同しまくりってことやけど、今のユーモアなんて言うてられへん時代やからこそ、
ちょっとしたユーモアを理解してちょっと出してみると、ギスギスしとった空気がちょっとはほぐれるかもしれません。
ちょっと同僚宛にこんなメールを出してみたらどないですか?

貴君ハ明日二〇〇〇「大吉」ニテ給油ノタメ集合サレタシ

「明日の夜8時に大吉で酒飲もうや」ってことやけど、酒飲みを「給油」にしてちょっとユーモラスに書いてみたらちょっと面白くなるかも。
え?公私混同って?そんな堅いこと言わない言わない(笑

テーマ:雑記
ジャンル:ブログ

■■■iPhoneいじくり日記 中国語の辞書アプリ

iPhoneを買ってはや・・・・何日やったっけ?(笑
というくらいに日にちがたってしもたけど、毎日iPhoneを酷使しとります。
このままやったらバッテリーが1年もたなそうやな、と早くも心配なんやけど、
それくらい俺の中ではかなり使えるツールになってきました。
昔、PDA片手に中国中を回っとった頃を思い出して、血が騒いできますわ♪
まあ、iPhoneはジャンルで言うたら「ケータイ」なんやけど、
ケータイとして見たらこれほど使いにくい「ケータイ」はないけどね(笑

せやけど、iPhoneの強みは電話じゃございません。
やっぱり「アプリ」ちゅー存在が存在感を引き立てるのであります。
ぶっちゃけ、iPod touchとかiPhoneに何のアプリをダウンロードしてるかによって、
その人の趣向とか性格がわかるよーで、ある意味人に見せたくもなかったりする(笑
俺は電子辞書も兼ねたPDAって割り切って使ってるけど、
iPhoneを買って早速ダウンロードしたんが、やっぱし辞書系のアプリ。
iPod系のええとこは、マーケットを全世界に向けとるさかい、
日本人だけやなくて世界中の人が作ったアプリをダウンロードして使えること。
英語辞典はもちろんダウンロード済みやけど、
意外や意外、中国語辞書、特に日中・中日辞典ってまだ出来てへんねんな。
日韓・韓日はあるのに何故中国語があらへんねん!
どっかの会社、作らんかい!
ってこんなとこでブツブツ言うても仕方あらへんけど、アプリを作る技術と専門知識があったら俺が作るのにな~と思ったりもするけど、
もちろん俺にゃそんな能力はなし、あるのはブログで叫ぶ能力だけ(笑

せやけど、中国語辞典は中国語でおまんま食ってる俺にとっては最重要かつ最優先アプリ。
とりあえずまずは行動・・・と探してみたら、あるにはありました。

テーマ:雑記
ジャンル:ブログ

■■■米内光政のすべて

金がないので外出もできず、しばらく読書三昧のBJのぶです(笑
せやけど、この人生読書しまくりというのもまた贅沢な時間やな~と感じる今日この頃やけど、
今までまとまった読書の時間なんてなかったさかい、この際手あたり次第本を読んでしまえ、と腹をくくって、朝から晩まで本とにらめっこです。
目標!1327店・・・ってそりゃ薬屋のCMやん(笑

で、久しぶりに「気まぐれ感想文」ってタイトルでブログのカテゴリを増やしてみました。
ホンマはこのカテゴリだけ独立させて違うブログにしようかと思ったんやけど、
色んなブログサイトをつまみ食いしてみたものの、どこも一長一短があっていまいちしっくり来ず、
FC2も一メルアドにつき一つのブログのみ、FC2さん、ケチ臭いこと言わんとID一つで複数のブログ作らせてーなー。
それやったらこんなに頭抱えることあらへんのに(笑
って愚痴ってもしゃーないけど、考えに考えた結果、やっぱうちのブログで書こうと決意しました。
せっかくのブログの新陳代謝やけど、このブログもほったらかしにするわけにもいかんさかい、
まあこういう感じで自分の中の「ブログ論争」の矛が納まってよかったよかった!?
ちなみに、この「気まぐれ感想文」の元ネタは、星新一の著書の「気まぐれ学問所」にあやかって名づけました~。

さて、ダラダラ書くんもなんやし、早速第一弾行ってみましょう。
 
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