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消えた遊郭・赤線の跡を訪ねて 洲崎編

「消えた赤線の跡を訪ねて」シリーズ、鳩の街玉の井と訪ね歩いて、
車に乗って移動して次に向かったのは、

洲崎

ってとこでした。
「洲崎」って名前でピンときたらもうあなたは通(笑
今は「東陽」って地名になって「洲崎」って地名自体は消えてしもとるけど、
その洲崎にゃ、規模じゃかの吉原に負けてへんくらいの遊廓があったことは、今は昔の話。

080831 洲崎地図

地下鉄東西線の木場駅からちょっと歩いたとこに、その「洲崎」は存在してました。
洲崎の歴史は江戸時代までさかのぼることができ、
元々は根津ってとこに江戸時代に吉原と並ぶくらいの規模の遊郭が存在しとりました。
明治時代になっても存在しとったんやけど、そこに大学、つまり今の東大が出来ることになって、
さすがに大学の横に遊郭はちょっと・・・ちゅーわけで、
根津遊郭は強制的にここ洲崎に移転になってまいました。
洲崎は、今でこそトキオの真ん中の「陸地」にあるっぽいけど、元々ここは埋立地で、洲崎も長崎の出島みたいに海に半島のよーに突き出たよーに隔離されとったそーな。
洲崎の遊郭は、上の地図の碁盤の目のように区画されたとこ一帯がすべてそーでした。

080831 洲崎1

上の画像は、地図で言うたら南の端にある運河にかかる橋の方向を撮ったもんやけど、
昔は斜めの道(橋)があるあたりは海やったそーです。
また、地下鉄が通っとる道から洲崎地区に入るとこに、緑の公園みたいなとこがあるけど、
そこも海やったそうです。
入り口も一ヶ所しかなくて、ちょうど堀に囲まれた城みたいな感じになっとりました。
回りに堀を作るのは、そこで働く遊女が逃げへんよーにするためとかで、そこにゃ遊女たちの涙と悲哀の歴史が詰まっとる言うても過言やないと思います。

で、どっちか言うたらブルジョアが通って敷居が高かった吉原の遊郭と比べて、
洲崎はどっちか言うたら庶民的なとこやったみたいで、今は木場駅からけっこう歩くことになるけど、
昔は入り口あたりまで市電が通ってて、交通の弁は悪くなかったみたいです。
戦前の遊郭時代の大正10年には、業者277軒、従業婦2112人っちゅー数字を見ても、かなり大規模な色街やったことがわかると思います。

昭和初期に発刊された『全国花街めぐり』には、洲崎をこう表現しています。

「品川は宿場の気分で海の寂寥(せきりょう)が気にならないが、洲崎は非常にそれが気になる。
要するに寂しみの勝った遊廓で、夏の遊廓、昼遊びが出来ないところ。若し昼の最中に大きな妓楼の大広間に陣取り、芸者幇間(たいこ)に座を持たせてゐたところで、何となく古寺の本堂で無理に騒いでゐるやうな心持ばかりして来る」



また、昭和14年に洲崎を訪れたという、画家の木村荘八はにこう書いとりいます。

「何しろこの遊廓の印象は何処も彼もヘンに森閑として薄暗く陰気でゐて、そのくせぬるい湯が沸くやうに、町のシンは沸々と色めいている。―ちょっと東京市内では他に似た感じの求め難いものである。
ぼくの乏しい連想でこれに似た感じのところは、京都の島原。それから強いていへば阿波の徳島の遊廓、三浦三崎の遊廓。さういふものに似てゐる。
市街地からエロティシズムだけ隔離して場末の箱に入れた感じだ。色気が八方ふさがりの一画に封じ込まれた為め、町が内訌してゐる塩梅だろう」

『洲崎の印象』より



この2つの引用に共通なのは、「やけにシーンとしている、どこかもの寂しい感じがする」っちゅーところでしょう。
吉原みたいに四六時中ワイワイ騒がしい所でもなく、昼に来たら人気のない森にでも来たよーな静けさがある所って感じやろか。
で、おもろいのは木村荘八のエッセイの「ぬるい湯が沸くやうに、町のシンは沸々と色めいている」「市街地からエロティシズムだけ隔離して場末の箱に入れた感じ」ってとこです。
これは「風俗街」を的確に短い言葉で表現したよーな表現、なかなかええ感じの表現やなーと、ブログとは言うても同じ「もの書き」として敬意を表しますわ。
強いて言うなら「ぬるい湯」は「無色だが何となくピンクの湯気」やったんやろなーと思います(笑


