赤穂に行ってきました2008-07-09 Wed 19:46
先日の日曜日、兵庫県の西の端の赤穂に行ってきました。
一つ西の岡山県の日生(こない書いて「ひなせ」と読む)でプリウスのオフがあったんで、そのついでと言いたら何やけど、 せっかくある意味有名な場所を通るんで、とちょっとだけ観光してきました。 さて、皆さんは赤穂と来たら何を想像しはるでしょうか? まずは、「忠臣蔵」を想像する人がいるかもしれへんかな? 浅野内匠頭(浅野長矩)が切腹を命じられて赤穂浪士が仇を討つとばかりに吉良上野介(吉良義央)を討った、年末のスペシャル番組恒例のあれのことやけど、 その浅野内匠頭は赤穂藩の藩主で、赤穂一帯を治めていたのです。 ![]() ![]() 上の画像が赤穂城なんやけど、明治になって荒れ放題だった城を昭和・平成と修復してまだ完全に修復完了してへんみたいですわ。 当時としてはけっこう贅沢な作りの城だったらしゅーて、塩でかなり財政が潤ってたとは言えこの建築費が財政を圧迫してたそうな。 中に入ってもけっこう広くて、5万石の割には広々とした城やなーというのが感想ですわ。 ![]() で、その横には、「大石神社」なるものがあります。 大石とは、もちろん忠臣蔵の大石内蔵助(大石良雄)のことで、ちゃんと神様になっとったとは日本の多神教信仰も恐るべし。 この大石神社も境内はけっこう広く、参拝者も多いみたいで忠臣蔵が如何に日本人好みの物語かということがうかがい知れますわな。 ここで、 そこにはこう書かれとりました。 「何事も進んですることはいけません。心静かに諸事控え目にしてこれまでの職業を守り、身を謹んで勉強なさい。そのうちに悪い運気去って幸福の時来ます」 なるへそ、確かに今の身を考えてみたら動く時やなさそうやな・・・。慌てず落ち着いて勉強にいそしむべし、ってことやな。 さて、いつまで「身を謹んで」いれば運気が去るのかが問題やけど、しばらくは身を謹んどくか(笑 更に、学問のとこを見ると、 「早めに目標を定め全力を尽くせ」 なるほど、そろそろ目標を一点に定めて一点集中しろってことか(汗 恋愛のとこを見てみたら、 「期待つよすぎると来ない。感情を抑え慎重に」 はーい、しばらく期待せんことにしますわ(笑 ![]() まあおみくじの話はさておいて、この大石神社の入り口にゃ、「赤穂四十七士」の石像(?)が参拝者を威嚇・・・やなかった、歓迎しとります。 実は、大石内蔵助の子孫はきっちりおって、確か今の直系の子孫は関西の某所の市役所でお勤めやったと記憶しとるんやけど、 大石神社の大石内蔵助の像もその子孫の方が寄付したみたいですわ。 その他の像も浪士と寄付者の苗字が同じなんが多かったから、たぶん子孫の方が寄付したんでしょう。 日本は戦国大名でもこういう人たちでも、意外なくらいに子孫が生き残っとって、歴史じゃ「滅亡しました」で済まされる大名も、こっそり生き延びていたりします。 小田原の北条とか山形にいた最上とかは、歴史の表舞台から消えても子孫はきっちり生き残っていて、日本って関係者以外は殺さへんのやな、と思ったりします。 中国だったら一家どころか一族根絶やしやもんな・・・冷や汗 確か、浅野内匠頭も弟が家を継いで子孫が生き残ってるはずやったと思うんやけど、これは記憶違いやったらごめんなちゃい。 忠臣蔵ファンはもちろん、歴史が好きな人もこういう場所を訪れてみると面白いかも。 で、赤穂とくれば、忠臣蔵の他に何があるかと言うと、もちろん「塩」。 赤穂とくれば塩、塩とくれば赤穂、というくらい有名なものですが、せっかく来たのだから塩でも買って行こう・・・というか親に買ってこいと言われたのですが、 赤穂は塩の産地だからそんなものコンビニにでも売ってるやろ・・・と思ったらそれが大誤算! 何と!どこにも売ってね〜じゃね〜か〜(怒 赤穂市よ、ちゃんと塩くらい土産物屋に置いとかんかい、以上(笑 |
カレー三昧2008-06-29 Sun 19:24
日本人って、何でこんなカレーが好きなんやろか?
