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BEのぶ

  • Author:BEのぶ
  • 自称「ブログエッセイスト」ことBEのぶです。
    昭和史をライフワークにしていますが、平成ももうすぐ30年経ち、昭和が遠い過去になりつつあります。
    昭和も遺産・遺物を探れば立派な「考古学」となります。題して「昭和考古学」。ジャンルは遊郭・赤線跡から鉄道、そしてすっかり忘れ去られた歴史を掘る「昭和の考古学者」として、昭和の名残りを通して考察する旅を続けています。

    基本は標準語で書きますが、エッセイは大阪弁で書いていきます。

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■■■ブログ移転のお知らせ

ブログを訪問し、読んでいただいてありがとうございます。

しばらくFC2でブログを書き続けてきましたが、ブログをはてなブログに移転し今はそちらで書いています。

移転先

ブログエッセイと昭和考古学の旅へ

(はてなブログ)

ここの記事は随時移転していきます。
「消えた遊郭・赤線跡をゆく」は移転の上文章とデータを全面改訂した上で、はてなの方で再公開します。
再公開次第、FC2での記事は消していきます。

まあ、マニュアルで引っ越し作業をするので、移転にはしばらく時間がかかると思います。
期間は・・・おそらく1年くらいかけて(笑
なので、移転はしてもブログを消すことはしばらくないのでご安心を。

今までありがとう、FC2。拙い記事を楽しんでくれた読者のみなさん、ありがとう。

そして、はてなブログの方でまたお会いしましょう!!



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■■■228事件と台湾の限界

ちょっと古い記事やけど、台湾の新聞から。

歷史課本無228元兇 教師怒吼要求轉型正義
(台湾 自由時報より)


タイトルを意訳すると、
「歴史教科書に228事件加害者の記載なし
高校教師・歴史学者が怒りの抗議」
となります。
さて台湾の教師たちは、「228事件」になんでこれだけ怒っとるんでしょうか、

東日本大震災の時、台湾の方々が送ってくれはったたくさんの義援金や気持ちから、台湾に目を向ける日本人が多くなっています。昨年の日本人の海外旅行先トップがダントツ台湾だったことも、その現れの一つと見ていいでしょう。日本と台湾の「相思相愛」の時期は着実に近づいとります。

せやけど、台湾の歴史になると案外知らない人って多いんちゃいますか?
「日本の植民地だった時代があって・・・」くらいしかイメージがないんちゃうかなと。「植民地」というのも、個人的にはちょっとなんかちゃうんやけどな・・・と思うビミョーなワードやけど(台湾じゃ「日本時代」「日治時代」と書きます)、知識がないと「そんなもん」でしょう。
この228事件は、戦後の台湾に起こった最大の悲劇であり、そして謎多き事件でもあり、そして立場が変われば台湾史に歴然と存在する「黒歴史」でもあります。その歴史を大雑把に見ていきましょう。

テーマ:歴史
ジャンル:学問・文化・芸術

■■■消えた遊廓・赤線跡をゆく? 大連編

台風11号が近づいて、週末は家から出るに出られずなBJのぶです。
今は雨は止んだものの、風はけっこう強くて自転車に乗っとったら突然の突風でグラっと倒れそうになります。
せやけど土曜日と日曜の午前はものすごい大雨、家から数百メートルのコンビニへ行くのにも、ある意味命がけです。
俺が住んでる地域のすぐ近くの地域は、土砂崩れの可能性があると市から避難勧告が出てたんやけど(俺が住んでるとこはギリギリ出てません)、確かに近くの川は氾濫しそうなくらいの大量の水が流れとります。
せやけど、台風はある日突然大阪上空に発生したわけちゃうさかい、週末の「ひきこもり」生活に備えて食料を買い込んできとります。おかげさまで「ひきこもり」生活をエンジョイしとります(笑

で、ふと資料収集も兼ねて、久しぶりに国会図書館のデジタルライブラリにアクセスしてみました。
そして何の目的もなく、
「おもろい資料ないかな~?」
と超テキトーに検索して超テキトーに資料を見てたら、昔の大連の写真集みたいなものが出てきました。
大連?日本にそんな街あったっけ?と思う人は少ないと思うけど、そりゃそうや、大連は海外にある街なんやから。
今回の「消えた遊廓・赤線跡をゆく」は突然海を超え、国をも超えてしまいます。

2014081001

大連は中国北部にある、遼東半島というところの端っこにある都市です。
中国の都市の中でも、都市規模は北京や上海とかには及ばないものの、上に書いたよーに日本の租借地やった関係で日本人も多く住んでいました。「大連」ときたらどこか懐かしい、ノスタルジーを感じる人もおるはず。よく考えたら、今でも80歳以上の人やったら大連で生まれ育った人もおるはずやさかい、記憶の中ではまだ「現役」な街でもあります。
せやさかい、日本人の中やと北京・上海などの中国都市の横綱と、十分がっぷり四つに組める知名度であります。
大連は元々ロシア人が作った街で、「ダーリヌィー」(遠い)っちゅー形容詞から来たのが由来です。どこを基準に「遠い」ねん!?というと、当時のロシア帝国の首都、ペトログラード(今のサンクト・ペテルブルク)からなんは言うまでもありません。まあそりゃ遠いけど、名前の付け方がかなり安直すぎる(笑
大連ってどこ?何それおいしいの?と思う人でも、「旅順」言うたらピンとくる人も多いはず。日露戦争の激戦地である203高地がある旅順は大連の隣にある街で、大連とは双子のような街であります。中華人民共和国が出来た時は、この2つがくっついで「旅大市」が出来たんやけど、中国人的には旅順より大連の方が格式があるんか、大連が旅順を呑み込む形で合併し、現在も行政区分的には旅順は大連の一部になっとります。