その洲崎も、徐々に戦争の影が忍び寄ります。
満州事変が起こった昭和初期から日中戦争が起こった頃は、出征する兵隊さんの童貞脱出、つまり「筆おろし」のために団体さんかつ大量に遊廓にかけつけて、洲崎遊廓も一種の「戦争バブル」のよーな事が起こりました。
『警視庁統計書』を明治時代から昭和まで、そこに書かれた数字をせっせとエクセルに入力しとったら、
貸座敷と娼妓数、客の数共に昭和初期が最高値になっとります。
そして、貸座敷の数だけやけど、「吉原並みの規模」を常に保ちながらも吉原があるために常にナンバー2の座に甘んじとった洲崎の見世の数が、昭和6年に吉原を抜くことになります。

貸座敷数 吉原:293軒
       洲崎:297軒


ここから太平洋戦争が始まった昭和16年までの間、洲崎は見世の数では悲願の(?)「東京一」を果たします。
昭和7年のデータによると、

●洲崎 貸座敷:306軒 娼妓数:2856人
(※洲崎遊廓の明治~戦前の娼妓数の最大数)

●吉原 貸座敷数:302軒 娼妓数:2915人

■松島 貸座敷数:256軒 娼妓数:3750人

■飛田 貸座敷数:234軒 娼妓数:3237人


出典:『警視庁統計書』(東京) 『大阪市統計書』(大阪)



おお、一時は貸座敷数・娼妓数・客数日本一の「遊廓三冠王」こと松島さえも抜いて、めでたく「日本一」になっとります。
もちろん、娼妓数などは松島のダントツ1位やし、新興遊郭の飛田がすごい勢いで増えてるけど、
数字を見てもここあたりが洲崎遊郭のピーク時やったと言うてええでしょう。
せやけど、実は大阪にゃ今の道頓堀あたりにあった「南五花街遊廓」ってのがあって、そこは
■南五花街 貸座敷:487軒 娼妓数:730人 (『大阪市統計書 昭和7年』
と洲崎を抜いてたりします。
ここは5つの町の花街や遊廓の連合体で一つの遊廓として登録されとるさかい、ある意味反則なんやけど、
「貸座敷免許地」は一つやさかい、残念ながら洲崎遊廓は「暫定日本一」ってことで(笑

そして戦争が泥沼になってアメリカとの戦争が始まって生活もかなり切り詰められた昭和18年10月31日、
海軍が石川島造船所の徴用工の寮にするために洲崎に明け渡しを要求、戦争中の国民総動員の時やさかい反対なんかしたらそれこそ「空気読め」な上に、軍からの「命令」やさかい逆らうわけにはいきません。
洲崎は海軍に明け渡され、業者たちは同業者が集まる別天地へと流浪していきます。

11092001

図で書くとこんな感じになります。
戦後の赤線として有名な武蔵新田は、元々は洲崎→羽田というルートから来てるわけで、洲崎の分家筋みたいなもんと言うてもよろしいかと。 

そして昭和20年3月10日のいわゆる「東京大空襲」で洲崎は敵の目標になって跡形もなく焼けてしまいます。
せやけど、終戦の半年後には洲崎の業者の一部が戻ってきたんか、
戦後は「洲崎半島」の右側半分、上の地図で赤く塗った部分のみが「赤線」として営業許可が下り、
残りは住宅街として再出発します。
「赤線」としての洲崎は、昭和29年にはカフェー220軒、従業婦800人という、全国的にも規模が大きい方なカフェー街になったんやけど、
(だいたい同じ時期の吉原が900人弱、大阪の松島が約1300人)
洲崎が今でも伝説の赤線として名を残しとるんは、赤線が廃止になる2年前に、

「洲崎パラダイス・赤信号」(日活)

ちゅー映画が上映された影響もあると思います。
三橋達也などが出演した「まっとうな」映画で、日活ポルノちゃいまっせ(笑
映画が上映された時、ここはもちろん「現役」やったのもあるけど、当時の雰囲気がよくわかる貴重な時代を映し出した映画になっとります。
もちろん、今はここにゃ何もあらへんけど、当時の映画で映った飲み屋街などは今でも残っとるそーです。
残念ながら、俺はスタミナ切れにつき探し当てることはできへんかったんやけどね・・・。