と思うことがたまにあったりします。 今日はそんな物語やったりします(笑 今日は午前から朝飯抜きでバタバタ色んなとこを行ったり来たりしとったんやけど、 朝抜きやからとにかく腹減ってたまらん。 それでも騙し騙し我慢しとったんやけど、もはやこれも限界。 車運転しながら、 「視界に入った店に入るぞ!」 と思ったらそこにゃインドカレーの店が。 カレーかーと思いつつももう腹が減ってたまらんわ、と吸い込まれるように入っていきました(笑 ![]() インドカレー屋で頼むのは、もちろんカレーにナン。 せやけど、いつもやったら頼むカレーはチキンカレーなんやけど、今日は趣向を凝らして(?)マトンカレーを頼みました。 で、頼んだのはええものの、マトンって何やったっけ?といきなり度忘れ(笑 ええと、マトンって・・・そうそう、羊やった、と思い出したんやけど、マトンにゃ特に抵抗ない俺、 久しぶりに 久しぶりに食うマトンは、思ったほど羊羊してのーて、ある意味拍子抜けした感じはしたけど、 あの臭いが食う気を失くす、ちゅー人もおるくらいやし、まあええんちゃうのん? それにしても、今日はナンがデカかった。 インドカレーにゃナン、これで決まりやね、カレー食いに来たんかナン食いに来たんかわからんくらいやけど、 お昼はおいしゅーいただきました♪ で、それから時間はたって夜のこと。 今日の晩飯は何かな〜と思って台所に出てみたら、そこには・・・鍋いっぱいの・・・ カレー やんけ(笑 くそー、今日はこんなオチやったんかい! と悔しがってる場合じゃございませぬ。 ここで、かねてから計画しとったことを実行に移すことにしました。 何の計画やねんて?どーせロクな計画ちゃうやろって? まあまあ、人の話は最後まで聞きなさい(笑 |
日記の区分け2008-06-27 Fri 10:58
俺はこのブログの他にも、知ってる人は知ってるけどPRIUS仲間が集まるSNSにも日記を書いとります。
他にmixiのIDも持っとるけど、あそこの日記はブログとリンクさせとるさかい、日記は書いてへんも同然です。 全部に日記書いとったらキリあらへんし、さすがの俺もそこまでネタはあらへんさかい、 できるだけ凝縮しとるんやけど、いずれも大阪弁で書いとるものの、標準語でも書いてみたい今日この頃(笑 今は、内輪ネタはPRIUSのSNS、他はこっちに分けとるつもりやけど、 どっちも大阪弁やったら何か書いてて張り合いがないっちゅーか、何ちゅーか。 ちょっと考えとったんやけど、 1.ここをいっそのこと標準語にする 2.標準語で書いとったmixiの日記を復活させる 3.現状そのまま 数年間ずっと貫いとったポリシーを捨てるんはなかなか勇気が要るけど、 うーん、何かええアイデアはあらへんもんか? まあ、つまらんと言うたらつまらん悩みやけど、なかなかもって難しい悩みでもあったりしま。 |
銀装のカステーラ2008-06-18 Wed 18:25
大阪の名物ときたら、
たこ焼き うん、それも当たり。 お好み焼き そりゃそうでんな。 路上駐車・・・ 取り締まりキツーなった言うてもまだあるさかい当たりか。 さて、大阪にゃ隠れた名物らしきもんがあったりしま。 雷おこしとか四天王寺の釣鐘饅頭、新世界の串かつも好きやけど、 俺が意外に好きなもん、それはカステーラ。 大阪にカステーラって何か全然合わんと思うけど、大阪にゃ「銀装」ちゅーカステラ屋(?)があって、 昔から美味しいカステラを作っとります。 俺が物心ついた時からずっとあるさかい、歴史もかなりあると思うんやけど、 生まれ育ったとこの近くにこの銀装の工場がある縁もあるんか、 カステラときたら銀装ちゅー方程式が頭の中で出来上がっとります。 そして今日、ふと何故か唐突にカステラ食いたくなってきたさかい、 銀装の直売店に直撃して買ってまいりました。 ![]() 銀装のカステラなんて実は自分で買ったんは初めてで、他はみんなもらいもんで食ったことがあるだけ。 お店に行くまでカステラがなんぼするんかすら知らん始末。 