のぶログ (THE WEBLOG WITH OSAKA DIALECT)

大阪人の、大阪人による、大阪人のため・・・だけやないBlogでっせ。 愛車プリウスのこととか以前住んでた中国のこととか、色んなことを大阪弁トークでハイパーテンションで書いていきまっせ〜。

赤穂に行ってきました

先日の日曜日、兵庫県の西の端の赤穂に行ってきました。
一つ西の岡山県の日生(こない書いて「ひなせ」と読む)でプリウスのオフがあったんで、そのついでと言いたら何やけど、
せっかくある意味有名な場所を通るんで、とちょっとだけ観光してきました。

さて、皆さんは赤穂と来たら何を想像しはるでしょうか?
まずは、「忠臣蔵」を想像する人がいるかもしれへんかな?
浅野内匠頭(浅野長矩)が切腹を命じられて赤穂浪士が仇を討つとばかりに吉良上野介(吉良義央)を討った、年末のスペシャル番組恒例のあれのことやけど、
その浅野内匠頭は赤穂藩の藩主で、赤穂一帯を治めていたのです。

080709 赤穂城1


080709 赤穂城2

上の画像が赤穂城なんやけど、明治になって荒れ放題だった城を昭和・平成と修復してまだ完全に修復完了してへんみたいですわ。
当時としてはけっこう贅沢な作りの城だったらしゅーて、塩でかなり財政が潤ってたとは言えこの建築費が財政を圧迫してたそうな。
中に入ってもけっこう広くて、5万石の割には広々とした城やなーというのが感想ですわ。

080709 大石神社1


で、その横には、「大石神社」なるものがあります。
大石とは、もちろん忠臣蔵の大石内蔵助(大石良雄)のことで、ちゃんと神様になっとったとは日本の多神教信仰も恐るべし。
この大石神社も境内はけっこう広く、参拝者も多いみたいで忠臣蔵が如何に日本人好みの物語かということがうかがい知れますわな。
ここで、巫女のおねーちゃんがかわいかったのでちょっとおみくじを引いてみました。
そこにはこう書かれとりました。

「何事も進んですることはいけません。心静かに諸事控え目にしてこれまでの職業を守り、身を謹んで勉強なさい。そのうちに悪い運気去って幸福の時来ます」

なるへそ、確かに今の身を考えてみたら動く時やなさそうやな・・・。慌てず落ち着いて勉強にいそしむべし、ってことやな。
さて、いつまで「身を謹んで」いれば運気が去るのかが問題やけど、しばらくは身を謹んどくか(笑
更に、学問のとこを見ると、

「早めに目標を定め全力を尽くせ」

なるほど、そろそろ目標を一点に定めて一点集中しろってことか(汗

恋愛のとこを見てみたら、

「期待つよすぎると来ない。感情を抑え慎重に」


はーい、しばらく期待せんことにしますわ(笑

080709 大石神社2


まあおみくじの話はさておいて、この大石神社の入り口にゃ、「赤穂四十七士」の石像(?)が参拝者を威嚇・・・やなかった、歓迎しとります。
実は、大石内蔵助の子孫はきっちりおって、確か今の直系の子孫は関西の某所の市役所でお勤めやったと記憶しとるんやけど、
大石神社の大石内蔵助の像もその子孫の方が寄付したみたいですわ。
その他の像も浪士と寄付者の苗字が同じなんが多かったから、たぶん子孫の方が寄付したんでしょう。
日本は戦国大名でもこういう人たちでも、意外なくらいに子孫が生き残っとって、歴史じゃ「滅亡しました」で済まされる大名も、こっそり生き延びていたりします。
小田原の北条とか山形にいた最上とかは、歴史の表舞台から消えても子孫はきっちり生き残っていて、日本って関係者以外は殺さへんのやな、と思ったりします。
中国だったら一家どころか一族根絶やしやもんな・・・冷や汗
確か、浅野内匠頭も弟が家を継いで子孫が生き残ってるはずやったと思うんやけど、これは記憶違いやったらごめんなちゃい。

忠臣蔵ファンはもちろん、歴史が好きな人もこういう場所を訪れてみると面白いかも。

で、赤穂とくれば、忠臣蔵の他に何があるかと言うと、もちろん「塩」。
赤穂とくれば塩、塩とくれば赤穂、というくらい有名なものですが、せっかく来たのだから塩でも買って行こう・・・というか親に買ってこいと言われたのですが、
赤穂は塩の産地だからそんなものコンビニにでも売ってるやろ・・・と思ったらそれが大誤算!
何と!どこにも売ってね〜じゃね〜か〜(怒
赤穂市よ、ちゃんと塩くらい土産物屋に置いとかんかい、以上(笑
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