インターネットの功罪!?2005-12-15 Thu 20:48
ワシがインターネットをし始めたんが、確か6年前くらいやったはずですわ。
世界中を渡り歩こうと決意してそれを実行してた時なんやけど、 旅先で会う人からくまなくもらってたのが、メールアドレスでしたわ。 せやけど、当時ネットとEメールっちゅー言葉は知ってても、実際はパソコンすら触ったことあらへんかったさかい、 「メールアドレスもらっても・・・」 って気持ちはありました。 当時、メールアドレスを持つにゃ、インターネットサービス業者、要するにプロバイダに加入せんともらわれへんって勝手に思い込んでたさかい、 ワシとはしばらく縁あらへんやろな、と思ってましたんやわ。 せやけど、それを180度変えることになったんが、 ある日本人との出会いでした。 その名は、仮にS君としときまひょ。 S君は当時関西の某大学の経営情報学部で勉強してた学生で、ワシより3つか4つ年下でした。 シベリア鉄道の中で出会ったんが始まりで、お互い日本人に飢えてたせいか、一気に意気投合。 モスクワを一緒に回ってそこで分かれたんやけど、某国で偶然再会して、 それからは数ヶ月間一緒にヨーロッパを旅しとりました。 そして、彼との出会いがワシの今のネット生活のきっかけを作る大きなきっかけになりました。 彼はよーネットカフェに行ってたんやけど、理由を聞いたらメールチェックとのこと。 で、いろいろ話をしてたら、どーやらフリーメールっちゅー存在があって、 そこで登録したらパソコン持ってへんでも、プロバイダに登録せんでもメールできるとのこと。 それがHotmailやったんやけど、パソコンすら触ったことあらへんさかい、最初は彼に作ってもろて、 メールアドレスはそのまま本名をローマ字にしただけのシンプルなもの。 まあメールできたらそれでええわーと思ってたものの、 試しにそのアドレスで、旅先で出会った人たちにメールを送ってみたら、 1時間で3通の返事が返ってきたやないですか! この、言葉ではよー書かれへん感動は、今でもはっきりと覚えとりますわ。 最初にメールアドを作った場所は、チェコのプラハやったんやけど、 当時はWinXPなんかあるはずもなく、日本語も文字化けするさかい、メールはすべてローマ字で送っとりました。 それからずっと、旅先でネットカフェを見つけてはメールやってたんやけど、 そこである不満が沸き起こりました。 そう、メールアドレスでございます。 こんな単純なメールアドレスなんかイヤじゃ〜〜!とは、作ってくれたS君には悪いけど、 彼も賢い人物で、ワシの不満を薄々察したらしく、 「兄貴(←S君はワシのことをこう呼んでました)、あのアドレスじゃたぶん満足してないでしょ? それなら新しいアドレス作ればいいですよー」 と言ってくれたさかい、ワシの罪悪感はその言葉で消えました。 メールアドレスの作り方は、S君が作ってくれた時に後ろからカンニングしてたさかい、 もう一人でも作れるよーにはなってましたわ。 そこでS君と別行動の際にネットカフェに向かって、新しいアドレスを作ることにしました。 そこで作ったのが、今でもつこてる「パルプンテのぶ」でした。 実は、今でもハンドルネームで何気につこてたり、このブログのアドレスでもある「パルプンテのぶ」の命名者はこのS君で、 そのきっかけは省略するけど、彼の何気ない一言がきっかけでしたわ。 その一言が今でもネットでつこてるとは、人生わからんもんやな。 それで新しいアドレスを作って、それで第一号にS君にメールを出してあげたんやけど、 それから数分後に、 「aniki! mou adresstukuttandesuka! haya!」 (兄貴!もうアドレス作ったんですか!早!) ってなメールが来ました。後で聞いたら、彼もどーやら別のネットカフェでメールチェックしてたとこで、 偶然ながら手紙とは比べ物にならん激早レスで、これまたネットの凄さを思い知りましたわ。 その彼が、旅の途中で「ネットとは何ぞや」ちゅーことをずっと力説してくれてたんやけど、 いつも言ってたことは、 「ネットは産業革命に等しいですよ」 ちゅーことでした。 17世紀、イギリスで始まったと言われる産業革命で、人間の生活は大きく変わりました。 それと同じで、ネットで人間の生活が大きく変わる、ってことをS君は言いたかったんやろー、 おかげで、もうネットなしの生活なんか考えられまへんわ。そして、おかげで慢性寝不足状態になっとりま(笑 で、それから6年、パソコンどころかキーボードすらほとんど触ったことあらへんかったワシも、 こないな感じでブログながら自分の城を持つまでになってまいました。 |