さて、洲崎ってどんなとこか一通り説明したとこで、洲崎探索行ってみよー。

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バランスが取れた食事を心がけよう

昨日から、ちょっと厄介なとこに

口内炎

が出来て苦しんどるBJのぶです。

どーも偏食傾向なんか、生まれてこのかた口内炎とは長いお付き合い、
最高で同時に3つくらい出来て泣きそうになることもあるんやけど、
今回のは、場所が場所なのか、とにかく口を動かしたら激痛が(汗
口を動かさんかったら、刺激せーへんのか何ともないんやけど、
ものを食べる時はおろか、飲む時タバコ吸う時しゃべる時、おまけに顔を洗う時にも激痛が~。
痛い、とにかく痛いのであります。

口内炎って、一般的に鉄分不足とかビタミン不足とかが原因って言われとるけど、
あれこれ調べてみたら、口内炎言うてもいろんな種類があって、
痛くない口内炎もあるんやな~と勉強になりましたわ。
色々調べてみる甲斐があるってこっちゃ。
我々が一般的に起こる口内炎は、「アフタ性口内炎」って言うらしいけど、
普通は3~1週間で炎症部分ごと消えるものの、それ以上の期間治らんかったら医者に行った方がいいとな。
せやけど、痛くない口内炎なんか今まで味わったことなんかないぞ~。
痛くない口内炎って、逆に妙に不気味な気がする、今口内炎で痛いよ~を連発しとる俺でした。

まあそりゃええとして、
今回は・・・やなくて、「も」偏食による栄養バランスの偏りが犯人とみなして、
もうあまりに痛いさかい急遽予定を変更して、晩御飯は外食にすることにしました。

今日の晩御飯は、近頃流行り(?)の大衆食堂式チェーン店。
最近、大阪が起源の、

「○○(←ここに地名が入る)食堂」

の名前でお馴染みの「まいどおおきに食堂」が全国展開をしとるけど、
今日はそこやのーて、関西、ちゅーか大阪と和歌山にしかない同じタイプのチェーン店のいも膳へ向かいました。
ちゅーか、いも膳って大阪と和歌山にしかなかったのか~。
個人的にゃ、ご飯おかわり自由のいも膳の方が好きなんやけど、
(「まいどおおきに食堂」も、ライバル店の近くにあるとこは、ご飯おかわり自由のとこもあります)
最近、「まいどおおきに食堂」に押されていまいち影が薄いよーな気がする。
いも膳の方が地元やと古かったはずなんやけどな!?

いつもやったら、自分が好きなおかず、それも肉食動物的な肉料理しか取らんのやけど、
今回は「口内炎治療」がメインやさかい、好き嫌い言わんと栄養バランスを考えて選んでみました。

080827 いも膳

見よ!

このバランスが取れ・・・とるんやろか、これ(笑
せやけど、自他共に認める偏食大王の俺が、ミネラル分豊富なひじきに、鉄分豊富なほうれん草を選んどるのがミソ。
ホンマは、これに味噌汁を加えたかったんやけど、すっかり忘れとりました(笑
これでしめて¥610、いつもやったら、
「ご飯+おかず2品」
で安く済ませようとしか考えてへんけど、今日は予算は度外視しときました。

もちろん、ご飯はおかわりして2杯分食ったんやけど、
如何せん口内炎が痛くて痛くて、口が動くたびに激痛で涙が・・・。
食べる時間が、いつもの4倍近くかかってまいました。いつものペースで食べようとしたら、口内炎が「直撃」するんか、飛び上がるくらい痛いし(涙
正直、今日は晩御飯言うても食べるのにかなり苦労しましたわ。

今日は、思い切って納豆に挑戦してみたろかな~と思ったんやけど、
店に着いておかず定めしとる間に怖気づいてまいました(笑
いつか、いつになるかわからんいつか、
「BJのぶ、納豆に挑戦」
ちゅータイトルの日記を見つけたら要チェック(?)