そんな街を日露戦争のポーツマス条約により、租借権をロシアからGETした日本が本格的に都市開発を開始しました。それと同時に名前も「ダーリヌィー」を漢字に当てはめた「大連」にし、それが現在に至っとるちゅー感じです。
余談やけど、都市の名前で同じよーな変遷で定着しとるところに、台湾の高雄があります。
高雄は元々は原住民の言葉で「ターカオー」か「ダーガオ」と呼ばれとって、それを漢族が「打狗」(ダーゴウ)と漢字にはめとりました。
せやけどこの「打狗」、中国語がわかる人やったらわかるよーに、漢字を直訳したら「犬をぶちのめす」って意味になるんですわ。それを、
「なんじゃそんなお下品な名前は!」
とでも思った日本人が、より雅で街の名前にふさわしい京都の高雄を持ってきて、「高雄」になり現在に至っとります。せやけど、中華民国が台湾にやって来た後も漢字が残って発音が北京語で「カオシオン」(台湾語じゃ「コーヒィオン」ね)になったせいで、元々あった「ターカオ」が消えてしもたという、予想外の(?)展開になってしもたというオチです。ちなみに、日本統治時代を知ってて、もちろん日本語ベラベラの台湾人のおじいちゃんに、
「日本時代は『高雄』ってどう発音しとったの?」
と聞いてみると、
「いや、そのまま『たかお』だよ」
とのことでした。

それはさておき、大連はロシア人が作った土台をベースに日本人によって本格的に開発され、近代的で合理的な町並みが田舎の寒村に出来上がりました。
大連にゃ俺も何回か行ったことがあるけど、今はだいぶ取り壊されたものの、昔は日本時代そのままの町並みがタイムカプセルのように残っとりました。正直、外国いうより「ただいま」という感覚の方が強くて、少なくても空気が全然中国やなかったような感じが残ってました。はじめて大連に行った20年前は、日本統治時代を知ってる人もけっこうおって、日本語で話しかけてきた人も多かったです。住んでるんは今でこそ中国人やけど、日本語で「すんませーん!」と叫んだら、ひょっこり着物を来たご婦人が現れてきそうな空気やったことを、今でも覚えとります。
昔の大連には日本人が数万人単位で住んどりました。大連には日本人街と、中国人街である郊外の「小崗子」に分かれとったけど、厳密に区別されたわけでもなく、実態は雑居みたいな感じでした。
せやさかい、昔からイメージだけやないリアルな日本人と接してる中国人(他満州族等の民族)が多く、戦争中も抗日団体がなんぼ反日を唱えても煽っても、ドラクエ風に書くと「しかしなにもおこらなかった」そうです。また、記憶に新しい近年の「反日暴動」も、大連だけは全く起こらんかった事実もあります。

日本人が住んでたところは、中国でもやっぱし俺に懐かしさを感じさせる空気は残っとるみたいです。もうかなり前になるけど上海に住んでた時に、今の市内北部にあった旧日本人街を訪ね歩いた時も、大連と同じニオイがしました。
そのブログはサイト自体消えてしもたけど、上海の日本人の跡を訪ねる旅はアーカイブとして移転してあるさかい、ヒマやったら読んでみて下さいな。「消えた遊廓・赤線跡をゆく」の原点みたいなもんやさかい。

上海租界散歩 日本人の足跡を訪ねて 第一章
上海租界散歩 日本人の足跡を訪ねて 第ニ章
上海租界散歩 日本人の足跡を訪ねて 第三章
上海租界散歩 日本人の足跡を訪ねて 第四章
上海租界散歩 日本人の足跡を訪ねて 第五章
上海租界散歩 日本人の足跡を訪ねて 第六章

上のブログを書いたんはブログなるツールを知った初年に書いたもんやさかい、ブログを書き始めてもう今年で10年やったんか、と新しい発見がありました。
ブロガーとしての節目の10周年記念やのに、ブログサボってる場合やあらへんな(笑

■■■なぜ台湾人は親日なのか?

今日まで華の3連休やったけど、どこにも出かけてへんBJのぶです。
だって、3連休は雨って聞いてたさかい、こりゃ「晴耕雨読」やなと思ってひきこもりの予定やったからです(笑
で、一泊だけやけどホテルに引きこもって「お勉強」をしとったんやけど、それは何か。
中国語と中国でメシ食ってる人間でも、現代中国史でわけがわからん部分があります。
それが、「文化大革命」という中国の国内大混乱イベント。これは中華人民共和国の一大汚点でもあるし、ほとんど内戦状態で国内メチャクチャ、何もしてへんのに意味不明な罪を突きつけられて辛酸を嘗めた人も多かったんです。
そのせいか、15~20年前に中国に留学しとった時に、明らかに文革を経験した世代に聞こうとしても、誰一人口を割ってくれませんでした。まるで国中に緘口令でも敷かれとるように。まあ、文革で人間性すら否定され言語に絶する屈辱を味わった人も多い上、当時はまだ傷が癒えてへんかったんやろなーと、今になったら気持ちはわかるよーな気がします。
これに関しては、中国でこれやさかい日本とかの方が情報が多いし研究も進んでるんやけど、本とかを読んでも実にわけがわからん(笑 社会主義の理論とか当時の政治闘争も複雑に絡み合うさかい、知れば知るほどよくわかんない・・・ってのが本音です。

