のぶログ (THE WEBLOG WITH OSAKA DIALECT)

大阪人の、大阪人による、大阪人のため・・・だけやないBlogでっせ。 愛車プリウスのこととか以前住んでた中国のこととか、色んなことを大阪弁トークでハイパーテンションで書いていきまっせ〜。

今日の一言 10/20







最近の女子高生、全然色気あらへんな。ワシが年とっただけなんかな?








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個性っていふもの

最近、「目立ちたい」とかで犯罪する若い連中が増えてまんな。
「世間を驚かせたい」
「自分に注目して欲しい」

いろいろ動機はあるんやけど、犯罪はいけまへんで。
犯罪までに至らんかっても、人の迷惑を考えへんと騒いだりして、
そないな感じで目立とうとするのもおりますわな。
なんか目立ち方間違えてへんか?といつも思ってるんやけど、
まあワシらの世代でも、いわゆるヤンキーゆーとった連中はそうやったかもしれまへんな。
今こないして30越えて考えたら、あの時は背伸びしたい世代で、
どないかして目立ちたい、っちゅー表現が、いわゆる学ランを短くしたりしてるんやないかなーと。
ワシもヤンキーほどやないけど、中学・高校で学ランを少し短めにしてたこともあったさかい、
今考えたらアホやったなーと思ってますわ。

最近、何かと個性ゆー言葉が広がっておりまんな。
個性って何じゃい!?ってことで、ちょいと調べてみたんやけど、

個性(こせい):
個人または個体・個物に備わった、そのもの特有の性質。
個人性。パーソナリティー


と辞書には書いとりますわ。
簡単にゆーたら、「自分らしさ」ってことやろーけど、
最近この「個性」って言葉が確固たる意味を理解せんまま独り歩きしてるせいか、
外見だけ目立てばそれで「個性」って思っとる人が多くなってると思うんですわ。
せやけど、そんな上っ面だけの、外は金ピカでも中身はブリキっちゅー個性っちゅーもんは、すぐに剥がれてボロボロになりまっせ。
本物の個性っちゅーんは、内からにじみ出てくるもんやとワシは思っておりますんやわ。
個人に備わってる能力はもちろんやけど、
天性のいろんな「何か」も立派な個性やと思いま。

たとえば、人を笑わせるツボを小さい頃から押さえとるとか、
顔はいまいちパッとせーへんのに、女の子に何故かモテるとか、
やたら運動神経がええとか、
学生時代を思い出したらこんなの一人くらいはおりましたやろ?
これが、ワシに言わせたら「天性の個性」ゆーもんやと思いま。ある種の天才でんな。

そして、もう一つ個性がありますねん。
これは「後天的な個性」とゆーてるんやけど、
これは生まれてからの本人の環境とか、人生とかに左右される個性でおま。
ワシに言わせたら、この「後天的な個性」こそ、自分のパーソナリティとかアイデンティティ、つまり世間でゆー「個性」を形成するメインやと思いますわ。
例えば、小学校・中学校の時にすごい勉強ができる子がおるとしま。
せやけど、同窓会なんかして久しぶりに会ったら、なんかパッとせーへんなーってことがあります。
逆に、小学校とかやとあまり目立てへんで、成績もそんなに良くなかった子が、
実業家になってたり作家になってたり、こないなこともありますなー。
この違いは何やねん?とゆーと、
「後天的な個性」っちゅーのは、伸びる年齢っちゅーのがあると思いますんや。
ワシが思うに19〜23歳がいっちゃん伸びる時、世間じゃ大学生やってる時やわな。
こん時は感受性がいっちゃん豊かになる時やと思うんやけど、
こん時に何をしてるかによって、「後天的な個性」が確立すると思いますんやわ。
ただボケーってしてたら、それだけの「個性」で終わって、いろんな経験をしてたら「個性」がごっつい伸びる思います。
ワシも海外に行ってていろんな大学生におーたんやけど、
世間でゆわれとる大学生と違って、やけに生き生きしてたのはよー覚えとります。
それに好奇心も旺盛やし何よりよー勉強しとるみたいやわ。
それに、大学を休学してまで長期旅行する人は確固たる信念ちゅーのを持ってて、
日本の大学に行ってへんで、「大学生なんかアホばっかやん」と思ってたワシにとっちゃ、なんか嬉しいこっちゃでんな。
そして何より、彼らはすごいインパクトがあって、忘れたくても忘れられへん人間が多かったですわ。
今でも付き合いが続いてる奴もおるけど、その個性は今や20代後半になっても衰えてまへんわ。

もしワシが結婚して子供生まれて、子供が大きくなったら、
まずは日本放浪、果ては世界を放浪させて、いろんな世界を見させよーと思っとります。
大学?そんなん入らんでもええわい!
とは言わんけど、大学なんかある意味働きながらでも行けるし、18歳で入れって規約はあらへんよってな。
それでも大学に行きたいゆーんやったら、国立大学に入らせて半強制的に2年間休学させて、日本からほっぽり出しますわ。
国立大学やったら、今はやけど、休学したら授業料は免除やし、
(国立大学が法人化されたさかい、どないなったんやろな?)
大学なんか4年で卒業せんでええわい、これがワシの哲学だす。

いろんな世界を見て感じること、それが「個性」に結びつくさかい、若いうちにどんどんいろんなことやっててもええと思いまっせ。
ニートはさておいて、フリーターやっていろんな仕事するんはワシはかまへんと思ってるし。それを年とってもやってるんは問題やろーけど、
若いうちはどんどんいろんなことやっていったらええと思いま。

せやけど、小学校から「個性だ何だ」ゆーてても、小学生に個性を確立できるわけあらへんやん!とは思いますわ。
高校までは、まずは個性の芽を枯らさんよーにして、それからは一気に爆発するさかい、
そこが肝腎やと思いますわ。
人にゃいろんな個性があるさかい、自分は何がしたいんか、そして何をすべきなんか、それは最終的には本人しかわかりまへん。
歩きながら自分で考えて、自分で答えを見つけていく。この行為こそが個性を育てる最大の肥料でんな。
親はそれを見守ってるだけ、たまに道に迷ったらヘルプするだけでかまへんと思いますわ。あまり過干渉は毒やけど、ほったらかしもあきまへん。
せやけど、見守って敢えて何もしない。これはかまへんと思ってま。
子供なんかいつかはどっか離れていく存在やさかい、自分でいろんなことさせる、これこそ子供が大人になっていく一歩やろーなー。
かく言うワシも、次男っちゅーこともあったんか、ほとんど親にゃほったらかしにされましたわ。
「東京行ってくるわ」「行ってらっしゃい」
「世界放浪してくる」「行ってらっしゃい」
「明日から香港行ってくるわ。今週メシいらんで」「さよか。気ーつけてな」
まあこんな感じやさかい、こんな奴が生まれておりま(笑

まあ、個性ゆーのは、人から強制されるもんでも、与えられるもんでもありまへん。
結局は自分で育てるっちゅーことですわ。
個性がないって嘆いとるそこの若いの、まずは自分が今まで何やってきたか、それを見つめることでっせー。
自分と対話してると自ずと行く道が決まると思うさかい、進むだけやのーて立ち止まることも大切だす。

ちゅーわけで、なんか偉そうなこと書いてみました(笑
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