頼む、明日になったらケロリと治って欲しい~。
でもないと、水分摂られへんし。
神様の意地悪~(違

今日は痛いさかい、もうおとなしく寝ますzzz

消えた遊郭・赤線の跡を訪ねて 玉の井編

さて、トキオに着くんが予想以上に早くなってしもたさかい、どこで時間を潰そうかなーと思っとったんやけど、こんなこともあろうかと、ある本を今回の関東遠征で携帯しとりました。その本とは・・・。赤線跡を歩く―消えゆく夢の街を訪ねて (ちくま文庫)俺のライフワークの一つの「赤線跡を歩く」のバイブルみたいな本なんやけど、「赤線跡巡り」は大阪の貝塚・堺編を最後にしばらくご無沙汰になっとりました。せやけど、決して忘れ...
消えた赤線跡を訪ねて 鳩の街編




鳩の街探索を終えた後、昼ごはんを食べながら「赤線跡を歩く」を見てみたら・・・。
あれ?玉ノ井ってとこがめちゃ近いやん!
こりゃついでに行くっきゃあらへんな♪

ちゅーわけで、急遽予定を変更・・・って変更する予定もなかったけど、玉の井探索に向かいました。

急遽変更の予定やさかい、頼るは「赤線跡を歩く」の地図だけが頼りなんやけど、
歩いても歩いても、目的地には到着せず。

あれ?何かおかしいな。

「いろは通り」ってとこを目標に歩いとるんやけど、その入り口が全く見当たらず。
探すこと30分、せっかく回復した体力も限界、もう(探索)やめよかな?
いかんいかん、ここで諦めてどないする!負けじ魂を発揮せよ!
と思って、素直にコンビニでジモピー店員に聞いてみることにしました(笑

ソフトクリームを買ったついでに、

「いろは通りってここあたりですかね?」
「いや、あっちですよ」

あら、全然ちゃう方向を指差すし(汗
こりゃとんだ時間と体力の無駄遣い、素直に聞いたらよかったんやん(笑
しかしまあ、「赤線跡を歩く」の地図の曖昧なこと~。
せやけど本のせいにしたらあかん、事前にgoogle mapとかで調査せんかったツケやな。

ちゅーわけで、方向転換でそちらに向かったら・・・


080824 いろは通り2

やっと見つけた、「いろは通り」・・・。
「赤線跡を歩く」の写真と同じとこやし、それ以前に「いろは通り」って書いとるし。
疲れた~~!ちゅーわけで、探索前にしばし喫茶店に避難しました。
せやけど、この日はめちゃ暑かったんですわ。
暑さにゃ強いはずの俺も、直射日光が痛いくらいに皮膚に染みる暑さはちょっとこたえた。
もう年なのか・・・ってそりゃ禁句や(笑

で、喫茶店で体温を下げてたっぷり水分補給をしたとこで、本格的な探索開始!

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消えた遊郭・赤線の跡をゆく 鳩の街編

さて、トキオに着くんが予想以上に早くなってしもたさかい、
どこで時間を潰そうかなーと思っとったんやけど、
こんなこともあろうかと、ある本を今回の関東遠征で携帯しとりました。
その本とは・・・。

赤線跡を歩く―消えゆく夢の街を訪ねて (ちくま文庫)

俺のライフワークの一つの「赤線跡を歩く」のバイブルみたいな本なんやけど、
「赤線跡巡り」は大阪の貝塚・堺編を最後にしばらくご無沙汰になっとりました。
せやけど、決して忘れとったわけやのーて、資料代わりにしとったサイトが閉鎖されてなくなってしもて、情報が急に乏しくなってしもたのと、
私生活が慌しくなってしもて、情報収集の時間がなくなってしもただけのことなんやけど、
そないしとるうちに「赤線」の跡の建物は、俺の気持ちとは裏腹に容赦なくなくなっていっとります。

今回の関東遠征はこれがメインちゃうかったんやけど、
「もしかして、時間があったら・・・」
と思って本を持って来たんが大正解、ちゅーか、
「せっかく東京まで来たんやから、ちょっと回ってこい」
ちゅー神様の思し召しか!?

