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BEのぶ

  • Author:BEのぶ
  • 自称「ブログエッセイスト」ことBEのぶです。
    昭和史をライフワークにしていますが、平成ももうすぐ30年経ち、昭和が遠い過去になりつつあります。
    昭和も遺産・遺物を探れば立派な「考古学」となります。題して「昭和考古学」。ジャンルは遊郭・赤線跡から鉄道、そしてすっかり忘れ去られた歴史を掘る「昭和の考古学者」として、昭和の名残りを通して考察する旅を続けています。

    基本は標準語で書きますが、エッセイは大阪弁で書いていきます。

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■■■中国古典サプリ7 外国語の勉強とは何か?

ブログがブログやさかい、「遊廓の研究でメシ食ってるんですか?」なんて聞かれたりすることがあるけど、
俺は偉い大学の先生なんかやありまへん、ただの一般市民です(笑
外国には「インディペンデント シューラー」という、日本風に言うたら組織に属しない「フリーの学者」ってのが存在するけど、
(日本じゃ、中国古典学者の守屋洋さんや、文献学者+エッセイストの林望さんが該当するかな?)
俺も「遊廓考古学者」なんて肩書き作ってみようか・・・いや、そんな邪念は(-_-)/□オイトイテ

で、俺が実際にメシ食ってる分野は外国語であります。
外国語の勉強が三度のメシより好きやさかい、ある意味「天職」とも言えるし、好きなことを仕事にしとるという面じゃとんだ幸せ者です。せやけどその分金がない(笑

今回は、よく聞かれる質問を中国古典で答えてみようという試みをしてみます!?

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テーマ:中国古典サプリ
ジャンル:学問・文化・芸術

■■■中国古典サプリ(5) 春が来ない冬はない

人は誰でも一回は「試練」とか「逆境」って言われる苦難の時を味わっとると思います。
まあ、小学生とかはさすがにないと思うんやけど、大人になれば年を取ると必ずやって来ると思います。
ブログで偉そうに言うとる俺も逆境なんか何度も経験しました。自暴自棄になったことも何度もありました。
せやけど、不思議と自殺したいとか死にたいとは思わんかって、精神科医にも「生への執着がすごいですね」と褒められたんか嫌味を言われたんかわからんよーな言葉を言われたことがあります(笑
まあ、

「一度も不幸な目に会わなかった者ほど不幸なものはない。
このような者は、かって自分自身を試練することが許されなかったからである」


っちゅーローマ帝国時代の哲学者のセネカの言葉通り、逆境を天から与えられた人は天から「お前はすごいんやぞ」と言われとるよーなもん、人間としてレベルアップできるチャンスと思うんが、余計なストレスを自分に与えん方法やと思いますわ。

受験の失敗、リストラ、病気、貧乏、失恋などなど、程度の大小あれど逆境にも色々種類があります。
その時には「何で自分が」と落ち込み、見える先は真っ暗やさかい不安になり、とことんまで凹んで世間を恨み、笑って過ごす人を妬み、そして自分自身に嫌気が差すことやと思います。
いやはや、俺もすべて経験しとりまっせ~、一部現在進行形のもあるけど(笑
まあそれはさておき、そんな「パルプンテ」な人生送ってるさかい、人生の壁にぶつかって苦しんでる人の気持ちはよーわかるんですわ。
せやけど、そんな「苦難の時代」も過ぎてみて過去を振り返ってみたらどうってことはない、
今苦しんでる人に言えることは、

「何とかなる!」

もうこれに限る(笑
俺も「並の運やったら3回くらい死んでるやろ」って他人に言われとるくらい色んなことあったけど、
結局すべて過ぎてみたら「何とかなった」んですよね~。
もちろん、場合によっちゃ人に下げたくない頭下げたり、脳がちぎれんちゃうか?ってなくらい知恵を絞ったり、屈辱を味わったりもしたけど、すべては「何とかなるよ」、この一言やったりします。

せやけど、これで終わってしもたら「中国古典サプリ」の意味があらへんさかい、もう少し続けます。

『韓非子』という古典にこういう言葉があります。

「冬日の閉凍や固からずは、則ち春夏の草木を長ずるや茂からず」

(原文:冬日之閉凍也不固則春夏之長草木也不茂)

直訳したら、
「冬に凍りついていなければ、春や夏になって草木は成長しない」
という感じなんやけど、
これを人間の人生に当てはめると、冬という逆境の時代が来ないと春になってきれいな花は咲かせられませんよ、ということで、
逆の言い方したら、春に咲くきれいな花は、冬の寒い時に土の下でじっと耐えとったからこそきれいなんやということ。
そしてもう一つは、上のセネカの言葉にも通じるんやけど、冬を経験してへん花はきれいに咲かない、きれいと思ってるんは自分自身だけ、っちゅーことですわな。
日本語風に言うたら「艱難汝を玉にす」「春の来ない冬はない」ということです。

