のぶログ (THE WEBLOG WITH OSAKA DIALECT)

大阪人の、大阪人による、大阪人のため・・・だけやないBlogでっせ。 愛車プリウスのこととか以前住んでた中国のこととか、色んなことを大阪弁トークでハイパーテンションで書いていきまっせ〜。

天六物語

みなはん、今頃は『魔女の宅急便』を見てる頃でしょうな(笑
ワシはそのスキにブログ更新といきますわ。

大阪の北外れって言っていいところに、我々大阪人が

 「天六」 

ゆーてる場所がありますんや。
正式には「天神橋筋六丁目」言いますねんけど、地元の人は誰もそないな長たらしい名前で言いまへん。
逆に、ここを「天六」って言わへんかったら一発で地元の人間やないことがバレてまいます。
大阪の北の繁華街の梅田まで歩いて行ける距離やのに、意外にここのこと知らん人おるんちゃいまっか?
まあ関西を出たら話題に上がることはあらへんやろうこの地域、
知る人ぞ知る有名なものがありますねん。

まず一つは商店街
ここは日本一長い商店街な天神橋筋商店街の起点(終点とも言えまんな)で、この商店街がこれがまた日本一なだけあって長いんですわ。
だいたい地下鉄3駅分は軽くある長さで、商店街がスーパーとかに押されっぱなしで寂れてるのに対して、
ここはいつも人でごった返してるんですわ。
ある意味ごっつい大阪が凝縮してるって言えるかもしれへんこの商店街、
非関西人の方は一回来てみるとおもろいかもしれまへんでー。
ごっつい下町っぽい雰囲気を残しとりますわ。
東京でゆーたら、荒川区と台東区を足して二で割ったような感じかもしれまへん。
ワシも短期間やったけど、日暮里まで自転車で5分の荒川区に住んでたことがあって、
雰囲気がそれっぽいような気がしますな。

でも、地図で見るとなんでこんなとこが栄えてんねん?って思うことでしょう。
今の地図を見てもあまりピンときまへんけど、
天六にはその昔私鉄の終着駅があって、そのターミナルとして栄えましたんや。
今でも、阪急千里線ちゅー私鉄の支線が天六の地下駅で地下鉄とつながってますんやけど、
昔は地上の駅やったってゆーたら、地元の若い人でも「うそー!?」言うかもしれまへんな。
ウソはついてまへんでー、ちゃんと天六にはその名残が残ってますねん。
天六1

天六の地下鉄の駅から地上に上がると、シンボルのように写真のような茶色い建物(天六阪急ビル)が見えるはずなんやけど、
これがかつての、今の阪急梅田駅とか南海なんば駅に匹敵、いや、かつてはそれ以上の規模を誇った、

 「天神橋駅」 

の遺物やっちゅーことは、地元の人でも20代の人は知らんかもしれまへん。
(40代以上の方なら知ってるやろうけど)

天六2

これが上の写真のちょうど裏側なんやけど、
今は駐車場になっとるこの場所、かつての天神橋駅のターミナルの跡だす。
昔はここから電車が出てましてん。よーく見たら電車の大きさに合わせて区切りがありますやろ?

ここで、ちょっと天神橋駅の歴史でも書いてみまひょか。
この天神橋駅は大正14年(1925)に新京阪鉄道の大阪のターミナル駅として開業しました。
ここで、素朴な疑問が出た人もおるでしょう。
「あれ?阪急ちゃうのん?」
こうひらめいた人は立派な大阪人やなw
ちゅーのは冗談やけど、そうなんです、
今の阪急京都線・千里線・嵐山線は阪急やなかったんですわ。
名前でわかるとおり、おけいはんこと京阪電鉄の系列会社として作られましたんや。
おけいはんは、乗ったことある人はわかると思うけど、
旧街道に沿って走ってるさかいカーブが多くてスピードなんて出せるもんやありまへん。
で、当時省電(今のJR東海道本線)の独壇場やった大阪〜京都間に風穴を開けたろーっちゅーわけで、
高速走行ができる路線を作ろうとしたわけですわ。
それが今の阪急京都線と千里線の天六〜淡路っちゅーわけだす。
今は阪急京都線の電車は梅田駅から出発しとるけど、
昔はここ天神橋駅が拠点やったんですわ。もちろん十三〜淡路間はつながっとりまへん。
阪急京都線はやけに直線が長いんやけど、これも高速走行専用路線として作られた名残ですわ。
あのおけいはんが戦前にこんな路線を作ってたとは、と今の規模しか知らん人はゆーかもしれへんけど、
おけいはんは戦前には今でも残る鉄道網を作り上げた功労者ですねん。
今のJR阪和線も、戦前は阪和電鉄っちゅーおけいはんの系列会社やったんですわ。