で、「赤線」って何ぞや!?
ってしばらく書いてへんかったさかい、もう一回説明せなあかんと思うけど、
赤線とは、メチャクチャ簡潔に説明したら、昔の風俗街のことなんやけど、
その昔、風俗は公認として堂々と行われとりました。
古めかしい言い方したら、「遊郭」とかそんな感じなんやけど、
戦前は確かにそないな言い方をしとりました。
で、戦争が終わってGHQがいったんは売春などの制度を廃止したものの、
逆にモグリの風俗(今もタテマエ上は違法やさかいすべてモグリやけどね)が増殖して性病も蔓延、おまけに性犯罪も多発してしまい、「こりゃあかん」と結局は復活させることになります。
そこで、行政が「ここに風俗街を作ってよし」ちゅー区画を作って、警察の公認をもろた所を「赤線」と言うとったんですわ。
「赤線」ちゅー名前の由来は、警察が内部の地図に、その範囲を赤い線で囲ったことが語源と言われとります。
ちなみに、警察の公認をもらってへん非公認風俗地帯や、ストリートガールみたいな私娼がウロウロしとったとこは、「青線」と言われとりました。
もちろん合法の「赤線」と違い「青線」は違法やけど、事実上の黙認状態やったと言います。
(今の風俗産業も、当時の区分けで言うたら「青線」になります)

ちなみに、赤線は営業免許上は「特殊飲食店」、つまり「メシ屋」とか「喫茶店」として許可もらっとったさかい、
今でも風俗とかで働いとる人をニュースとかで「飲食店勤務」とか報道されるけど、
これは赤線の「特殊飲食店」の名残やと言われとります。
(ちゅーか、今でも「現役」の店も「飲食店」として営業許可もらっとるさかいに)

赤線は、昭和31年に「売春防止法」が施行されて、
赤線最後の日である昭和33年3月31日を過ぎて表向きにゃ廃止されるんやけど、
昭和28年の労働省のデータによると、全国の赤線は630ヶ所、女性の数は59000人。
(もちろん「赤線」は政府公認の合法やさかい、ちゃんと労働省がデータを取ってます)
これはあくまで「赤線」だけの数やさかい、「青線」も入れたら50万人はいたのではないか、と言われとりました。
あんまし大きい声じゃ言われへんけど、うちの家から徒歩で行ける距離にも「元赤線」があって、さらに「現役」やし(笑
今はもちろん表向きは「あったらあかん」もんやけど、
人間の欲望、ちゅーか本能ちゅーもんはそんな法律の紙切れ一枚でなくなるもんじゃございません。
「赤線」から今でも現役のとこもあるけど、たいていの場所は売春防止法で普通の料理屋とか旅館とかに変わっていったんやけど、
別に俺は今からスケベーな話をしよーとしとるわけやないでっせ(笑

その時、目立たせるためか、警察や行政の指導で目立つよーな建物にしろと言われたためか、
当時の赤線の建物は、きらびやかで個性的な建物が並んどったそーな。
それを俗に「カフェー建築」って言うとるんやけど、
これがまあ、派手というかケバいというかゲージツというか、実に個性的な作りになっとるんですわ。
元々洋風建築とか萌えな俺は、この「カフェー建築」を見て、
心の底にある血が騒いだちゅーか、まあ惹かれてしもて、
主に大阪とかの近場を回って、今でもわずかに残る「カフェー建築」の影を訪ねるワークをしとったわけやけど、
今回は初関東探索になりました。

ちゅーわけで、スケベーな話を期待しとった方、残念でした~。
俺は「現役」にゃ特に興味ありませぬ(笑

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BJのぶの関東見聞録!? 大阪~トキオ道中編

さて、また久しぶりの更新になってまいました(汗
決してサボっとるわけやないんやけど、
「ええ日記書かんとあかんな~」
と思っとったら、それがプレッシャーになったり、関東へぶらり一人旅したりしとったんですわ。
そう、今回のお題は、


関東遠征

でございます。
関東言うても、神奈川県やったら去年も行ったんやけど、
東京都に入ったんはざっと2年半ぶりちゅーご無沙汰さ。
盆の最中に無理矢理休暇もろて行ってきましたで、関東へ!
そして、ネタ満載(?)で帰ってきました(笑
ちゅーわけで、しばらくは関東遠征物語でお楽しみ下さいましm(__)m

さて、8月12日に仕事が終わっていったん家に帰り、
1時間くらい休憩した後すぐに関東へ向けて出発。
今回は、スケジュールの都合で高速をふんだんに使わせてもらったんやけど、
一般道走破のポリシーは横にいったん(-_-)/■ オイトイテ
たまにゃETCカード使わんとカードが腐りそうやさかいにな~(笑
とか言いつつ、松原の西名阪との合流地点まではちゃっかり一般道で行って、
阪和道の深夜早朝割引の250円をケチった俺(爆

