のぶログ (THE WEBLOG WITH OSAKA DIALECT)

大阪人の、大阪人による、大阪人のため・・・だけやないBlogでっせ。 愛車プリウスのこととか以前住んでた中国のこととか、色んなことを大阪弁トークでハイパーテンションで書いていきまっせ〜。

初心者プリ発見!

赤プリ


今日は仕事が立て込んで1日中バタバタしててタバコ吸いに行くヒマさえなかったんやけど、
ちょっと隙間ができた午後のひと時、外にタバコを吸いに行きましたんやわ。
会社にゃ喫煙室はあるんやけど、「タバコを吸いながら軽い打ち合わせ室」になってもーて、ゆっくり吸えたもんやありまへん。
せやさかい、いつも外まで吸いに行くんやけど、
優雅に久しぶりの一服をしてたら、狭い道を一台の赤プリが。
狭い道っちゅーんはあるものの、なんか運転が怪しい。
免許取ってまだ5年もたってへんワシ(でもゴールドでっせ)が言うんも何やけど、ちょっと危なっかしいっちゅーか何ちゅーか。
よく見たら、前にドドドンと初心者マークが。
運転手を見たら、どーやらいかにも免許取立てです♪ちゅーよーな若い女の子が。
隣にゃお母さんらしい女性が乗ってて、あれこれ娘(!?)に指示を送っとりました。
ワシとの距離は1mもあらへんとこで信号停止したんやけど、
運転手、やっぱ取り立てか、ハンドル握りながら顔が引きずってましたわ。
止まっててもエンジンかかりっぱなしってことは、暖機中か?それともアイドリングチェック中か?
初々しいな〜と思って、タバコ吸いながら流し目で見てたら、信号が青になって、いつの間にかエンジンが止まってたプリはゆっくり、
いや、ゆっくり以下のトロトロ速度でおそるおそる出発。
後ろの軽トラのおっちゃんが、はよ行かんかい!ってな顔でついて行きました。
携帯でおねーちゃん赤プリの写真を撮ろうと思たんやけど、
こんな時に限って携帯の電源切れとるがな。
上の画像は、赤プリゆーても今回の記事とは関係おまへんで。

今まで、オフ会抜きでもプリウスの姿はよー見てきたけど、
初心者マークを貼ったプリウスは初めて見ましたわ。
ついでに若い女の子がプリを運転しとる姿は、これが2回目。
前に青プリを軽快に運転する20代前半の女の子(あくまで推定)とすれ違って、
わ〜い、おねーさん待って〜♪とばかりにストーキングしようと思ってUターンしよーと思ったら、対向車が来て怒られました(笑
若いプリ乗りの女の子がおったら、個人的にメール下さい。対象は20代前半〜30代前半です。嫁候補として考えときます(オイ

たぶん、運転で全神経集中しとって、プリウスがどーだのハイブリッドがどーだの感じとる場合やなかったと思うけど、
初心者でプリを運転できるってええことでんなー。
これで目覚めてご購入いただけることを祈って・・・ってまだ早いか。
もちろん、恐る恐る運転してるおねーちゃんに、
「頑張れよ〜」
と心の中でエールを送ったことは言うまでもおまへん。
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阪神大震災回想録

今、テレビで地震の特集やってまんな。
地震・雷・火事・親父ちゅー言葉があるよーに、
怖いもんの代名詞として日本人にゃお馴染みだす。
日本ちゅー国は、よりによって地球のプレートが交わるとこにあるさかい、
地震とはある意味お友達にならんと生活できへんとこがあります。
大阪は、あんまし地震が起こらんさかい、あんましピンとこえへんゆーたらそうやけど、
その代わり、ちょっと揺れたらホンマにパニックになりますな。

ワシは、実は11年前の阪神・淡路大震災は体験したことおまへん。
そん時は中国におって、旧正月の休みゆーこともあって、
上海の友達んとこでグウタラ生活してましたんや。
そん時はワシが20歳ゆーんもあって、同じ20歳を迎えて日本の成人式に出られへん組で、
年上の先輩が祝ってくれたんもあって、ワイワイ騒いでましてん。
さんざん酒飲まされて、廊下で倒れてほとんど記憶なんかあらへんかったんやけど、
その二日酔い一歩手前のヘベレケ状態は、ある一本の電話で一気に冷めました。