せやけど、さすがに40年も経ったらだんだんと傷も癒えてきたんか、それとも「緘口令」が解除されたんか、徐々に当時を語る人たちが出てきたみたいです。
いちおう、「チャイナウォッチャー」でもあるさかい、「文革って何?」って質問にも答えんとあきません。答えられへんのはこっちの勉強不足やし恥でもあるさかい。それで色んな方面からアプローチして3連休で「夏休みの宿題」を片付けとったわけであります。
以上、言い訳を終わります(笑



日本人は、やけに「親日」「反日」で国を分けようとするのが好きです(笑
人の目をすごく気にする日本人の性格と言いましょうか、それで一喜一憂するのもある意味日本文化の一つやと思いますわ。そりゃ良い悪いとかの問題やありません。

で、もし「親日メーター」ってのがあったら、時にはメーターが振りきれて「測定不能」になるくらいの親日度を誇る国が台湾です。
俺もちょっとの間ながら、中国だけやなくて台湾にも住んでたことがあるんやけど、15年くらい前とは言え当時は日本統治時代を経験したいわゆる「日本語世代」がウヨウヨしとりました。住んでたんは台北やさかいまだ少なかった方やけど、南へ行けば行くほど、日本語世代の人たちの割合が高くなっていきました。
おばあちゃんに台湾語で話しかけられて、「ごめん、俺日本人やから台湾語わかんね」と北京語で謝ると、
「あらやだ!日本人に台湾語で声かけるなんて、あたしももうろくしたわね~」
といきなり日本語にチェンジ、俺呆然、というくらいのことなら日常茶飯事な時代でした。
何より、台湾に住んでた頃の家の家主さんが「元特攻隊員(学徒出陣組)」という濃さで、「特攻隊員として志願した時点で、自分は死んだと思ってるから、死なんて怖くも何ともないよ。いつでも来い!って感じだね」と言っては笑ってる豪傑やったさかい。俺が小さいころには近所にもよくおった、威厳があるおじいちゃんって感じで、当時一緒に台湾におった彼女は怖がってたけど、俺はむしろ昭和の男の懐かしさというものを感じてました。
それ故、「今の日本はどうなってるんだ!もっとしっかりしなさい!」と毎日のように・・・いや、毎日叱られてたような記憶があるけど、それは怖いというより、ふがいない孫をおじいちゃんが心配して叱咤激励してる、という「愛」がありました。日本人がどっかで忘れてしもた、日本人とは何かちゅーことをまさか台湾で気付かされるとは思いもしませんでしたわ。
これに関しては、別にブログでも書きましょうか。書き出したらこれまたキリあらへんさかい。

台湾の日本LOVEぶりはなぜなのか?
それは、日本統治時代にうんぬんかんぬん・・・。ということもあるにはあります。
日本統治時代は50年続いたんやけど、50年は短かそーで長いみたいで、そこでしっかり「日本」が染み付いて台湾人の中に浸透している、という期間としては十分でした。
で、日本人が台湾人に遺したもの。それは建物とか食事や言葉などの、目や耳など五感で感じられるものばかりではありません。「考え方」まで遺したことに目を向ける人はなかなかおらんと思います。

その一つが、「コツコツ型志向」。
台湾人は、人類学的には東南アジア系の血が濃いものの、分類すれば漢民族ではあります。でも、大陸の漢民族とはハードやなくて中のソフトウェアが全然ちゃうところがあるんです。その違いは、WindowsとiOSの違いくらいはあるかな~と。
大陸型漢民族は、金稼ぎに関しては一攫千金型で、株とか不動産投資とかに熱を上げて、あわよくば「濡れ手で粟」を狙う傾向があります。それと、「自分の手を汚すのは下賎の人間がやること」という儒教的な考えがあるせいで、エンジニアがなかなか育たへん、地位もそれほど高くない(これはちょっとは改善されとるかな)という文化的要因もあります。簡単に言うたら、中国(韓国もそう)は「文系国」、日本は「理系国」とも言えます。せやさかい、日本人が大の得意にしとる「コツコツ積み重ねる」というのが大の苦手やったりします。
俺は中国に留学・仕事で住んで、生でこの中国人気質に触れてたさかい、「中国が技術大国になるなんてあり得んわ」と私的にゃ言うとりました。
せやけど、「中国は日本を抜く、いやもう抜いた」という声にかき消され、やっと市民権を得たんは去年くらいの話やったりします。やっと俺に追いつきましたか(笑

反面、台湾型漢民族はコツコツ大好きであります。台湾に世界的な製造業が多いんも、その気質の違いですわな。シンガポール人も一時は製造業を重視しとった時期もあったけど、やっぱ生理的にあかんかったみたいです(笑 
その点、台湾人は製造業が肌にあってるんか、世界的なメーカーを多く生み出しとります。
台湾の製造業言うたら、パソコンのメモリとかを思いつく人が多いけど、台湾が誇る「世界一」がまだやったりします。
それが自転車。
マウンテンバイクやロードバイクなどのスポーツ系自転車乗りなら誰でも知ってる・・・いや、知らんのはどうかと思うぞ、というくらい有名なGIANTやMERIDAも純台湾メーカーです。仮に、いや万が一MERIDAを知らんかったら、SPECIALIZEDなら必ず聞いたことがあるし、乗ってる人も多いです。SPECIALIZEDは登記上は「アメリカ」なんやけど、MERIDAの子会社です。自動車に例えたら、MERIDAがトヨタならSPECIALIZEDはLEXUSみたいなもんですわ。
彼らはヨーロッパの自転車メーカーの下請けをコツコツやっとるうちにメキメキと実力をつけ、今や世界のGIANTにMERIDA。「自転車界のトヨタとホンダ」ですわな。ヨーロッパメーカーのスポーツ系自転車も、ブランドだけ貸してほとんどがMADE IN TAIWANなのが現状です。
正直なところ、ものづくりが得意な日本は、スポーツ自転車業界ではかなりマイナーです。ブリジストン(ブランド名は"ANCHOR")が頑張ってるかな・・・という程度。「日本ダメじゃん」と思いきや、しかし自転車のパーツはほとんどが日本製。同じく、自転車に乗ってて”SHIMANO”を知らん人は、世界には100%おりません。知らんという人は間違いなくニセモノです(笑
"SHIMANO"は釣り好きな太公望のみなさんでもお馴染みのブランドやけど、自転車用パーツでも世界的なメーカー、それも我が(元)地元の堺が産み、そして今でも本社が堺にある世界メーカーです。