西名阪→名阪国道へ行ったとこで、ガソリンのセグは残り1つ。
プリウスやったら、「給油せんかい~」ってマークが出ても、まあ100kmは走れるさかい、
慌てて給油する必要はあらへんのやけど、今回は長距離やさかい念のために名阪国道途中のGSで、残り1セグ残して給油しました。

080819 給油

今回は、

33.4km/L 距離1222km

で給油したけど、まあこのままやったら1000mileは絶望的やさかいこれで満足満足♪
これでガソリンの憂いはなくなった、あとはひたすら東へ向かうのみ~。

マイプリは名阪国道を越えて東名阪→伊勢湾岸道を通って、伊勢湾岸道は「クルコンMAX」でぶっちぎり、
そして東名高速へ。
あとはトキオまでまっすぐなんやけど、ここで猛烈な眠気が・・・zzz
一般道やと全然眠くならへんのやけど、高速は道が単調なせいかすぐ眠くなってまいますわ。
無理してトキオに着く前に事故ったら意味ないさかい、
「金持ちケンカせず」とばかりに、どっかわからんSAに入ってそのまま爆睡・・・zzz

そして、起きたら朝4時半。
まだまだ寝てもよかったんやけど、気分は小学生の遠足やさかいこれでお目目パッチリ♪
で、ふと見たら、このSAにゃ中に吉野家があるやないですか~。
道路も民営化されてから色々試行錯誤を重ねとるみたいやけど、
吉野家とかコンビニが入ったSAやPAはもはや珍しいっちゅーことはなくなりましたな。
で、腹が減っては高速走れぬ、車の前に運転手がガス欠しそうやさかい、吉野家でしばし朝食タイムになりました。

せやけど、ここの吉野家がまたコミカルっちゅーか何ちゅーか、
まずは、客が比較的多いのに、カウンターはスタッフ一人で切り盛りしとりました。
客の注文があっちこっちから来とるせいか、客以上にスタッフが殺気だっとって、
「並いっちょ~!」
の声が裏返っとるやん(笑
おまけに、俺のとこにオーダーはこえへんし、「お~い」って言うても来ない・・・。
まあ忙しそうやさかいしゃーないかー、とのんびり待つこと3分くらいでやっと来たけど、
牛焼肉定食を頼んだら、「牛焼肉定食 並みですね」って確認した矢先、
「牛すきいっちょ~!」
おーーーーーーい!俺が頼んだんは「牛焼肉定食」じゃ~~~!
日本語わかる?Do you speak Japanese?
スタッフのおばちゃん、かなりパニクっとるみたいです・・・(汗
おまけに、水も来ない有様で、申し訳ないなーと思いつつ、「お茶お願いします」って言うたらお冷が来ました(笑
俺が頼んだんはお茶なんやけど、まあええか~。

で、待つこと5分以上でやっと来たんやけど、まだおばちゃんパニクっとる模様・・・。

パニックおばちゃんに「頑張れよ、グッドラック」と心の中で言い、俺は引き続きGO EAST。
高速っちゅーのはやっぱり早いもんで、夜が明けて3時間も走ったら、

ポン♪神奈川県に入りました

とナビのありがたい声。
まるで、あの長~~~い静岡県をワープしたよーに早かった。
この調子やとトキオに着くんは朝の9時前、こりゃなんぼなんでもはよ着きすぎ。
ここで、クルコンを90km/hくらいにスピードダウンしてまったり走りにチェンジしたんやけど、
対向車線の西行きは、厚木あたりからずっと数珠繋ぎの渋滞。
対して、こっちはガラガラ。
運命の分かれ道とはこのことか!?

奇跡か、それとも当然なのか、渋滞らしい渋滞はほとんど経験せずに、
ついに前に

東京

の文字が。

ト~キ~オ~♪

トキオが空を飛ぶ~♪

って歌いたくなるくらい嬉しかったです(笑
ついに着いてもーたか、トキオに。

080819 燃費

首都高が渋滞らしかったさかい、途中で高速を降りて一般道に入ったんやけど、
だいたい東京駅近くまで来た時の燃費が上の通り。

今回の大阪~トキオの燃費は、

30.19km/L  距離:524km

でした。
行程は高速が90%以上、それもいつものクルコン80やのーて、90~MAXの変幻自在の速度やったのに、
これで30km/Lオーバーとは上等上等、ちゅーか、今回は原則燃費無視で望んださかい、25km/L出せたら上等やろ、と思っとったけど、
「燃費無視じゃ~!」って偉そうなこと言うときながら、
やっぱり心のどっかで燃費を意識したんやろな~(笑
もう俺は燃費無視の「極プリ」にゃ戻られへんのやろか・・・、神様教えて(-人-)