まあ1000円もせーへんやろ、ちゅー非常に適当な皮算用で行ってみたら、 5個入りで¥600もせーへんかったですわ。 こりゃえらい儲けもん、一つだけ買う予定が黒糖入りカステラまで買ってまいました(笑 で、家に帰って食ってみたら、しばらくコンビニの100円カステラしか食ってへんかったせいか、めちゃくちゃ美味い♪ 王道の普通のカステラはやっぱり絶品、黒糖のも甘みが強烈で甘党な俺にゃちょうどええ感じ。 で、一人で食ったら親にブーブー言われるしそれ以前に一人でコッソリ食える量ちゃうさかい、親にもおっそわけをしたんやけど、 親からある情報をGETしました。 銀装の工場の近くにも直売店があるんやけど、そこは朝早く行ったら「アウトレットカステラ」ちゅーんか、 形が崩れて商品にならへんもんとか、「パンの耳」ならぬ「カステラの耳」を袋詰めにして安く売ってるらしい。 もちろん、毒入りとかそんなんやのーて正規の製造法で作ってあるさかい、味は同じ。 せやけど、地元のファンがすぐ買い込んですぐ売り切れるらしい。 母親は大昔によーその「アウトレット」を買いに行っとったみたいやけど、話聞いたら食いたくなってきましたわ。 |
歴史の勉強とは2008-06-10 Tue 13:41
とある人にいきなり質問されてまいました(汗
「歴史の勉強って何するの?」 「そんなん勉強して面白い?」 とは確かによー聞かれたりしま。 昔から、家族の影響か何か知らんけど、歴史が大好きで今でも大河ドラマ見とったら、 「私の織田信長論」 「俺の徳川家康論」 がぶつかって、家族でテレビそっちのけで討論になることもあります(笑 今でもあれこれ歴史のお勉強をしとる毎日(?)やけど、 さて歴史を勉強して何になるんか? 答えは簡単そーで難しかったりしま。 確かに、興味あらへん人にとっては、 「そんな埃かぶった書物読んだりして何がおもろいん?」 と思うかもしれまへん。 興味あらへん人を無理矢理誘うつもりはあらへんけど、 かの司馬遼太郎がその答えを書いてくれとります。 「それは大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこに詰め込まれている世界なのです」 (『21世紀に生きる子供たちへ』 より) これはまさに絵に描いたよーな模範解答、さすが司馬遼太郎とうならせるもんがあります。 そう、歴史って「19XX年、◎○が起こった」だけが歴史やおまへん、ちゅーかそんなん面白くも何ともあらへんし。 たぶん学校の授業でこんなんばっかしやって歴史が嫌いになった人もおると思いますわ(笑 歴史って人間ドラマの宝庫、それも何万人、何千万人、何億人もの人のドラマでやんす。 せやさかい、歴史って一種の人間学の学問やと思います。 色んな本を読んでいったら、そこにゃ昔生きた人の生の声があったり、 成功談や失敗談など、昔の人が何を考えどう行動したんか、そういうカプセルみたいなもんやと。 これも司馬遼太郎の言葉やけど、 「私には、何万人もの『書物の中の友人』がいます」 そう、歴史の中の人と対話ができるんです。 「ほな、そんなん調べてどないすんの?」 と言われるやろーけど、 人間って、進化しとるよーで実は全然進化してへん生き物なんですわ(笑 人間として根本的なもんは数千年前とほとんど変わってへんさかい、 「過去を見ることによって、実は未来を見ることができる」 ちゅーことも言いすぎやあらへんよーな気がします。 歴史を知るんと知らんのとは、見方の違いに大きな影響を及ぼすと思います。 例えば、昨今の殺人事件が多い世の中、 「もう日本はダメだ」「治安が悪くなった」 ちゅー声があちこちから聞こえとるけど、 数字(犯罪件数)だけやったら昭和20年代の方がよっぽど荒れとったし、 凶悪事件は何も今始まったもんやおまへん。 そーゆーのは「事件史」ちゅー事件の歴史を調べたらすぐわかることで、 ただただ悲観してため息ついとるのもどうかな、と思ったりもします。 歴史っちゅーのは、そういう視野を大きく広げるのに役に立つんやと思いますわ。 