堺自慢はさておいて(笑)、この台湾人のコツコツ志向は「日本の置き土産」と言われとって、それを文化的に解説したんが、最近亡くなられた作家の邱永漢氏でした。邱さんは旧制台北高校を卒業した純台湾人ながら、大陸型漢民族的要素があった人やけど、「見えない日本の置き土産」を指摘するところは、さすが目の付け所がちゃうなと感心しましたわ。中国人気質にかんしては、邱さんの『中国人と日本人』が白眉やさかい、興味ある方は読んでみてくんなはれ。中国人だけやなくて、日本人が気づいてへん日本人気質も、批判も含めて気付かされます。今ちまたに溢れてる『嫌中本』はこの本を読んでからでも遅くない、特に中国と中国人に直に、濃~~く触れてへんかったら。

話がまた脱線しそうやさかい、何で台湾人が親日なんか?っちゅー原点に戻りましょう。
上にも書いた通り台湾は、お隣の某国風の言い方をしたら「日帝50年」を経験しとるさかい、歴史的に日本とのかかわりが深いこともあるし、ほとんどの本はそこをえらい強調しとります。
せやけど、それだけやない、というのが俺の意見です。
歴史っちゅー「過去」だけやのーて、今我々が生きてる現代、国際政治的に台湾の親日に目を向けてみましょう。


■■■やるべきことをやる

今回は、リアルタイムな国際政治の話を。
このブログじゃ政治的な話はあんまし出てきません。せやけど興味がないわけやありません。
むしろ中国語がメシの種やさかい「大いに興味あり」どころか、かかわっていかんとあきません。場合によっては商売あがったりなこともあるし(笑
せやけど、せっかくブログ書いてるし、間接的に東アジア情勢でメシ食ってるってのもあるさかい、主張しておくとこはちゃんと書いとかんとあかんなという考えに至って、たまには書いていこうかな~と思った次第です。
大阪弁で書くさかい何か説得力ないよな~と、自分でも書いてて思うんやけど、まあ一人の市井の人間の、なまくらな剣で斬る与太話と思って気軽に読んでくれたら幸いです。

そして、あんまし長文にならんよう、努力致します(笑

■■■夜の飛田散歩

今週末、気分転換にちょっとプチ旅に行ってきました。
それはここ↓


140622-1

なんだ、ただの独房か。
あ、いや、別に警察の留置場で寝泊まりしたわけやありません(笑

ここは大阪屈指の安宿街、あいりん地区(以下「釜ヶ崎」)のとある宿の部屋なんです。

気分転換の仕方は人それぞれやけど、効果的な気分転換は
「毎日のルーチン生活を断ち切る」
ということに尽きると思います。
具体的に言うたら旅行がそれにあたるけど、手っ取り早いルーチン生活の断ち切り方は、

いつもと違う所で寝る
zzz
俺の経験上、いつもと違う環境、いつもと違う布団(ベッド)で寝るだけでも、頭のルーチンスイッチが切り替わって、たとえ家の隣のホテルに泊まってても「擬似旅」になります。脳が「いつもの毎日と違う」と認識させたらこっちのもの、ストレスの根源が断ち切れて、不思議と気分が入れ替わるんですわ。
たまの贅沢に数万円するホテルに泊まってみるのもええけど、「脳のスイッチ」を切り替えるだけやったらビジネスホテルで十分です。かく言う俺がこんな「独房」に泊まってるさかいにな(笑

大阪人以外でも、釜ヶ崎って言うたら知らんかっても、「あいりん地区」って聞いたら日雇い労働者の街として、名前は聞いたことがあるかもしれません。
今でもその性質の根本は変わりないんやけど、今違う意味で注目されとるんが、

「日本屈指の安宿街」

ということ。
日雇い労働者が泊まる、大阪弁でいう「ドヤ」と言われる木賃宿に外国人旅行者が「安っ!」と目をつけたのが始まりで、そこから釜ヶ崎を拠点にする外国人旅行者が急増しました。
日本人的には、釜ヶ崎って前述の日雇い労働者の街の他にも、治安が悪いとかきたないとか、決して良いイメージは持たれへんけど、「旅行」という観点から見たらこんな便利な所はない。
関空からも電車で一本、繁華街の梅田まで地下鉄で一本、同じくミナミはその気があれば歩いていけるし、天王寺なんか余裕の徒歩圏内。「大阪のアキバ」と化してしもた日本橋まで余裕の徒歩圏内。
そして、奈良や高野山、京都までも電車で一本やし(京都は時間帯によるやけど)。
つまり、ここを拠点にすると四方八方、どこでも行ける交通の要衝なんです。うーん、なんでこんなとこに気づかんかったんやろ?
治安は決してええってわけちゃうけど、それでも修羅場くぐり抜けてきた外国人バックパッカーにとっちゃ屁のかっぱのようなもん。なんぼ日本屈指の治安の悪さを誇る(?)あいりん地区言うても、いきなりこめかみに拳銃ぶっ放されたりはせーへんしな(笑