逆境は、その時は人によってはホンマに死にたいくらい苦しいんやけど、それはプラスに考えたら春の前兆、
楽しい時もずっと続きはせーへんけど、苦しい時も同じで長くは続きません。
そん時は先が見えへん不安から「ずっと続くんちゃうか?」と思ったりするんやけど、それは俗に言う「杞憂」ってやつです。
ここは自分という人間が大きくなるか、それとも余計に小さくなるかの瀬戸際やけど、人間が大きくなっていくきっかけは苦難のことの方が多いことは事実。
「電力の鬼」って言われた松永安左エ門という実業家の言葉に、『実業人として一人前になるには三つの節を経験しなければダメだ。 浪人、闘病、投獄の三つだ』というのがあるんやけど、
『実業人』を『人間』に置き換えても通用すると思います。
まあ、「投獄」は極端な話やけど、これは牢屋に入れられる時の孤独感と極限状態のことを言うとるんやと思います。何も犯罪しろと言うとるわけちゃいまっせ~(笑
ちなみに、松永安左エ門は慶応義塾大学卒なんやけど、福澤諭吉から直接教えを受けた最後の世代で、彼の著書には学校内で先生に向かって直立不動で挨拶したら、ある60過ぎの爺さんから「うちでは道で会ったくらいで挨拶なんかせんでいい」と叱られ、その爺さんが福澤諭吉本人やったことを後で知って、「挨拶しなくて叱られることはあっても、ちゃんと礼儀正しく挨拶して叱られるとはなぁ~」と不思議な気分やったそーです。
ちなみに、これは別に「挨拶するな」と言うとるわけやのーて、慶應は「先生」ってもただ学生より早く卒業して難しいことを少しだけ知ってる先輩が教えてるだけで、ただ早く入ったか遅く入ったかの違いだけで同格である。同格に対して直立不動で挨拶する必要はなし。
慶應は今でも「先生」って公には福澤諭吉だけなんやけど、その『福澤先生』にも「改まって挨拶せんでいい、軽く『ども』程度でいい」と言われ、「妙なお説教が福澤先生との最初の出会いだった」と著書に記しています。

ほな、逆境の時はどないしてしのいだらええのか?
そんな時は正直何してもダメ、じっと我慢の子で「春」が来るまで待つことやと思いますわ。
少なくてもやったらあかんのは、焦ってじたばたもがくことです。
逆境の時は「動かんとあかん」と思ってまうんやけど、焦って動いても結果は余計ひどくなるだけか、無駄な徒労に終わってエネルギーだけ無駄に消費したってことだけ。
これは俺も、逆境の時に何度ももがいて結局余計に状況がひどくなったってこと何度もあったさかい(汗
こういう時は何してもあかん、すべて裏目に出てまうんですわ。

「遇と不遇は時なり」

って言葉が『荀子』という書物にあります。
「遇」ってイケイケで何しても当たりな時、「不遇」は読んで字の如くで何してもダメな時、いわゆる逆境です。
「遇」と「不遇」って順番にやってきます。
せやけどこれだけは言えるんは、「遇」の時は別にいいんやけど、そん時にイケイケで何も考えてへん人に限って、といざ「不遇」の時になったらじたばたもがいて事態を余計に悪くする、つまり「不遇」の時を自分で延ばしてまうってことです。
ほな、こういう「不遇」の時はどないしたらええんか、孔子はこない答えとります。

「身を修め行い端(ただし)くして以ってその時を俟(ま)て」


上で「逆境の時はヘタに動くな、じっとしとけ」って書いたんやけど、それは別に「何もしたらあかん。ボーッとしとけ」ってわけちゃいまっせ~。
「身を修め」ながら「その時を俟つ」ということが肝心で、自分のツキが「不遇」から「遇」へとチェンジする時はその予兆があったりします。
その時に「身を修め」てへんかったら、せっかくのチャンスを活かされへん・・・いや、活かされへんなんかまだマシ、ほとんどの人はそのチャンスすら気付かんまま通りすぎてまうと思います。
そうなったら運命の女神は非情なもんで、「せっかくチャンスやったのに!」と拗ねてしもて、次はなかなかチャンスをくれません(笑
逆境の時はひたすら「身を修め」てじっとツキが上がるのを待って、チャンスが来た時に即行動出来るよーに準備しておくってことで、「備えあれば憂いなし」ですわな。

