歴史の勉強とは2008-06-10 Tue 13:41
とある人にいきなり質問されてまいました(汗
「歴史の勉強って何するの?」 「そんなん勉強して面白い?」 とは確かによー聞かれたりしま。 昔から、家族の影響か何か知らんけど、歴史が大好きで今でも大河ドラマ見とったら、 「私の織田信長論」 「俺の徳川家康論」 がぶつかって、家族でテレビそっちのけで討論になることもあります(笑 今でもあれこれ歴史のお勉強をしとる毎日(?)やけど、 さて歴史を勉強して何になるんか? 答えは簡単そーで難しかったりしま。 確かに、興味あらへん人にとっては、 「そんな埃かぶった書物読んだりして何がおもろいん?」 と思うかもしれまへん。 興味あらへん人を無理矢理誘うつもりはあらへんけど、 かの司馬遼太郎がその答えを書いてくれとります。 「それは大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこに詰め込まれている世界なのです」 (『21世紀に生きる子供たちへ』 より) これはまさに絵に描いたよーな模範解答、さすが司馬遼太郎とうならせるもんがあります。 そう、歴史って「19XX年、◎○が起こった」だけが歴史やおまへん、ちゅーかそんなん面白くも何ともあらへんし。 たぶん学校の授業でこんなんばっかしやって歴史が嫌いになった人もおると思いますわ(笑 歴史って人間ドラマの宝庫、それも何万人、何千万人、何億人もの人のドラマでやんす。 せやさかい、歴史って一種の人間学の学問やと思います。 色んな本を読んでいったら、そこにゃ昔生きた人の生の声があったり、 成功談や失敗談など、昔の人が何を考えどう行動したんか、そういうカプセルみたいなもんやと。 これも司馬遼太郎の言葉やけど、 「私には、何万人もの『書物の中の友人』がいます」 そう、歴史の中の人と対話ができるんです。 「ほな、そんなん調べてどないすんの?」 と言われるやろーけど、 人間って、進化しとるよーで実は全然進化してへん生き物なんですわ(笑 人間として根本的なもんは数千年前とほとんど変わってへんさかい、 「過去を見ることによって、実は未来を見ることができる」 ちゅーことも言いすぎやあらへんよーな気がします。 歴史を知るんと知らんのとは、見方の違いに大きな影響を及ぼすと思います。 例えば、昨今の殺人事件が多い世の中、 「もう日本はダメだ」「治安が悪くなった」 ちゅー声があちこちから聞こえとるけど、 数字(犯罪件数)だけやったら昭和20年代の方がよっぽど荒れとったし、 凶悪事件は何も今始まったもんやおまへん。 そーゆーのは「事件史」ちゅー事件の歴史を調べたらすぐわかることで、 ただただ悲観してため息ついとるのもどうかな、と思ったりもします。 歴史っちゅーのは、そういう視野を大きく広げるのに役に立つんやと思いますわ。 「頭の中の引き出し」を増やすことによって、色んな角度から物事を見ることができるし、 「それってちゃうんちゃうの?」と異議を唱えることもできます。 今のワシのテーマに、 「何で太平洋戦争って起こったん?」 ちゅーのがあります。 これを調べ出したらキリのーて、昔の世相から軍隊の動き、経済から何から何まで調べなあかんで、 こないして日記書いとる場合でもなかったりして(笑 せやけど、他愛もないテーマを調べてみると、これがメチャクチャ面白くて、 今まで見てもわけわからんかった資料とかも、こないして調べていくことによって点が線になって、そして線が集まって面になって、 「そうか!」 と何かがひらめいたりします。 このテーマの答えは一つやないはずやけど、 答えの一つに、 「日露戦争の日本海海戦」 があったりします。 「え?なんで?」 と思ったりするでしょ?この「なんで?」が大切なんですわ。 日本海海戦って、日本とロシアの軍艦が日本海(厳密に言うたら対馬沖やさかい、「対馬海戦」とも言われとります)で戦ったあれやけど、 あれは世界の海戦の歴史でも稀に見る「完全勝利」でした。 野球で言うたら一人のランナーも出さん完全試合みたいなもんですわな。 普通やったら、「めでたしめでたし」で終わるはずなんやけど、 歴史の教訓に、 「成功からは何も学べない」 ちゅーのがあります。 日本はこの完全勝利で「やれば出来るやん」と感じたことはええんやけど、 その後があきまへん。 日露戦争で完全に日本人が自惚れてしもたからですわ。 「大和民族がどうだの」「気合と精神力」は日露戦争の後から言われ始めたもんで、 日本が非科学的になってしもて、「無理が押せば道理が引っ込む」ことになってまいました。 そして昭和になってもそれは変わらんどころか、ロケットエンジンでもつけたかのよーに加速していき、 結局は自滅した、ちゅー結果になってまいました。 その根本は日本海海戦にあり、ちゅー仮説なんやけど、 連合艦隊の解散式の時、東郷は言いました。 「勝って兜の緒を締めよ」 つまり「勝ったからって自惚れるな」ちゅーことで、それを聞いた当時のルーズベルト大統領(太平洋戦争の時のフランクリン=ルーズベルトじゃございませぬ)が感激して、 英訳してアメリカ軍とイギリスの王様に配布したこともあったけど、 日本はそれとは逆に自惚れ街道をまっしぐら。 東郷平八郎は昭和になっても生きとって、海軍の中の「神聖にして犯すべからず」的な存在になってしもたんやけど、 晩年はモウロクしてしもてフレキシブルな考えができへんよーになって、 間接的ながら日本を滅ぼす原動力にもなってしもたのは非常に残念なことですわ。 要するに、 「自惚れは人はおろか国を滅ぼす素になる」 ちゅーことですやろな。 司馬遼太郎が「坂の上の雲」で言いたかった一つはこれやと思うし、 夏目漱石も日露戦争後の日本人の変化を何かしらで読み取ったらしゅーて、 『三四郎』の登場人物に意味深なことを言わせとります。 歴史の勉強は過去に生きた数々の人間ドラマが埋もれとる宝箱、 人にゃ悩みとか逆境とか、常に煩悩と共に生きとる言うても過言やない生物やけど、 その答えはたいてい歴史のどっかにあったりします。 調べて行ったらキリないと思うけど、その前と後じゃ自分が何か変わっとるかもしれまへん。 |