で、外国人が急増してしもたあいりん地区はここ数年でガラリと様変わり。別に街がキレイになったとか、おしゃれになったとか、外国人向けバーが増えて賑やかになったとかやないんやけど、明らかに明るくなっとることは確かやと思います。
同じよーなとこに東京の山谷ってとこがあるけど、そこは外国人旅行者が増えて宿の料金足元見とる感が強いんやけど、大阪はあいも変わらずの格安料金でお泊りできます。
俺が泊まったところはネットでの予約もOKで、ネット予約割引で¥2,100これで「税込み」です。というか、消費税値上げ前と料金変わってへんし。
だいたい、この料金くらいがあいりん地区の安宿の平均くらいかなーと思うけど、探すと¥2000以下やったら今でもなんぼでもあったりします。
まあ、例外的にこんな値段の宿もあったりして。

11092412
(詳しくは消えた遊郭・赤線跡をゆく 大阪一DEEPな所編 探索2回目をどーぞ)

さて、泊まる度胸ありますか?俺はありません。堪忍してくんなはれ(笑

部屋は3畳で、写真の通り部屋の奥に畳まれた布団が、ポツンと宿泊客を出迎えてくれます。3畳っていかにも狭そうに思えるけど、大人の男が一人、ゴロンと足を伸ばして横になるには十分な広さやったりします。
部屋は全体的には殺風景やけど、こんな安い値段できらびやかな部屋を期待する方がわがままやろ(笑
そもそも、こんなところに泊まる人は、豪華さとか、風雅とか、そんなんは求めてません。希望はただひとつ。

「寝れたらええ」

ただそれだけ。シンプルイズベスト。
せやけど、こんな狭い部屋ながら、テレビに冷蔵庫、エアコンまでついてたりします。これだけでも十分十分、十二分。これ以上贅沢言うたら罰が当たりそうですわ。
ただ、埃がひとつもない清潔さとか、それなりの広さとかを求めるんやったら、ちょっと物足りんかもしれません。要するにお値段相応ってやつで、「それ以上」を求めてる人はちゃんとしたビジネスホテルに泊まるべし、というわけです。
さすがにトイレと風呂は共同やけど、決して不潔というわけやないし、風呂は大風呂で昔修学旅行の旅館で入ったような、懐かしささえ感じる古さでした。まあ、ロッカーの鍵が壊れてたのはご愛嬌やけど、「こんなとこに貴重品持ってくるお前が悪い」・・・これが安宿の掟です(笑
そして、上の部屋の写真を見てもわかるよーに、風呂用のバスタオルにフェイスタオル、浴衣までついてたりします。
こんなに安いのに、こんなにサービスつけてくれてええのん?いや、もしかして使ったら別料金とかいうオチはないやろな?
と警戒してまうよーなおもてなしやけど、心配御無用、使用は無料です。
そして安宿すべてやないとは思うけど、外国人旅行者が多く泊まるとこやとWi-fiまで完備やったりします。
Wi-fiって無線で使えるネットのことやけど、これももちろん無料です。つまりiPadとかノートパソコン持って行ったら、ネット使いたい放題ってわけです。パソコン持ってへんかったらどないすんねんて?それも心配ご無用、フロント近くに無料で使えるパソコンがあったりします。さすがに時間制限はあると思うけど、海外旅行やとメールの時間が楽しかったりするさかい、外国人旅行者も遠くの家族、恋人と連絡する時間が嬉しい気持ちは同じなんかもしれません。
こんな安宿でWi-fi完備にパソコン完備とは、やっぱり21世紀恐るべし(笑
ちなみに俺は、部屋でiPadのアプリを開き、Wi-fiを通して世界中のラジオを聞いてたりします。いつもいない環境で、外からの情報を遮断して海外のラジオを聞いてると、自分が一体どこにいるのかわからんよーになりますわ。はて?俺は日本におるんよな?って(笑

■■■山奥に残る遊女の墓 ~消えた遊郭・赤線跡をゆく 特別編~

遊廓・赤線のことを書くのは久しぶりやな~と感じるBJのぶです。
突然やけど、ここ最近運動不足が続いとります。
仕事がえらい忙しくなって、終電に飛び込む・・・もとい駆け込む毎日やさかい、平日はブログとか言うとるヒマもなし、ヒマなんもイヤやけど、忙しすぎるんも精神衛生上良くあらへんのは確か。
ちょっとでもはよ帰れたら、気晴らしにジョギングでも出来たんやけど、平日はそんなヒマがないさかい、運動不足だけやなくてイライラもかなり溜まっとりますわ。

その分、土日はちょっと身体を動かそか~。
とばかりに、以前から気になっとった場所へ、気分転換と運動を兼ねて行ってみようと決意しました。

以前どころか、書いた本人がいつ書いたんか忘れたくらいの以前やけど、
消えた遊郭・赤線跡を訪ねて 大阪府南部編
で、大阪府の南部の貝塚って所にあった遊廓を紹介しました。
書いた日にちをチェックしてみたら、もう8年前の話になるんやなー、こんなこと(?)をもう8年間もやっとるんか、と何だか感慨深げです(笑
その貝塚遊廓で働いてた遊女の墓が、大阪の山奥にあるって話を、どこかで聞いたことがありました。
それを思い出してググってみたら。
あら、自宅とそう遠くないところにあるやないですか!
今まで何でこんなのに気づかんかったんやろか・・・「”自称”遊廓・赤線界のインディー・ジョーンズ」も地に落ちたものよの・・・と嘆きながらもそこはBJのぶ、思い立ったが吉日主義なところは変わってません(笑
思い立ったらすぐ実行!といきたいけれども、さすがに終電で帰ってくる平日の真夜中に行くわけにもいかんさかい、土日の週末に行って参りました。