「頭の中の引き出し」を増やすことによって、色んな角度から物事を見ることができるし、 「それってちゃうんちゃうの?」と異議を唱えることもできます。 今のワシのテーマに、 「何で太平洋戦争って起こったん?」 ちゅーのがあります。 これを調べ出したらキリのーて、昔の世相から軍隊の動き、経済から何から何まで調べなあかんで、 こないして日記書いとる場合でもなかったりして(笑 せやけど、他愛もないテーマを調べてみると、これがメチャクチャ面白くて、 今まで見てもわけわからんかった資料とかも、こないして調べていくことによって点が線になって、そして線が集まって面になって、 「そうか!」 と何かがひらめいたりします。 このテーマの答えは一つやないはずやけど、 答えの一つに、 「日露戦争の日本海海戦」 があったりします。 「え?なんで?」 と思ったりするでしょ?この「なんで?」が大切なんですわ。 日本海海戦って、日本とロシアの軍艦が日本海(厳密に言うたら対馬沖やさかい、「対馬海戦」とも言われとります)で戦ったあれやけど、 あれは世界の海戦の歴史でも稀に見る「完全勝利」でした。 野球で言うたら一人のランナーも出さん完全試合みたいなもんですわな。 普通やったら、「めでたしめでたし」で終わるはずなんやけど、 歴史の教訓に、 「成功からは何も学べない」 ちゅーのがあります。 日本はこの完全勝利で「やれば出来るやん」と感じたことはええんやけど、 その後があきまへん。 日露戦争で完全に日本人が自惚れてしもたからですわ。 「大和民族がどうだの」「気合と精神力」は日露戦争の後から言われ始めたもんで、 日本が非科学的になってしもて、「無理が押せば道理が引っ込む」ことになってまいました。 そして昭和になってもそれは変わらんどころか、ロケットエンジンでもつけたかのよーに加速していき、 結局は自滅した、ちゅー結果になってまいました。 その根本は日本海海戦にあり、ちゅー仮説なんやけど、 連合艦隊の解散式の時、東郷は言いました。 「勝って兜の緒を締めよ」 つまり「勝ったからって自惚れるな」ちゅーことで、それを聞いた当時のルーズベルト大統領(太平洋戦争の時のフランクリン=ルーズベルトじゃございませぬ)が感激して、 英訳してアメリカ軍とイギリスの王様に配布したこともあったけど、 日本はそれとは逆に自惚れ街道をまっしぐら。 東郷平八郎は昭和になっても生きとって、海軍の中の「神聖にして犯すべからず」的な存在になってしもたんやけど、 晩年はモウロクしてしもてフレキシブルな考えができへんよーになって、 間接的ながら日本を滅ぼす原動力にもなってしもたのは非常に残念なことですわ。 要するに、 「自惚れは人はおろか国を滅ぼす素になる」 ちゅーことですやろな。 司馬遼太郎が「坂の上の雲」で言いたかった一つはこれやと思うし、 夏目漱石も日露戦争後の日本人の変化を何かしらで読み取ったらしゅーて、 『三四郎』の登場人物に意味深なことを言わせとります。 歴史の勉強は過去に生きた数々の人間ドラマが埋もれとる宝箱、 人にゃ悩みとか逆境とか、常に煩悩と共に生きとる言うても過言やない生物やけど、 その答えはたいてい歴史のどっかにあったりします。 調べて行ったらキリないと思うけど、その前と後じゃ自分が何か変わっとるかもしれまへん。 |
無性に食いたくなるものがある2008-06-05 Thu 23:46
またズボラ癖が出て更新がおろそかになってしもて、
どんな面して現れたらええんか迷っとったBJのぶです(笑 最近、何か無性に食いたいもんがあったりしま。 何ちゅーか、別に食えへんかっても死にはせーへんのやけど、 禁断症状みたいに、体の奥からじわじわ〜っと、食いたい症候群が出てきて体が言うこと聞けへん時ってあると思うもん。 さて、それは何でしょうか? 答えは・・・。 |
あなたの知らない隠語の世界?2008-05-21 Wed 21:55
ある仕事とかしとったりしたら、その業界でしか通じへん言葉とかってありますやろ?