せやけど、トキオにゃ昼過ぎに着く予定が、何と9時過ぎに着いてまいました(汗
ちょいと予定が、ええのか悪いのかわからんけど狂ってしもたさかい、
急遽予定を変更して、

ある所

へと向かいました。

さて、ここでクエスチョンです、俺が言う「ある所」とはどこでしょうか? ←世界ふしぎ発見風

その答えは・・・


次へ続く(笑

今日のラッキー♪(BlogPet)

のぶの「今日のラッキー♪」のまねしてかいてみるね

今日はありませぬ。

*このエントリは、ブログペットの「のぶりん2」が書きました。

今日のラッキー♪

今日はちょっと夏バテ(?)で気分が悪いBJのぶです。
体が動かんし、胃がもたれて食欲なし・・・。
こんなクソ暑いのにノーエアコンで車運転するからやって?
いやいや、たぶん食いすぎか!?(汗
それより、
「またブログネタが見つかった♪」
と自分の身体をネタにしそーになる自分が恨めしい(笑


★ラッキーその1


今日ちょいと買い物ついでにドライブに行っとったら、
滅多に見ーへん、和泉ナンバーMC前赤プリを3台も見ました♪
うちの界隈、こんなに赤プリが多かったんかいな!?



★ラッキーその2

ドライブ途中、小腹がすいてきたさかい、
ちょっといか焼きでも食おうかと思ってたこ焼きの店に入っていか焼きをほうばっとったら、

「にーちゃん、これ食べ。売れ残ってカチンコチンになったもんやけど」

って、たこ焼き20個タダで食えた~♪
確かに外がカリカリやったけど、別に賞味期限過ぎて腐っとるわけちゃうかったさかい、「アウトレットたこ焼き」をタダで食えたこのラッキーさ。
おかげさまで、小腹を満たしたどころか満腹になりました~。
せやけど、サングラスかけて汗かきながらいか焼きと大量のたこ焼き食う俺って傍目から見たら変?(笑


★ラッキーその3

その帰り、マイプリの後ろに堺ナムバーの銀プリがついてきました。
それだけやったら「よくあること」やけど、
信号で止まっとったら、ドライバーと助手席の誰かさんがマイプリを指差して、
デジカメ持ってパシャパシャ写真を撮っとるやあ~りませんか。
おまけに、俺がバックミラー見たら手を止める始末(笑
どこのどなたさんかわからんけど、さてマイプリのおケツがどこのブログに晒されとるんやろか?
今からちょいとブログサーフィンしてみるか(爆

うーん、その3はラッキーなのか、それは今のとこ定かではありませぬ。

信号の向きが・・・

富山に行ってビックリしたこと。
富山県に入った瞬間・・・


080808

あれ????

信号がやん(汗

隣の石川県は、大阪と同じよーに横やのに。
これにゃちょいとビックリしてまいました。
2年前に富山に来た時はほとんど意識してへんかったけど、
これはプチカルチャーショック(笑

後で聞いてみたら、これは雪よけのために信号を縦にしとるらしゅーて、
改めて見たら岐阜県の内陸部も同じく縦でした。

せやけど、右折可の緑矢印の位置が大阪人の俺にゃどーも違和感がある(笑


で、今日は2008年8月8日、8並びの日でんな~♪
日本じゃ8って特に何もない数字やけど、中国じゃ9と並んでえらい縁起がええ数字で、
「八」が「発」(発展する、繁盛するなど)と発音が近いことから縁起がええ数字になっとるそーな。
今日は北京オリンピックの開会式の日やけど、まさしくこれを狙ったに違いない。

今日がええ日でありますよ~に(-人-)

せやけど、FC2ブログはタイマー日記があるさかい、

2008年8月8日 8:08

に日記上げりゃよかったか!?
如何せん、気づいたんが今やったさかい(笑

富山ライトレール

滑川を出発した俺は、JRに乗って富山へと戻って行きました。
で、なんで富山までのJRレポートがないんやって?
はははは、実はJRの電車に乗った瞬間、猛烈な津波のよーな眠気が襲ってきて、
列車が滑川を出発した途端に意識を失って爆睡モードに・・・zzz
そして気づいたら富山でした(笑