地図遊女墓

その遊女の墓は、ここにあります。

「一体どこやねんここは??」

と首を傾げたくなるよーな山奥にあります。
正直、大阪府民どころかジモピーな血が半分くらいな俺も、ここがどこなんか説明不能、緯度と経度で説明するしかありまへん。
まあ、どれくらい山奥なんか、写真で見たら一目瞭然!


14041302

こんなとこです。
念の為に言うときますけど、ここも、いや、これでも大阪府内です。大阪府民やなかったら、「大阪にもこんなとこあるんだね〜」と驚くことでしょう。東京に例えたら、奥多摩って感じでしょ。
周りは大いなる自然の宝庫、道幅が意外に広くて舗装道路なんが奇跡なくらい、自然以外に何もありませぬ。
せやけど、周りからは
”ホーホケキョ”
っちゅー鳴き声が聞こえてきました。そう、ウグイスです。
ウグイスは「春告鳥」とも呼ばれとるだけあって、春を告げる使者でもあります。
古今集に、
「鶯の 谷より出ずる 声なくば 春くることを 誰か知るまじ」
ちゅー歌があるくらい、お馴染み”ホーホケキョ”が聞こえたら、
「春やね~」
という合図になっとりました。
この日は、山の中のせいかちょっと肌寒かったけど、ウグイス同士が山を隔てて会話しとるよーな鳴き声を聞きながら、春やね~と俺は山をひたすら上っていきました。
それにしても、野生のウグイスの声を聞いたのって、初めてのような気がする。

ホンマはこんな山奥やと車で行くんがベストなんやけど、今回は運動も兼ねてやさかい、山道をひたすら自転車こいで登りました。それもママチャリで(笑
ここは道の状態もええせいか、絶好のサイクリングコースにもなっとるみたいで、車よりもロードバイクの自転車のライダーさんの方が多かったですわ。歩道をハーハーゼーゼー言いながら必死の形相でこいで行く俺を尻目に、ロードバイクはビュンビュン俺を追い抜いていきます。その姿、まるで特急列車と各駅停車の如く。
「なんでこんなとこをママチャリで走ってんねん!」
という視線をバンバン浴びたけど、彼らから見れば、こんな峠路をママチャリで走る俺は狂気の沙汰としか思えんかったかもしれません(笑

この山道の入り口に、

14041303

こんな看板があります。
目的地の遊女の墓も、地元の貝塚市のHPにも掲載されとるせいか、

14041304

ちゃんと掲載されとりました。
せやけど、この地図が実に曖昧で、実際に行く人を惑わせることになるんです(笑

14041305

どこまでも続く山道と上り坂を、息切れしながら上って行くと、こんな道標がありました。
そう、道沿いにあるんやのーて、道を外れた奥にあったりします。
これは・・・ある意味自転車で行ってよかったと思いますわ。車で行ってたらナビで目的地設定しとっても見逃す率は80%超えそうなくらい、こっそりと表示しとるんです。
更に、車で行こうものなら、駐車場なんて周りにありませぬ。せやさかい、車で行くと路駐確定となります。
もし・・・というか、行くとすれば十中八九車かバイクでってことになると思うけど、目印は

「秬谷(きびたに)トンネルの手前」

と頭に入れておきましょう。
トンネルに入ったら、「あ、行き過ぎた」と引き返すがよろし。引き返すスペースと道幅があるかどうかは別として(笑


さて、自転車を降りて道外れの道をゆくと・・・


14041306

滝っすよ、滝!!

まさか大阪で自然の滝を見るとは思わんかったですわ。
ここまで来ると川の水がめちゃきれいやさかい、ここは夏に、水着と着替え持参で行くんがええんかもしれませんな。どこで着替えるんやって?大丈夫、全く人気がないさかい誰も見てへんわい(笑
夏やと汗だくになってそのまま川へバシャーン!と飛び込んで納涼、人が来なさそうな所やさかい、意外な穴場スポットかもしれません。川辺まで続く道があるかチェックするの忘れてしもたけど、どうもかつては人が住んどった痕跡はあったさかい、川辺へ降りる階段か道くらいはあるかもしれませんな。


14041307

やっとこさ着いた、本命の遊女の墓です。
もう、「やっと」というか「ついに」というか、これは実際に行った人にしか感じられへん感想です(笑
もうしんどくて何度「もう引き返そうや」という声が聞こえて諦めそーになったせいか、「ついに」という言葉の通り、実際に着いてみると達成感でいっぱいですわ。

■■■我が愛すべき(?)Rollbahn

4月になっても部屋の中はファンヒーター全開、灯油代がバカになっとらんBJのぶです(笑
自分が寒がりってのもあるかもしれへんけど、今年は4月になってもやけに寒いよーな気がします。
そこで頭にふとよぎったんが、