ほな、「身を修める」を具体的に言うたら、俺はやっぱ読書がいちばんかなーと思います。
たとえば病気で入院せなあかんかったら、これをバネに思いっきり本を読んだり資格の勉強をしたりして、入院してヒマな時を逆利用したったらええわけです。
俺の知り合いで、20歳で子宮がんに罹ってしもた女の子がいました。
子宮全摘出やさかいもちろん子供は無理、当時付き合ってた彼氏にも逃げられて人生のどん底に陥って毎日死ぬことばっか考えとったそうですわ。
せやけど、入院生活ヒマやさかい差し入れしてもろた本を読んで何かが開眼したらしゅーて、今まで勉強なんか全然せーへんかったのに猛勉強始めて大学に合格、大学院まで行って今は大学に残って研究生活を送っとるそうですわ。
彼女は子宮摘出っちゅー、女性やったら女性であることを全否定されたに等しい屈辱を毎日泣いて死にたいって言いながらも乗り越えて、新しい人生を「創造」して運命を変えた言うても過言やないと思います。
ヒマやからってゲームするんもええけど、入院したんは天の恵みとプラスに考えて人生観を180度変えてみましょう。そしたら絶望が希望に変わることだってアリエールなわけで。
ちなみに、「身を修める」は戦前の学校にあった「修身」という授業の語源やったりします。

そこそこ人生経験を積んだ大人ならさておき、まだまだ生きていく上での経験値が少ない、ドラクエで言うたらやっとレベル3か4くらいの中学生や高校生諸君やったら、
志望校に落ちたり好きな人にフラれたりして、お先真っ暗になってまうこともあると思います。
せやけど、「人間万事塞翁が馬」って言葉もあるよーに、人生その挫折がどこでどない転ぶかわかりません。好きな人にフラれたからって死にゃーせーへん(笑
挫折を味わって自分を腐らせるのはあまりにもったいない、それを逆に活かしてやろーやんけ!と開き直ったら、逆に活力が湧いてきたり、視野が広がったり、人生観すら変わることもあります。
「冬日の閉凍や固からずは、則ち春夏の草木を長ずるや茂からず」、つまり「春が来ない冬はない」と思って「身を修め」、次のチャンスは絶対ものにするぞ!と頑張ってみましょう。

テーマ:中国古典サプリ
ジャンル:学問・文化・芸術

■■■中国古典サプリ(3) 汝自惚れることなかれ

ここ最近、「市川海老蔵騒動」とやらが世間を騒がせとるみたいですな~。
どうもニュースだけ見たらかなり酒癖が悪いみたいで、かなりの酒乱のようですけど、
「酒は飲んでも呑まれるな」
って言葉のとおり、酒は気持ちよく飲みたいもんですな~。
っても、一人まったり飲む時はさておき、自分だけ気持ちよくなってもあきません、みんなが楽しく気持ちよく、が第一前提でっせ。
俺も、実は中国留学の時に酒乱の「同学」(中国語で「クラスメート」って意味)にえらい目に遭わされたことがあるさかい、酒乱とは飲みたくないし大嫌い、酒乱はもうこりごりですわ、ホンマ。
この騒動で海老蔵自身はおろか歌舞伎界自体のイメージダウンは必至、傷が治っても公の場に出るんはしばらく時間がかかるでしょう。

せやけど、海老ちゃんは歌舞伎のエリート&サラブレッドちゅーこともあってか、容姿端麗で傍目から見たら立派に見えるけど、
どうも酒を飲んだら「本音」が出るみたいですな。それは海老ちゃんに限ったことやなく、アルコールは理性のスイッチをオフにするんか良くも悪くも本音か本性が出てしまう。
それで痛い目に遭った人は多くおるでしょう。まあ、俺もそうなんやけど(笑
海老ちゃんの酒の上の言動は書くの邪魔臭いさかい省略するけど、この騒動を見ててふとある言葉が思いつきました。


■■■中国古典サプリ(2) リーダーの資質

中国の古典と言うたら、『論語』とか『老子』『史記』など、日本じゃまだ縄文時代の紀元前に書かれた書物のことを思い浮かべる人が多いけど、
日本で言うたら戦国時代とか江戸時代くらいに書かれた「古典」も存在します。
『論語』とかを「初期古典」と言うなら、後者は「後期古典」って言い方も出来るかもしれません。
今日のサプリも、そんな「後期古典」からの出典です。