 「関西でかなりデカい地震が起こったらしいぞ!」 

その一言で目が覚めましたわ。
せやけど、中国のテレビは何も報道なし。相変わらず政府要人がどこそこの国のお客さんと会って、友好を深めた、とか下らんニュースばっかでした。
当時はインターネットなんかなかった時代、更に今でこそちゃうけど、
中国のテレビなんか、上のような有様やさかい、全然アテになりまへん。
情報をGETできるんは、電話と短波ラジオのみ。
短波ラジオも、朝昼はなかなか受信が難しゅーてほとんど声が聞き取れん有様やさかい、
まずは誰かが代表で関西の親元とか親戚の家に電話。せやけど電話は全く通じず。
最初は、まあ大したことあらへんやろーって楽観論が周りを包んでたんやけど、
電話が通じんくらいの出来事に、ちょっと悲壮感がただよいました。
そして、日本側から電話がかかってきて、状況がなんとなくわかったんやけど、
最初に聞いた時は死者4名。
デカい言う割にはよかったなー、と最初は思ってたんやけど、
日本からの電話がかかってくる度に死者の数が増えていって、
ついに100人を越えたところで、こりゃタダごとやあらへんな、と思いました。
せやけど、とにかく映像があらへんさかい、イメージがつきにくいってのもありました。
夜になっても中国は相変わらず全く地震のことは報道せず。中国のニュースは、国際ニュースゆーて、国外専門ニュースだけを報道する番組があったんやけど、
それでも地震の「じ」もなし。まるで他人事どころか、意図的に隠しとる雰囲気さえ感じましたわ。
夜になって、ようやく短波ラジオが聞ける電波良好な時間帯になって、
NHKの短波ラジオを聴いてると、悲壮感漂う声が聞こえてきました。
ラジオは刻々と状況を説明してくれるんやけど、
淡々とながらなんか物苦しいその声は、何も情報がわからん海外在住にとって、
余計に不安にさせるものになりましたわ。
おまけに、関西人が多かった上海の大学、みんな他人事やなくて、家族とも連絡が取れんで、泣き出す子もおりましたわ。
とにかく映像が見れん以上、イメージでしか状況が浮かばんかったけど、
「海外在住の日本人の皆さん、神戸に救援物資を送って下さい」
この、声を振り絞るよーなアナウンサーの言葉は、今でもはっきり覚えてますわ。
ワシもこの一言で冬休みグウタラ気分が一気に吹飛んで、こりゃなんとかせなあかんなー、と奮い立ちました。

次の日の夜になって、よーやく中国のニュースが神戸の映像を報道したんやけど、
一面の火の海に一同真っ青になりました。
まるでこの世の終わりみたいな報道するさかい、神戸出身の女の子とかはいっせいに泣き出す始末。
こんなんやったら、見ん方がよかったかもしれまへんな。
電話もまだ通じへんし、不安はつのるばっかしでしたわ。
で、地震の時は流言、つまり荒唐無稽なウワサみたいなんが広がるのがいつものパターンらしいけど、
海外にもそのウワサが伝わって、関西空港の滑走路にヒビが入って使用不能になっただの、連絡橋が崩壊しただの、
新幹線が脱線して、すごい死者が出ただの、
冷静に考えたら、んなアホなっちゅーウワサが上海の日本人社会に飛び交ってたんやけど、
的確な情報をくれたんは、実は中国人ですねん。
言論統制しとる国の知恵っちゅーんか、中国は伝統的に口コミ情報が重視されてて、
「国営情報」なんか中国人自身信じてのーて、どこからやってきたのかわからんけど、口コミがけっこう信頼できたりしますんやわ。
せやけど、人によっちゃピンボケしとる人もおって、
いつも行ってる商店とかのおっちゃんとかは、
「神戸で地震が起こったらしいな」
と心配してくれるんはええんやけど、
「で、神戸ってどこにあるんや?」
って見事にピンボケかましてくれてました。
大阪と上海は友好都市提携しとるさかい、大阪の隣や、って説明したらわかってくれましたわ。