地球は温暖化どころか、寒冷化に向かってる

ということ。
そのキーワードは、ここ数年太陽の黒点の数が減っとるという観測結果。減っとるどころか、黒点ゼロのこともあるらしい。
太陽は、11年周期で活動が活発になったり落ち着いたりすることが、長年の観測から明らかになっとります。
太陽の観測の歴史は400年以上もあって、望遠鏡を発明したガリレオ・ガリレイは木星や土星を望遠鏡で観測したんは有名やけど、実は太陽の観測もやっとって、黒点の数やスケッチの膨大なデータを残しとります。
簡単に言うたら、黒点の数が太陽活動のバロメーターになっとって、黒点の数が多かったら太陽の活動が活発で、少ないと沈静化しとると考えてええということで。
で、17世紀後半あたりに、11年周期という活動周期が狂って、黒点の数が数十年間ゼロやった時期があります。
それを、観測した学者の名前にちなんで、

マウンダー極小期

と言います。
ただ黒点の数が減っただけやん?と思ったら大間違い!
上に書いたよーに、「黒点の数が減る=太陽の活動が衰える」ってことで、黒点の数が異常なくらいに減ってたマウンダー極小期には、世界中で「プチ氷河期」というくらいの寒冷化が起こってました。
この時期、今は絶対に凍ることがない、ロンドンのテムズ川が凍ってスケートが出来たほど、というのは有名なんやけど、当時江戸時代が始まったばっかしの日本でも異常気象が起こってたみたいです。
マウンダー極小期と日本史をリンクさせて研究しとる人によると、京都はえらい寒くて牛が凍死しまくったとか、平均40日の梅雨が25日程度とえらい短かったとかいうことやったそーです。
そして、江戸時代の平均気温は今より2~3度低かったことは、天文気象学って分野では常識になっとるみたいやけど、江戸時代には、学校の日本史でも勉強するよーに、何回か飢饉が起こってます。
その中でも、初期~中期の飢饉のほとんどがマウンダー極小期の最中に起こってたりします。
そして、ここ数年の太陽活動の周期を見てみると、400年前のマウンダー極小期のパターンとそっくりみたいで、半分トンデモ説扱いされとるけど、
「地球温暖化?CO2削減?いや、(マウンダー極小期のような地球寒冷化に向けて)CO2をもっと出せ!」
というとる学者もおるくらいです。俺もこれを聞いた時は半分笑ってしもたけど、ここ数日の4月らしからぬ寒さを感じると、まんざらでもないなと思ったりします。

天文学と歴史学、一見何の因果関係もなさそうやけど、その何の関係もなさそーなことをリンクさせたら、意外な発見があったりする、せやからこういう勉強というか研究はやめられへんのですわ(笑


で、突然話題は変わるけど、皆さんはノートやメモをとってますか?
パッと何か思いついた時、
「なんてええこと思いついたんやろ!あたし天才かも♪」
なんてそん時は思っとっても、数分経ったら
「あれ?何やったっけ?」
と忘れてまうことは、誰でもあることでしょう。
でも大丈夫、これは生理現象やさかい、しゃーないんですわ。頭悪くなったとか、年とったとか、そんな余計なことは考えんでも大丈夫です、人間そんなもんと諦めましょう(笑

せやけど、さっと思いついたことをノートに書いてみると、それが溜まっていってその蓄積が新しいアイデアに結びつくこともよくあります。
最近はiPadをはじめとするタブレットとか、スマホにメモするデジタルメモっちゅー文明の利器もあるけど、その広まりが逆に、振り子が元に戻るように「手書き」の原点回帰しとるきっかけともなっとります。
俺も実はiPhoneやiPadを駆使してせっせとデジタルメモしとった口なんやけど、なんかどうも、書いたことが頭と心に入ってこえへん気がします。そして端末で入力しとると指先が痛い(笑
本のながーーーい引用はキーボードで打った方が速いこともあるさかい今でもEvernoteに保存したりするけど、自分で考えて思ったことはやっぱ手書きの方が印象に残るんは確かやと思いますわ。


で、デジタルからアナログに戻してからというものの、自分探しならぬ自分のノート探しに色んな種類のノートを使い始めました。正直、東急ハンズやLOFTで売ってるノートは、ほとんど買って使ってみたと思います。ノート代だけでもバカにならん。
金とノートの無駄遣いを繰り返しつつ、今は

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Rollbahn(ロルバーン)に落ち着いて・・・落ち着きつつあります。
なんかビミョーな言い回しやけど、とにかく飽き性という厄介な持病持ちやさかい、すぐ他のノートに目移りしてしまう可能性は捨てきれん。この飽き性癖、どないかならんもんか・・・と自分でも頭を抱えとります(笑
せやけど、日本で売られとる有名ブランドのノートはほとんど使ってみた中でも、ロルバーンは完成度が高いんです。

「ノートなんか書けたらなんでもええやん!」
まあ、確かにその通りなんやけど、ノートも実は同じように見えて紙質がちゃうと書き心地も全然ちゃうんです。
なんかこう、スラスラ感というかホイホイ感というか、ご飯が美味いと食事がすすむよーに、ノートも紙質がええとどんどん書きたくなるもんなんです。そうなの?そんなもんなんです(笑
俺もいろんなメーカーのノートを使ってみたけど、紙質なら美篶(みすず)堂とライフのNOBLE NOTEが世界最強クラス、特に美篶堂は品質が良すぎて書く気がしないくらい(笑
次点でおフランスが誇る高級ノートRhodia、デザインならモレスキンやけど、モレスキンは高い割には品質がバラバラすぎて2冊目をLOFTで買ったらとんだ失敗品。ハイリスクな割にはリターンが・・・とやめました。
そして、コスパ(紙質の割には安い、ページ数も多い)なら日本の老舗ツバメノートあたりかなーと思うんやけど、ノートなんかどれも同じやん!と思う方、一度俺に騙されたと思って、1冊数百円~1000円くらいするノートを使ってみてくんなはれ。書き心地が全然ちゃうはずやさかい。
自称メモ魔・・・が化けてノート魔にバージョンアップしたBJのぶからの提言でした(笑