深沈厚重なるはこれ第一等の資質

磊落豪雄なるはこれ第二等の資質

聡明才弁なるはこれ第三等の資質


「どっしりと落ち着いて物事に動じないのは、人間として第一級の資質である。
細かい事にこだわらず太っ腹なのは、第二級の資質である。
頭の回転が良く弁が立つのは、たかだか第三等の資質に過ぎない」


これは
『呷吟語』(しんぎんご)
という、呂新吾という人物が書いた書物で、これが書かれたんは今から450年前くらいで中国じゃ明の末期、日本じゃ織田信長とほぼ同世代の官僚で、
『呷吟語』は彼が58歳の時に書かれ、西暦で言うと1594年あたり、ちょうど豊臣秀吉が朝鮮へ出兵した頃の書物で、それから死ぬまでの間に追加・校正されてまとめ上げられたものです。
それよりちょっと古い時代に「後期中国古典」の名作の『菜根譚』が生まれていますが、これに比べると『呷吟語』の知名度はいまひとつ、知る人ぞ知るような古典になっています。
しかし、これは明の末期に世の中が乱れていき、世の中の矛盾や不満などを冷静な目で書き記したもので、作者は官僚とは言え中世中国のマジメなサラリーマンのようなもの、現代人にも通じる世の中の無常さを綴っています。
『呷吟語』の「呷吟」はこの序文に「病気のこと」と書いていて、精神的な病、悩みとも解釈できます。作者が「サラリーマン」として悩んで頭を抱えて、吐き出すように書いた言葉、それが『呷吟語』というわけです。

テーマ:中国古典サプリ
ジャンル:学問・文化・芸術

■■■中国古典サプリ(1) 己の欲せざるところ、人に施すなかれ

もうすぐ寒い冬将軍が来ますが、「冬眠」の前にしばし「秋眠」していたBJのぶです(笑
前のブログの更新の日付見たら、1カ月以上も更新してへんかったのか、こりゃ「眠り」ちゅーより「死んだフリ」になっとるな・・・。

さて、中国の古典って聞いたらどんなイメージがしますか?
「古臭い」とか「説教臭い」とかそんなイメージしか思い浮かばん人もおるかと思います。
最近は尖閣諸島問題なんかで日本と中国の関係がビミョーになっとるさかい、
「中国」って文字を見ただけで拒絶反応を起こす人もちらほら(笑
せやけど、歴史的にゃ日本と中国はお隣さん同士ってことでお互い影響を受け合ってたのは事実。
その中で、日本が中国にいちばん影響を受けたんが「古典」の数々。
その昔、中国が唐と呼ばれた時代に中国へ渡った遣唐使が、日本に持って帰ってきた「お土産」ナンバー1が、実は中国の書物の数々ということが、当時の目録からわかっています。
もう中国では残っていない、滅んだと言われとる思想や原典なども日本に残っとったりするんは、
大昔の日本人が命をかけて祖国に持って帰ってきた「本」のおかげやったりするんですわな。

その「古典」は、時代が鎌倉になっても室町になっても、江戸になっても明治になっても日本的に解釈がアレンジされながら日本人の精神になって残ってたりします。

「古典」って聞いてアレルギー起こしそうな人もいっぱいおると思うけど、
確かに難しいのもあると思うけど中国古典のおもろい所は、そんな小難しいことはあまり書いてへんこと。
シンプルに読んでみたら意味がストレートに伝わってきます。
せやさかい、古典アレルギーな人こそ逆に古典を読んで欲しいと思います。
せやけど、何を読んでいいのか?そんな難しいことわからん!
という気持ちもわかります。
そこで、俺が「オレ流解釈」で中国古典を解説してみようかと思い、新しくカテゴリを作ってみました。
その名も、

「中国古典サプリ」

やったりします。
普段何気なく使っとる言葉が実は中国古典が出典元やったり、
学校の授業やったり会社の訓示やったり、聞いたことがある言葉が必ず出てくるはずです。
それで新鮮な気分になっていただき、色々お悩みの方にじっくり効くような
「心の漢方薬」
になるような言葉を紹介していきたいと思っとります。
せやけどこのブログは何も正座して背筋を正して見る必要はありません(笑
むしろ、食事の後にコーヒーとお菓子をほうばりながら、リラックスして時には頷いて時には笑いながら読んでいただければ嬉しいです。
出来るだけ難しい言葉は出来るだけ使わず、「サルでもわかる中国古典」のような感じで書いていきたいと思います。
まだまだ勉強不足やさかい文が字足らずになることもありますが、
それもご愛敬と思って勘弁してくんなはれ。

そしてこのカテゴリは、読みやすいよーに出来るだけ文章が長くならんようにします(笑

テーマ:雑記
ジャンル:ブログ

 
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