それを俗に業界用語とか隠語とか言うたりしま。 そないな特殊な(?)フレーズが何故出来るんか、 それにゃいくつかの理由があったりしま。 1.普通に言うたら長ったらしくなるさかい、略して言う場合 2.部外に会話の内容がバレへんよーにする場合 3.単にお笑いとか誤字脱字を茶化しただけ (2ちゃんねる用語ってたいていそんな感じですわな!?) 思いつくんはこんなもんやけど、俺が以前働いとった今までの職場でも、 まあ色々隠語があったりしましたわ。 例えば、 ☆C:お客のこと ☆ケンホロ:けんもほろろに断られること ☆ZD:全然ダメ ☆パッキン:貿易書類の「パッキングリスト」 ☆拉致られる:客を同業他社に取られること とか、パッと思いつくだけでも色々ありますわ。 特に、サービス系とか医療系に隠語が多そうやけど、 あなたの世界にゃどんな隠語がありまっか? ところで、まずはこの会話をどーぞ。 A:「ケップのKA、えらいナイスらしいぞ。今日も朝からNってたしな。 でも先週もレスでイモ掘って、挙句の果てにはチングでストップ。 おまけに、従兵が言うにはケップルームでヘルブックもあったらしい」 B:「ああ、そんなんでギア使ってるからベビれないんだよ、と参謀長も言ってたよ。 ところで、貴様のインチはどうだ?まだハートインチなのか?」 A:「当たり前だ。俺のエンゲは怖いんだ。Rなんかもらったら殺されるじゃ済まないぞ。 そういう貴様は、前のルッキングはどうだったんだ?」 B:「ダメだ。とんだBUだったよ」 A:「運がないな。レスじゃいつもMMKなのに」 日本語かこれは!?ちゅーよーな日本語、実は隠語をふんだんに織り交ぜた旧海軍士官同士の会話で、 内容はたぶんわからんでせう。興味がある方だけ、現代風に意訳した内容をどうぞ。 ちなみに、内容はちょっとエロい男同士の会話です、レディーは見たらあきまへん(笑 |
「ネットするな」と人に言いつつ自分はネットしてる馬鹿がいる2008-05-13 Tue 16:53
ホンマは楽しい話をしたいもんやけど、
今日と言う今日は書かせていただこう(笑 さて、題名は例えばの話やけど、 まあ同じこっちゃで、 「禁煙しろ」とタバコを吹かしながら言う、 これって、 全然説得力ね〜よ ちゅーか、むしろ鼻で笑ってやりたいくらいやね。 「ネットするな」にしろ「禁煙しろ」にしろ何にしろ、まずは自分が率先して辞めたら、 むしろその人を尊敬しますわ。 やってみて 言って聞かせて させてみて 褒めてやらねば 人は動かじ って有名な歌(?)があるけど、 人に指図する人間は、まず自分が「やってみて」が先決、それをやらんのは人に指図する資格などなし。 前の会社のこと、上司が会社でスリッパ履きでウロウロして、それを見た俺もスリッパに。 そしたら、上司が、 「お前、社内でスリッパ履きとは何事か!今すぐやめろ」 俺は言い返してやりました。 「人に『やめろ』って言う前に、自分が率先してやめりゃどうですか。 人にやめろと言うことを自分がやってどないするんですか! あなた馬鹿じゃないですか?自分で言うてることわかりますか? (中略) 自分の言うてることがわからんかったら、即刻自分をクビにして下さい。 クビにしていただいて結構、むしろ光栄であります」 馬鹿はさすがに言いすぎやったけど、上司はその時、 「君の言うことは一理ある」 とは言わんかったけど、 (後でサシでメシ食った時に言うとったけどね) 何も言わず次の日からスリッパ履きをやめました。 