で、ロルバーンの話に戻ります。
このノート、表面にドイツ語が書かれとるし、ルフトハンザ(ドイツの航空会社)みたいなマークもついとるし、そもそも名前がRollbahn、ドイツ語で「滑走路」って意味やし。
デザイン的に外国の、というかドイツのメーカーっぽいですやろ?なんか匂い的に日本人が作ったっぽくない。
せやけどこれ、れっきとした

Made in Japan

やったりします。
Made in Japanはもはや「高品質」の代名詞となっとります。これは海外に住んでたらよくわかります。
もっとも、外国人、特に発展途上国の人にとっちゃ、高品質で長持ちするんやろーけど高すぎて貧乏人にゃ日本製なんてめっそうもございません、おととい来ます、って欠点もあるんやけど、それはノートの世界でも同じ。日本のノートの品質に対抗できる舶来もんは、Rhodiaくらいちゃうかなと思います。

ロルバーンのノートは、「デフォルニックス」という日本の会社が作っとる製品です。てっきりドイツのノートかと思ってた、いやデザインからして思い込んでましたわ。だってドイツ語しか書いてへんもん(笑
そして、HPを覗いてみたらどーやら直営店もあるみたいで、それも大阪にもある。
もしかして、直営店にしかないよーな、限定ロルバーンノートもあるかもしれへんな~と思って、ちょっくら散歩代わりに行って参りました。

■■■神社にある遊廓の面影

またしばらく更新が滞ってしもたBJのぶです。
ちとしばらく書いてへんうちに、筆・・・ならぬキーボードさばきがどうもしっくりいかんさかい、まずは「要リハビリ」とばかりに久しぶりに書いてみます。
俺も一介の小市民、まあ許してくんなはれm(_ _)m

で、先日散歩とばかりにあるところへ向かいました。

その散歩場所は。

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奈良県香芝市にある

志都美神社

です。
平凡に読んだら「しとみ」なんやけど、実はこれ「しづみ」と読みます。
「しとみ」って読んだら、別に「志等美神社」がある、またややこしい名前やな(笑

この神社は武烈天皇陵の裏手にあって、それと何らかの関係があると思われる神社なんやけど、詳しいことはよくわかっとりません。


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この神社の本殿は江戸時代中期の建立と伝えられとって、神社内にある奉燈には「宝暦六年」の文字があったさかい、1756年にはこの神社があったってことやと考えられます。
宝暦年間は、ちょうど「暴れん坊将軍」こと8代将軍徳川吉宗が亡くなった時期(宝暦元年)であり、伊能忠敬や「鬼平」こと火付盗賊改方長官の長谷川平蔵がまだ11歳の頃です。というか、この二人って同い年やったのねん。

また、本殿の裏には、

「明治十二年八月虎列拉病流行氏子祈願無一人患者無人歓呼奉納」

という記念碑があります。

「虎列拉病」ってコレラのことで、江戸時代の文政五年(1822)に日本で最初の流行がありました。
有名なところじゃ安政五年(1858)の大流行で、治療法が全然わからんかったのと、ちょうど欧米列強の黒船が相次いで日本にやってきた時期も重なって、大パニックになったそうです。
で、こん時にコレラの治療法を書いた『虎狼痢治準』という本を配布した人物が、適塾の緒方洪庵であります。

幕末のコレラ大流行はいったん収まったんやけど、それでも地震の余震のように明治時代にもコレラは全国で猛威をふるい、多数の死者を発生させました。
どうやら明治12年にも全国で10万人の死者が出た大流行があったようで、この奈良県でも流行したらしいんやけど、この地域では一人も患者が一人も出えへんかったようです。
それを「御祭神のご利益や」と記念碑を建てたというわけですな。
ちなみに、日本のコレラの猛威は明治期にはずっと続き、検疫や予防法、治療法が確立された大正末期になってやっと沈静化しとります。


で、この、どこにでもある神社のどこに、遊廓の面影があるというのでしょうか?
もしかして、ここあたりに隠れた遊廓でもあったのか?

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■■■想像力の重要さ

最近、ツイッターでアホみたいなのが「流行ってる」みたいですな。


客がアイスケースに寝そべって撮影→炎上 スーパー「カスミ」が商品撤去&返金対応

「コンビニのアイスケースに入ってみた」写真炎上でローソンが謝罪 問題の男性は解雇、当該店もFC契約解約へ

「コンビニのアイスケース入ってみた」画像炎上で今度はミニストップが謝罪

バイトが冷蔵庫入って写真撮影→炎上 ステーキのブロンコビリーが謝罪

従業員がピザ生地を顔に貼り付けた写真を投稿し炎上


今度はバーガーキングで…… 炎上中の「バンズの上に寝そべってみた」写真についてバーガーキングが謝罪

また炎上……今度は丸源ラーメンが謝罪 調理前のソーセージをくわえてTwitter投稿



まあ、挙げていったらキリあらへん。この騒ぎ、もはや

「ネット伝染病」

と呼んでええんちゃうか、とさえ思ったりします。
もうアホすぎていちいち写真晒す気もなくなります。ブログ写真アップロード容量の無駄遣いやっちゅーねん(笑

原因はゆとり教育とか親の教育とか、まあ色々いわれはあるでしょうが、その本質、つまり根っこを見てみると、一つの原因にたどりつきます。

それは・・・

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