こん時、
「もし上海で地震が起こったらどないする?」
って聞いてみたんやけど、
「地震?起こるわけがない」
と頭ごなしで否定。「仮に」って前置きしても、
「絶対に起こらんから、想像しようがない」
と完全にタカをくくっとるみたいでんな。
後で調べてみたら、中国の歴史上、上海あたりで地震が起こったんは、確かに90年くらい前の1回だけみたいですわ。
せやさかい、上海の建物にゃ耐震対策なんか微塵もしとりまへん。地震っちゅー概念すらあらへんさかい、まあある意味しゃーないですやろな。
そん時、「仮に」上海で阪神大震災クラスの地震が起こったらっちゅー
シミュレーションを日本人の間でしてみたんやけど、
たぶん、建物倒壊率は90%を越えて、死者は少なくても6ケタはいくやろなー、ちゅー結論が出ました。
中国でも地震はあるんやけど、一部地域だけやさかい、「地震」って言葉は知ってても地震ちゅーんがどないなもんか、
イメージつく人ってあんましおらんのが現実でんな。

日がたつにつれて情報も的確に伝わってきて、より詳細な情報が伝わってきて、
ちょっと緊急で中国で買った安い物資をたらふく抱えて、名古屋経由で帰国したんやけど、
そん時に神戸に行って、オヤジと二人でボランティアしてきました。
ちゅーか、大工であるオヤジが無給で神戸に行ってたさかい、仕事を手伝っただけなんやけど、
家が倒壊して、焼け野原みたいになってた姿を見て、オヤジがつぶやきました。
「なんか空襲の時を思い出したな」
うちのオヤジは、空襲は直接経験してへんのやけど、
戦争の時、神戸生まれのオヤジは、空襲予告のビラがアメリカの飛行機からばら撒かれて、
空襲予告のビラを撒いてた都市もあったそうな。それでも死者が出たんは、誰も信じへんかった+近所の目があって自分だけ逃げられへん空気があったらしいけど、
うちのばあちゃんもその一人でした。
せやけど、オヤジから見たばあちゃん、つまりワシの曾おばあちゃんなんやけど、
慌てて荷物を整えて、オヤジとばあちゃんを強引に連れていって、奈良の田舎に避難していきました。
それから数日後、オヤジを連れてばあちゃんが荷物を取りに神戸に戻ったら、
神戸は一面焼け野原、家ももちろん跡形もなかったそうですわ。
この話はばあちゃんからも聞いたことあるけど、
そん時の光景を、オヤジは小さいながらはっきり覚えてたそーな。

地震は、ある程度は予知できるらしいけど、それでも突然やってきて、
築き上げた財産や人を一瞬で破壊してまいます。
これだけは自然の成り行きやさかい、ある程度はしゃーありまへん。
頭脳でいろんな局面を乗り越えた人間やけど、
自然の猛威には叶いまへん。
所詮、人は自然を越えることはできへんってことでしょーな。
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PiTaPa

今日の帰り、何気に列車のホームにおったら、
ついに待ち望んでたアナウンスがありました。

「列車が到着しました」

・・・電車が数時間に一本しかこえへんねん、寒い・・・やのーて、

 「PiTaPa 来年2月1日より導入」 

それなんやねん?って関西人以外にゃ馴染みあらへんやろーけど、
PiTaPaとはIC内蔵の、列車で使えるカードのことで、
関東圏でゆーたらSUICAの関西私鉄版に当たりますねん。
既にお阪急おけいはんには導入されとるんやけど、
来年2月1日からゆーのは大阪の地下鉄のことで、ワシは通勤に地下鉄つことるさかい、
ずっとこの日を待ち望んでましたんやわ。
だって、いちいち改札口に定期入れるの面倒くさいやん(笑
ICカード万歳のワシにとっちゃ、ICOCAに継いでめでたいことでんなー。
このPiTaPa、元はスルッと関西ゆー、JR以外で使える私鉄のプリペイドカードなんやけど、
これがついにICカード化されるってことで、アナウンスでもちゃんとスルッと関西の後継ってことを言ってましたわ。
せやけど、今回のPiTaPaのちゃうとこは、使える範囲が広いことと、
JRのICOCAにも対応しとるってことですわ。
PiTaPaの使える範囲は、今は狭いんやけど、来年中には関西はおろか岡山の路面電車にまで使えるよーになるっちゅーことですわ。
また、元はJR包囲網で作られたスルッと関西やけど、今回は仲良くしまひょってことなんか、
来年1月中旬からJRでも使えるよーになるみたいですわ。
JRで使うにはちょっと条件があるみたいやけど、それでも範囲が一気に関西一円に広まりまんな。
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