その上司とは仕事じゃ意見の相違で国際電話でケンカもしたけど、人間的には今でも尊敬しとります。 そして、もう一つ実話を。俺が経験したわけやあらへんけど。 日本海軍の某艦長が、船を港に入れたあと、船員に「上陸禁止令」を出しました。 何日、ヘタしたら何ヶ月も海の上で過ごした人間は、陸に上がる前になったらもういてもたってもいられへんらしゅーて、 「海帰りの水兵さんは『三本足』で歩いてる」 って言われとったそうな。 で、その艦長が、自分だけ港から陸に上がってメシを食ってる始末。 それを見た軍港の参謀長が艦長に聞きました。 参謀長:「『上陸禁止令』が出ているが、誰が出したのか」 艦長:「はい、私が艦長命令で出しました」 参謀長:「自分で出した命令を自分で破ってどうする馬鹿者!船に戻れ!」 と激怒されて尻尾を巻いて軍艦に引き返したら、艦長室の前に汚物が山積みになっとったそうな。 自分で言うたことを自分で破る、傍目から見たらこんなアホ、いや、馬鹿なことはおまへんな。 せやけど、自分が仕事中に平気でネットとかやっといて、 人に「ネットするな」って、 一体お前は何様やねん って言いたいわな。 人にあれこれ言うんやったら、まずは自分が率先してやるべき。ちゅーかそれが当たり前。 それやったらいちおう説得力あるし、むしろ「俺もやめよう」って納得しますわな。 偉そうに人に指図しといて、自分は平然とタバコを吸ってネットやっとる、 これってどーよ? 俺は声を大にして言いたい。 非常〜〜に馬鹿馬鹿しい! 偉そうなこと言うとるんが、自分に甘くてどないすんねん。 「大馬鹿野郎」とはまさにこのこと。 それで人を納得させられとでも思っとるんか?自分らだけで興に入ってるつもりか? これが親やったらどない思いますか? 子供が言うこと聞くと思いますか? コーラは体に悪いから飲んではいけません、と子供に言いながら自分はコーラを飲んでたら、 むしろ「こいつアホや・・・」って幼心でも影で笑っとることでしょう。 ちゅーか、俺がまさにその気分であります。 今日と言う今日は、ついに堪忍袋って奴が大音響で破れました。 もうホンマこいつらおわってるわ・・・。 人に言ってることとやってることの矛盾を知り、恥を知れ、恥を! つか○ーさん風に言うたら、「ふざけんな、てめー」の100乗くらいの気分ですわ。 ホンマに職場の実名と名前を思いっきりここで書きたい気分やけど、 そこはまだ俺も節操がある方やさかいやめとくけど、 それくらい、今日は気分的にゃ腸が煮えくり返っとります。 こないなんは、ホンマは違うとこの方で書こうかなと思うけど、 今回は怒りの濃度がちゃうさかい、表で堂々と書かせてもらいま。 仕事でこんな理不尽なことで怒ったんは初めてちゃうかな? ここまで、まさに「腸が煮えくり返る」ちゅー表現に等しい感情を抱いたんは初めてやと思いま。 正直、仕事自体はおもろいけど、人間があまりにアホらしゅーてやってられん。馬鹿馬鹿しい。 管理職に立っとる人はもちろん、「先輩」として後輩がおる立場の人は、 よーそれを考えた方がええと思いますわ。 人の目は節穴やない、何も言えへんけどきっちり見とること、そして鼻で笑って馬鹿にしとることを。 言い方はキツいけど、そこのあなたも部下に鼻で笑われとるかもしれへんことを、肝に銘じといた方がええと思いま。 ゴミの分別をしなさい、とうるさく言ってる町内会長がゴミの分別してへんのと同じことでっせ。 