そして、この天神橋駅は日本の鉄道の歴史に名を残す伝説の地ともなりました。
そのおけいはんが当時持てる技術をかき集めて作った言われる高速路線新京阪鉄道、ただ線路を作っただけではおまへん。
鉄道マニアなら一度は聞いたことがある伝説の超特急ってのがあったんやけど、
その一つがこの新京阪鉄道が作った超高性能の電車ですねん。
今でも阪急京都線と東海道本線が並行して走る区間があるんやけど、
この伝説の電車は当時最速の列車ゆわれてた、東京〜神戸を結んでた特急「燕」を、この当時日本最高性能言われてた電車が、
「燕」追い抜くようにダイヤを設定、ちょうど並行区間で「燕」と並行に走り、国鉄自慢の超特急をあざ笑うかのように追い抜いていってたらしいですわ。
「燕」が遅れとかで並行しない場合は、わざわざ新京阪の超特急が徐行運転して「燕」を待ち伏せしてたっちゅーくらいやから、
その気合の入れようはすさまじいもんでんな。
国にケンカを平気で売り飛ばしてメンツを潰す関西ならではやろうな。
関東では絶対にできへん荒業だす。
鉄道マニアにとっちゃこの伝説はトリビアにもならん「常識」やけど、
その伝説の列車の始発駅、それが天神橋駅ですねん。
今思ったら信じられへんくらいやけど、戦前にはここが京都方面の玄関口になってましたんや。
また、阪急京都線の京都口は今でも地下になっとるけど、
これは実は関西初の「地下鉄」ですねん(西院〜四条大宮間)。つまり地下鉄御堂筋線より早かったってわけですわ。
たまーに、「関西初の地下鉄は大阪やなくて京都や」って言う人がおるけど、
これは間違ってはおまへんさかい、素直に耳を傾けてやっておくんなまし。
もっとスケールがデカい話をすると、京阪は当時名古屋までの鉄道を通す許可も持っていて、本気で名古屋まで鉄道を通すつもりやったらしいですわ。
せやけど世界恐慌と戦争で計画は頓挫、結局計画倒れで終わってもーたんやけど、
その面影は阪急京都線のどこかの駅に隠されてますねん。

話が外れてもーたわい。
見たらわかると思うけど、この天神橋駅はビルの2階がホームになってるんやけど、
この「高架から電車が出る」ちゅーのが斬新的どころか日本初なんですわ。
今は鉄道が高架を走って駅が上にあるなんか珍しくもなんともあらへんけど、
この天神橋駅が日本初と言われておりま。
当時は、「空中から電車が発車する」ゆーてかなりの評判やったらしいでんな。

まあこの天神橋駅は、のちに新京阪鉄道が阪急に吸収され、
電車の発着のメインが梅田駅になってもーてからは、かなりのローカル駅になってもーて、
万博を契機に阪急と地下鉄の直通が実現して地下に今でもある「天六駅」が開業してその役目を終えたんやけど、
鉄道の栄華盛衰をすべて物語るようなこの遺物、
阪急梅田駅が取り壊し決定になった今、戦前の鉄道を物語る数少ない建造物になるやろな。
ひっそりでええからずっと残して欲しいもんですわ。

なお、この天神橋駅がある地域、つまり天六は、戦前から「天六」とか「天神橋六」とか言われてとって、
事実近くの市電の停留所の名前は「天神橋六」で、「天神橋」ちゅー駅名は明らかに浮いてますねん。
東京でゆーたら、原宿に「新宿駅」が、秋葉原に「浅草駅」があるような感覚って思ってくれたらええと思いま。
そんなところに何で「天神橋」ちゅー名前の駅なんか、
その由来は実は不明なんやって。
近くに天神橋ちゅー橋があるんちゃうんか!?
って言う人もおるかもしれへんけど、肝腎の天神橋は駅から2キロ先だす。
一説やと、当時の新京阪鉄道は本気で天神橋の近くまで路線を伸ばすつもりやったんやけど、
結局大阪市と国の邪魔が入って断念、その悔しい思いが駅名になったっちゅーわけって言われてま。
当時、大阪市は「大阪市モンロー主義」ちゅー政策を交通手段に対してはとってたんやけど、それは一体何かとゆーと、
「大阪市内中心部には、大阪市営交通以外の交通手段は一両たりとも入れない」
ちゅーことですわ、一言で言うとね。
この「大阪市モンロー主義」は明治から、昭和40年前後に阪急の天六から地下鉄に乗り入れやおけいはんの淀屋橋延長で崩壊するまで一貫して貫いてましたんや。
大阪の各私鉄は、大阪市内を縦断することもできずに、
大阪市内中心部ギリギリのとこにターミナル駅を作らざるを得なかったってわけですねん。
つまり、JR大阪駅と近鉄上本町駅と南海なんば駅、おけいはんの天満橋駅、そして天六の駅を線で結ぶと、大阪市が定義する「大阪市内中心部」がわかりますわ。
ここから中が大阪市以外の車両は一切入れなかった「聖域」やったらしいでんな。
事実、近鉄と阪神がタッグを組んで相互乗り入れしようって計画があったんやけど、
(※近鉄と阪神は仲がええらしい)
大阪市に潰されて、そのルートは今地下鉄千日前線になってま。
そう、元々は野田で阪神と、難波か上本町で近鉄と合流するはずやったんだそうな。
でもその「復讐」はきっちり近鉄東大阪線で返されておりまんな。
(※今の近鉄東大阪線は、地下鉄中央線延長計画のはずやったんやけど、
近鉄が猛反対して、延長部分を「近鉄」にするってことで話がついたんですわ)
新京阪の「天神橋」まで伸ばす計画もたぶんこれで潰されたと思うさかい、
名前だけはせめて「天神橋」にしてやれ、って感じやったんかもしれまへんな。

天六3

話がすっかり外れてもーたけど、
散歩しとる時に偶然見つけた、天六にひっそりとたたずむ麻雀屋だす。
名前が「新京阪」になってまんなー。
この麻雀屋は、かつての天神橋駅が大阪随一のターミナル駅やったことを、
名前だけ残してる貴重なもんでんな。
今、「新京阪」ゆーても、ほとんどの人が「なんじゃそりゃ?」ゆーやろうから、この名前は個人的に重要文化財やな。

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今日の燃費 9/15

nenpi050915


●外気温=22〜23℃
●天気=晴れ
●ドライブ時間=40分くらいかな?
●走行距離=20km+20km

燃費=27.9km/l

●エアコン=こんな温度やと風が天然クーラー♪
●音楽=ユーロビート
●タバコ=3本
●煽られた回数=0
●プリウス遭遇回数=0
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