乗った電車がたまたま富山止まりで、車掌に「起きて下さい~」って起こされたから良かったものの、
もし金沢行きとかやったら、そのまま金沢とかまで爆睡やったやろな~(汗
そして、そのまま大阪へ・・・はあり得へんっちゅーねん。

まあそれはええとして、
富山に戻った次の「鉄巡り」は、これでございます。




080805 富山LR1

これは富山ライトレール言うて、富山を走るLRTでございます。
LRTって何やねん、と言うと、

Light Rail Transit

を略したもんで、
メチャクチャ簡単に、「鉄分」ゼロの人にずばり一言で説明したら、
「チンチン電車と普通の電車の中間」
って言うことができます。
チンチン電車より大量に輸送できて高速、更に電車より低コスト、
都市内やその郊外を結ぶことを目的にした新世代交通システムで、
世界中で注目されとる電車でもあります。

LRT先進国と言われとるドイツじゃ、こんなタイプの電車がバンバン走っとって、
いちばんビックリしたんが、ドイツのある町の地下鉄で電車を待っとったら、来たのがLRT。
「へ?チンチン電車が地下鉄かい?」
(※LRTは厳密に言うたらチンチン電車ではございません)
って、「鉄」な俺もちょっとビックリやったんやけど、
ドイツじゃLRTが地下鉄の路線に乗り入れて町の中心部まで行くんは珍しいことやのーて、
郊外は地上に上がって専用線を走って、中心部はヘタに「チンチン電車化」するより、地下鉄に乗り入れてしまえ~、
ちゅー発想とかなんとか、後で本を見て調べてみて知りました。
また、郊外にデカい駐車場を設置して、そこから町の中心部までをLRTが結び、町に車を入れさせへんことによって、エコにも貢献しとる例もあります。
せやけど、日本的な発想でものを考えたら、地下鉄で電車待っとったらこのタイプの電車が来るとめちゃビックリしまっせ。これぞカルチャーショック(笑

LRTに関しては日本は残念ながら先進国どころか発展途上国やけど、
エネルギー問題とかからこのLRTが研究されとって、この富山ライトレールがLRT専用線としてはその先駆けになっとります。
今回、富山のライトレールに乗った理由は、もちろん鉄乗り潰しもあるんやけど、
もう一つの理由は、うちの地元堺も町の東西を結ぶLRTが計画されとって、
臨海工業地帯に実験線も出来とります。
そのためにも、ちょっと日本のLRTと言うもんも乗ってみようかな、ちゅー気になったというわけもあります。

[富山ライトレール]の続きを読む

滑川 竜宮祭り

さて、まだまだ続く富山の旅シリーズでございます。
もうええ加減にせいって?そんなこと言われてもスルーしてまだまだ続きます(笑

富山地鉄で滑川まで着いた俺やけど、何故滑川にしたのか?それは・・・

特に意味はなし(笑

単に、富山に戻る時に単純往復はムダやな、と思って、
JRと乗り換えが出来る駅で降りよう、と思っただけなんやけど、
それがたまたま滑川やっただけです~。

で、滑川でJRに乗り換えて、のんびり富山まで戻るか、とJR側まで行って時刻表見てみたら、
なんと!

約40分電車がない(笑

うーむ、これは困った、うちの最寄路線みたいに10分おきに電車が来るって感覚やったのはヒミツです。
その間、ボケーっとしとくのも何やし、ここまで来たさかいちょっと駅前をブラブラするか~。
と思ったんやけど、
駅前にゃ暇をつぶせるもんが何もなし・・・(汗
しゃーないさかい、駅前の小道をブラブラ散歩しとったんやけど、
滑川って名前はそこそこ知れとっても駅前界隈は至って静かな住宅街みたいな感じで、
もしかして、駅が市街地から離れとるんかな?

そしてあれこれウロウロしとったら、どーやら駅前の道の先に道の駅があるとか。
道の先を見たら何か遠そうやし、おまけに天気は雲ひとつないカンカン照り、恨めしいくらいの夏真っ盛り。
タダでさえ不眠不休で疲労がきとるのに、ヘタしたら熱中症で倒れるかも!?
と思ったんやけど、やっぱヒマにゃ勝たれへんかった(笑

ちゅーわけで、熱中症上等で道の駅へGO!

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    今日も明日も明後日も(?)大阪弁パワー全開!?
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