で、それを指摘しようとしたら、「言い訳するな」ですか、馬鹿馬鹿しい。 国際って名前を借りた、島国根性か、あ〜馬鹿らしい。 せやけど、こっちもええ勉強になりましたわ。 「自分に甘い、っちゅーのが客観的に見たらこない醜いもんやったんか」 っちゅーことを。自分がこーならんよーに今後の参考にしよーっと。 本ブログ書いて3年、始まって以来の火山大噴火な愚痴かもしれまへん(怒 あかんな、これだけ書いたらスッキリするかな、と思ったけど、 全然スッキリせーへん。 むしろ、怒りがこみ上げてくるばかり。この怒りをどこにぶつけたらええんかわかりまへん。 ただいま俺の中にゃ強大な「エネルギー」が発生しとるわけやけど、 心の奥から噴き出てきたマグマをどない冷やそうか考え中です(笑
別窓 |
大阪弁で語りまっせー
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夏の風物詩♪2008-05-08 Thu 19:39
すっかり暑くなりましたな〜。
春のうららの隅田川〜ももうどこへやら、季節はもう夏まっしぐら、 「俺の季節がやってきた!」 と一人で勝手に息巻いとるBJのぶです(笑 こんだけ暖かく・・・いや、暑くなってきたら、 様々な「夏の風物詩」が姿を現してきたりしま。 それは何か? 蚊 もう殺虫剤がフル稼働の毎日(笑 ま、まあそれもそーなんやけど、 夏の風物詩言うたら、これかもしれまへん。 |
語学勉強法@井上成美2008-05-04 Sun 18:40
井上成美って聞いて、「誰その人?」って聞く人がほとんどやと思いますわ。
「ああ、あの人ね」ときたらかなりの通、褒めてあげましょう(笑 「最後の海軍大将でしょ?」って思った方は俺と話が合います。って合いたくない?(笑 井上成美とは、上に書いた通り「最後の海軍大将」って言われた人物で、 剛直にして自分が正しいと思ったことは、誰が何と言おうと筋を通す、 反対する者はコテンパンに論破してぐうの音も言わせず、 「カミソリ井上」と言われて「敵」からは恐れられとった人物です。 当時の海軍では「リベラル」な立場やったけど、 「リベラルはリベラルでも、前に『ラジカル』(過激派)がつきますけどね」 と自分で言うとるくらい、言うことやること当時としてはかなり「過激」でした。 また、 「井上の頭は整理されたタンスのよーなものだ。ボタン一つで数学、物理、英語、 何でも出てくる」 って言われたほど頭脳明晰な人でもありました。 今風に言うたら、さしずめ 「頭がCore2 Duoだ。クリック一つで何でも出てくる」 よーな感じでしょうかね?(笑 宮城県に生まれた彼は、幼い時から成績優秀、 小学校の時の成績表が残ってるらしいけど、その成績は漢文以外ほぼオール満点、 変わったことに、音楽の成績がダントツでピアノやギターが得意、 「ギターを弾く提督」 としても有名になりました。 なんか軍人らしゅーない軍人やなって、 「軍人=堅物」 ってイメージがある人にとっちゃ軍隊と音楽って全くイメージがつかんでしょ。 そして彼は、トップクラスの成績で海軍兵学校に入学します。 海軍兵学校は当時の日本の男性が憧れる男の中の男の学校、 軍隊の学校の割にゃ意外と試験じゃ頭を求められるとこやけど、 「兵学校に落ちた人が東大に行く」 言うくらいのとこで、 もし当時偏差値があったら、間違いなく日本トップの偏差値やった、って言われるくらいでした。 そして井上は、そんな日本の秀才が集まる兵学校でも成績2番で卒業します。 当時の兵学校の成績は、将来の出世が約束されたよーなもん、 兵学校の跡にある、ちゅーか建物をそのまんま使っとる海上自衛隊の幹部候補生学校でも、 候補生学校の卒業の成績(ハンモックナンバーって言います。これは旧海軍からそのまま)がすべてを左右するらしいけど、 兵学校の成績優秀者は新聞の一面に載っとった、ちゅーくらい、日本全体の将来を背負ったよーなもんやったそーです。 ちなみに、井上自身はこの「成績至上主義」を 「型にハマった下らん人間を育てるだけ」 と真っ向から否定しとります。 そして色々経験を積んでいった彼の名前が知れ渡るのは、 日本が戦争に向かいつつある時期のこと。 陸軍やマスコミに煽られた右翼や国民が戦争まっしぐらに進んで行く中で、 海軍大臣の米内光政、海軍次官の山本五十六と共に日独伊三国同盟に猛反対、 「日独伊三国同盟締結→アメリカ・イギリスにケンカ売る→戦争」 ちゅーわけなんやけど、井上が何で猛反対したんか、 どこをどう考えてもアメリカと戦争しても勝てるわけあらへんやん! ちゅーのもあるけど、彼はドイツ・イタリア(+スイス、パリ)に駐在経験があって、 ドイツとイタリアの国民性っちゅーのを知り尽くして、信用に値しないと結論、 「こんな奴らと手を握っても損なだけやん」 っちゅー観点から、徹底的に反対しとりました。 その例が、ヒトラーが書いた「我が闘争(マイン・ガンプ)」でした。 井上は「我が闘争」を、日本人を差別している表現がある、と読むのを禁止させ、 「そんなもんどこにも書いてないじゃないか」 という部下の言葉に、 「日本語訳には書いてない。ドイツ語の原書にしか書いてないことだ。そんな日本人をバカにしてる人間がトップのドイツなんかと手が結べるか!」 と返したと言います。 事実、ドイツ語の原書にゃ、 「日本人は想像力に乏しいバカな奴らだが、手先が器用なのでドイツ人の小間使いにはピッタシだ」 と書かれとって、日本語訳にゃご丁寧に削除されとります。 米内・山本・井上の鉄壁のライン(「海軍三羽烏」)は、 陸軍や右翼からなんぼ脅されても罵られてもビクともせーへんで、 結果論とは言え、一度は日独伊三国同盟を流産させることができました。 昭和天皇も、この鉄壁ラインに、 「よかった。日本は海軍に助けられたな」 と言われたと言われとります。 せやけど、海軍言うても一枚岩やのーて、「海軍三羽烏」みたいな「戦争回避派」の方が少数派、 このラインの3人が全員海軍省からおらんよーになってから、 結局海軍も陸軍に同調してもーて、結果は学校で習った歴史のとーりです。 井上も、のちに、 「海軍が陸軍と手を組んで良くなった例はない。海軍は海軍の主張を貫くべきだ。 二・二六事件を起こした陸軍なんかと手を組むのは、強盗と手を組むようなものだ。 陸軍を止めるものは海軍しかない。その海軍が陸軍と歩調を合わせたら、止めるものがない。 国を救うなら、内閣なんて何回でも倒れたらいいじゃないか」 と、かなり過激な発言を戦争中に言っとります。 こないな風に、自分の意見は絶対に曲げへん性格のせいか、結局彼は左遷されてまうんやけど、 彼の真骨頂は、戦争中に就任した海軍兵学校校長からでした。 彼自身、戦後に 「軍人より教育者の方が向いてる。職業を誤ったかな(笑」 と言ってるように、ここで彼の個性が如何なく発揮されます。 |











